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ギフト  作者: 鼠色猫/長月達平
技術屋見習いの憂鬱
2/18

1-1


 その場所は狭く薄暗い通路が続き、ひっきりなしに金属音と土埃が舞い上がっている。


 ほの暗い通路を照らすために等間隔に設置された照明の幾つかは明滅し、付着した土埃をも照らし出す炎が頼りなく揺れていた。

 薄汚れた照明灯に照らし出された通路は大の大人が三人も並べば歩行に支障をきたす程度の幅しかなく、その通路を間断なく行き交うのは屈強な体格の男達だ。


 男達は首に汗を拭う布を掛け、大半は仕事道具であるつるはしを担いでいる。少数派は運搬用の一輪車を押しており、掘り出された土と鉱石を分別しつつ運び出していた。

 男達が向かうのは通路の奥、狭い通路を抜けた先にあるのは採石場だ。山の中に作られた採掘場で汗を流す男達は鉱夫で、三十名ほどの男達が採石場の中でひしめき合っている。


「だぁかぁらぁ! 努力なしの連中に勝手にさせるなんて悔しいだろ! 僻みだと妬みなど嫉みだの言うなら言えばいいさ……でもな、口先だけじゃないんだよ、僕は!」


 唐突に採掘場の坑道に響き渡った怒鳴り声に、周囲で働いていた鉱夫達の手が止まる。土埃などに塗れて黒い汗の伝う額を拭いながら、彼らは一様に同じ表情を浮かべた。


 ――即ち、それは苦笑だ。


 彼らの視線の先、そこにいるのは大柄の中年と小柄な少年の二人が立っている。その二人は採石場の傍らで、口論と呼ぶにはささやかなものを展開していた。


「ぽっと出の出自もわかんないもんに生き方が決められるなんておかしな話だ! 確かに便利にはなったかもしれないけど、理由も知れず出てきたものに頼り切ってちゃ……」


「それが失われた時に、二本の足でまともに立てなくなるってんだろ? もう耳にタコだよ」


 先んじて言葉を封じられ、怒鳴り声の主がグッと言葉に詰まった。

 対する男は髭に縁取られた口元を皮肉げに歪め、見下ろす相手に畳み掛ける言葉を続ける。


「そもそもその恩恵に与ってる身で批判ってのは矛盾がしてよくねえや。動物を食べるのは可哀想っていいながら肉は食うみたいでな」


「わかってるさ。だから、僕はいつか必ず、口先だけじゃないことを証明してみせる」


「得体の知れないものなんかに頼らず、か。……それも耳にタコだよ」


 男の言葉に怒鳴った少年が項垂れる。自分の考えが理解してもらえぬと、悔しげに歪んだ口元が世界に対する恨み言を漏らさんとしていた。

 その少年の頭に、中年の男の煤や泥で黒ずんだ手が優しく乗せられる。


「お前が夢を見るのは自由だ。男ってのはいつまでもそうでなきゃならないからな。そのお前の夢が実現する日は、きっと俺達にとっても素晴らしいものになるだろうさ」


「そうだって思ってくれてるなら……もう少し」


 理解を示してくれても、と続けようとする少年の頭蓋骨がミシリと小さな音を立てた。


「それとこれとは話が別だ。お前の夢は素晴らしく、ロマンチックだ。が、仕事をサボる理由としては落第点だ」


「あだだだっだだだぁっ!」


「なあよう、カティ。お前が今の境遇とかに不満があるのはわかるけどな。それにいつまでも腐ってるようじゃいけねえ。つまんねえとかくだらねえとか思っても、働かなきゃ俺達は首が回らないことがたくさんあらぁ。持ちつ持たれつなのよ、世の中」


 訥々と低い声の説教を聞きながら、少年の体が宙に浮いていく。

 痛みを訴えながら涙目になる少年の声を聞かぬ存ぜぬで、男は説教を続けていた。


「生きるため、食うために必要なことを最優先だ。お飯食い上げはよくねえわけよ。そのへんはきちっと、養う家族ができなきゃ自覚は芽生えないかもしれねえが、それまでは自分が自分を守るんだって意識をだな……」


「おあがぁっ! 頭領! 大将! お大臣様! 浮いてるっ! 髪が毟れるっ!」


 頭を掴む腕は少年の細い腕と倍ほども太さが違う。

 浮いた姿勢で叩いても引っ張っても堪えぬ男の腕が、さらに少年の高度を上げ始めた。


 周囲の鉱夫達は二人のやり取りをいつものことだと眺めつつ、作業を中断して休憩に入っている。二人の諍いを仲裁しにいくどころか、歓談などを始めたりもしていた。


「頭とカティは飽きないねえ。毎日毎日、ご苦労なこったよ」

「ライフワークなんだろ。俺達もこれで助かってるとこもある。……なにせ、説教中の御頭は周り見えなくなるから、休憩したい放題だ」

「どっちにしろ今日の労働時間ももうすぐ終いよ。あとは労働の喜び~ってな」


 傾けた薬缶から水を飲みつつ、鉱夫がけたけたと笑った。

 採石場の中からは窺えないが、外はすでに日が沈み、夜の帳が下りている時間だ。


 鉱夫の仕事も長い彼らの体にはある程度のタイムテーブルが出来ている。労働時間は早朝から夜にかけてとなっているため、現場を仕切っている頭領の号令がもうすぐかかるだろう。

 その頭領は今まさに大好きな説教中であり、始まると長いそれは一日の仕事の終わりを目前とした恒例行事だ。休憩に入った鉱夫達にとってはクールダウンの時間でもある。


「お、カティがぐったりしてきた。そろそろ終わりになるかね」

「体力ねえからな、カティは。ちっとも体も大きくならねえし」


 暢気な男達の会話の示す通り、頭領に掴まれる少年は四肢から力が抜けている。

 痛みに対して抵抗する力を失い、意識を手放す寸前だった。


「――そういうわけだから、カティ。って、お前は何を寝てんだ、聞いてねえのか!」


 青筋を浮かべて小柄な体を振るも、人形のように反応がない。

 頭領は仕方ないと少年を壁に立て掛けると、終業時間なのを見取って号令をかけた。


「おーし、終わりだ、野郎共! とっとと帰って女房子供に無事な顔見せるか、有り余った無駄な体力で町に繰り出せ! ついでに俺の店にきて、今日の稼ぎを差し出してけ!」


「ウィーーーッス!」


 すでに終わりの態勢を取っていた鉱夫達は道具の片付けなどをてきぱきと始める。その部下達の働きを眺めながら、頭領は足元に寝ている少年の体を軽く蹴りつけた。


「クォラッ! いつまで寝てんだ。お前もとっとと片付け手伝え。じゃねえとサボり魔と役立たずと穀潰し足して、役潰し魔か穀ボり立たずと呼ぶぞ」


「そんなセンスに欠ける名称で呼ばれてたまるかっ」


 蹴りつけられた少年は痛む頭を押さえて身を起こし、泥塗れになった作業着を叩きながら、片付けをしている仲間達に向かう。投げ出されている仕事道具を拾い集めつつ駆け寄ると、接近に気づいた仲間達がとぼけた笑いで出迎えた。


「よお、カティ。また絞られてたじゃねえか」


「僕が苦しんでる傍らでお茶してただろ、嗜虐趣味者め。いずれ僕がミラクル技術を生み出したとしても、この日の恨みが尾を引くぞ」


「だははは! そりゃあ先行き悪いことしちまった。まあ、許してくれよ。ココア奢るから」


 話半分に子供扱いする男達に頭を叩かれ、憮然とした気持ちで片付けを続行する。

 叩かれて乱れた赤茶色の髪の毛を手櫛で直し、短い腕いっぱいにつるはしやらの工具を抱えて、短い足でちょこまかと歩く少年の背は低い。


 今年で十七歳になる割に成長の遅い体は、周囲の屈強な男達に比べて頭ひとつほど低い。特別彼らが長身というわけではなく、特別少年の背が低いのだ。平均的な女性の身長にもギリギリで負けることのある身長のことを、当人としてはかなり気にしている。

 顔立ちは整っており、やや童顔のきらいはあるが意思の強そうな瞳が印象的だ。微妙に女顔気味なのを気にして、赤茶色の髪は短めに整えられている。


「それに何度も言わせないでくれよ。僕の名前はカティクライスだ。カティじゃない」


「だって長いし偉そうなんだもん。いいじゃねえの、カティで似合ってるし」


 あっけらかんと言い返され、カティクライス=デリルは憤然と溜息をついた。

 カティにとって目下一番の悩みはそれだ。ただでさえ女顔なのに加えて背の低い体。鉱夫に混じって仕事をしているにも関わらずたくましさを一向に帯びない細身は、多少髪の伸びを放置しただけで女性に見間違われること数知れず。

 カティクライスを略されたカティという愛称も、女性名のようで好きになれない。日に一度は訂正するも、正式名称で呼ばれることはカティ自身も半ば諦めている。


 抱えていた道具を一輪車に放り込み、押しながら戻ると頭領の下に全員が集まっていた。慌てて荷を押したまま集団に加わり、並ぶ仲間達の最後尾に回りこむ。


「うーし、今日はこれで終いだ。帰りしなに照明は落としてくから残るなよ。全員いるのを確認、っていうかいるよな? 特に小さいカティは見落としがちだからよ!」


「でかくて木か壁と見間違われるような、無駄な面積のおっさんよりマシだっ!」


 恒例と化しているやり取りで周囲がドッと笑い、一際大きい頭領を先頭に坑道を抜けて鉱山の出口へと向かう。坑道の入り口は鉱山の山裾に作られたもので、主に鉱石の採掘場としての役割を持つ山々が辺りには連なって並んでいる。


 鉱山に囲まれた町、ライズデルの主要産業である鉱山業の中核を担うのが、この採掘場だ。

 カティを含む一団が坑道を出ると、別の採掘場で仕事をしていた面々も途中で同道し、ちょっとした集団になる。がやがやと終業後の雑談を交わす同僚達の最後尾を歩くカティに、同年代の少年達――別の場で作業していた仲間達が話しかけてきた。


「いつもにも増して仏頂面だなぁ。親方にまた説教でもされてたん?」


「知ってて言うな。千回同じこと言われて耳にタコだから。それと僕のすぐ隣に立つな」


「なんだよ。そんなに背のことなんて気にするなって。個性、個性!」


「いずれ君らのつむじまで見下ろしてやるから覚悟してろよ。後悔させてやるから」


 うんざりと顔を顰めるカティに並ぶ少年達。その誰もがカティより背が高い。

 鉱山の町であるライズデルでは、男手は子供の内から仕事に出る。少年達のいずれも十代の前半から仕事に加わっている面々で、カティより年下が多いにも関わらず、背が高く、たくましい体つきをしているのが理不尽な不平等だった。


「それで喧嘩の原因もいつもの? またギフト批判してたのか? 懲りないなぁ」


「そりゃ俺達だって今の識者上位の体制はいいとは思ってねえけどさ」


 少年達のぼやきに含まれていた二つの単語は、不快な響きとして感じ入るものがある。


 “ギフト”と“識者”という単語はこの世界を生きる人間にとって特別で、そしてカティにとっては殊更に特別な意味を持つからだ。


「はんっ! 体制批判の趣味はないよ。ギフトの方には文句の一つや二つあるけどさ」


 憤慨の素振りで内心を誤魔化すと、少年達は肩を竦める予想通りの反応を見せた。


「カティのギフト嫌いは筋金入ってるよな。頭の固い年寄りみたいだぜ」


「受け入れられないって言ってんじゃない。甘えっぱなしはどうかって言ってんの」


 はいはい、と適当に頷いていた少年の視線がふいに上空に固定。つられたように周囲の面々が顔を上げるのに合わせ、カティも空を仰ぎ見た。


「――ほら、噂してたらご登場だ」


 少年の言葉通り、鉱夫達が見上げた空を話題の当事者達が横切っていくのが見えた。

 それは夜空に道があるとでもいうように、風のような速度で星空を滑空している。


 雲か鳥にしか許されない領域を侵すそれは――強大な面積を誇る、一つの城だった。


 石やレンガといった素材で作られた石造りの城壁は、不必要なまでの豪華さを誇示しつつも大地に力強く身を置く普通の城と差異は見られない。

 ただ一点、その華美な装飾を施された城壁から伸びる一対の『翼』を除いての話だが。

 本来なら一つの場所を離れられぬ運命の城は、その身に不相応な自由を得て宙を舞っている。


 その空飛ぶ城を見上げる鉱夫達の目に驚きはなく、幾分か冷めた視線や、嫌なものを見たというように眉を寄せるものが多い。


「領主ガロンご自慢の空中散歩だ。……今回は“翼”か“風”の担当っぽかったな。“空”なら羽は必要ないはずだし」


「無骨で無粋に空を横切る城なんぞ見せられて嬉しいもんかい。どうせ見せ付けられるなら、もう一つのご自慢の方がよっぽど眼福だよ。離れて見る分にはだがな」


 上空から彼方へ消えてゆく城を見送りながら、男達はそれぞれ冷めた感想を漏らす。

 今しがた空を通った城は、ライズデルを含むこの辺り一体の地域の領主であるガロン自慢の古城だ。普段はライズデルのような地方の町から離れた都市近くに居を構えているのだが、時折自身の権威を見せ付けるかのように領内を飛行しているのだ。


「けど、夜に飛んでるのは珍しいな。いつもなら目立つように日の高い間なのに」


「はてさて、お偉いさんの考えることはよくわからん。ましてや、インテリ野郎のことはなおのことってよ」


 もしもそのインテリ野郎に実際に聞かれればただでは済まないことを言って、全員が弾けるように爆笑した。

 その哄笑する集団の中にありながら、未だ空を見上げるカティは笑みの感情をちらりとも見せずに、憎き仇を睨みつける視線を城に向け続ける。


「そんな力で空を飛ぶことの、何を誇ることがあるってんだ……」




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