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ギフト  作者: 鼠色猫/長月達平
エピローグ
18/18

幸せの味

 その日もドイネル=ズスカの宿場は盛況で、酒気と歓声が高らかに空に吸い込まれる。


 先日の乱闘で半壊した店内も不恰好ながら修理が終わり、営業を再開して数日が経った。再開前の数日も空の下で宴会騒ぎは毎日あり、実質問題は何もなかったのだが。


「そこでまた、親方とカティがやり合ってカティがノックアウトってわけさ!」


「本当に懲りねえ! 男らしくなったかと思いきやだぜ!」


 酒を片手に唾を飛ばし合う鉱夫達の酒の肴にされながら、カティは肩を竦めて食事を続ける。以前なら不愉快な会話に目くじらを立てることもなくなったのが、成長と言えるだろうか。

 返しきれない大きな恩もあるのだから、我慢我慢と内心で三度唱えて食事に集中する。と、


「どさくさに紛れて人の尻に触ってんじゃねーッ!」


 すぐ後ろで聞こえた怒声に食事を中断。半ば騒ぎの原因を悟りながら振り向くと、柳眉を逆立てたトルテが鉱夫の一人に盆を突きつけていた。


「ここはいつからそういうサービス店なんだ。あたしに隙があるとでも言いてーのか!」


「いや、トルテちゃんのなら、触るのはない胸より尻だろう」


「……ッ! てめッ、もっぺん同じこと言ってみやがれッ!」


「トルテちゃんは胸が残念なので、次善策で尻という方向に」


「一名様、お引取りーッ!」


 振り下ろした盆の一撃にきりきりと宙を舞い、今日もまた男が窓から外に放り出された。トルテが宿場で働くようになってから恒例化している出来事だ。


 鳥篭での戦いの後、自我を取り戻した愛娘達(ドーターズ)のほとんどは故郷へ戻った。ギフトは迷惑料代わりに持たせたまま。だが、故郷を焼かれたトルテに帰る場所はなく、行き場を失ってライズデルに降りた彼女を迎えたのがドイネルとナリアだったのだ。


「んだよ、カティ。てめーもあたしに何か文句あんのか?」


「いや、そんなガンつけウェイトレスなんか見たことないぞ。さっきのも文句ってよりは……」


 その先はトルテが天使のように愛らしく微笑んだのを見て自粛した。危機察知能力が多少ながら向上したのも、前の騒動での成長の一つといえるかもしれない。

 ちなみにトルテは知らないが、彼女が着用しているウェイトレス服は子供時代にリディアが着用していたもののお古だ。カティとリディアが出会った時期ぐらいのサイズなのだから、その服装自体が彼女の体型の残念さを無言で店内中に晒していた。


「お客様、何か御用がおありでしょうか?」


「あー、じゃあ、飲み物のお代わりをお願いします」


 丁寧な言葉で上品に問われ、カティは一気に飲み干したカップを手渡す。受け取ったトルテが鼻を鳴らし、見下すような流し目を置いて厨房に向かっていった。

 その態度に苦笑しつつ、だいぶ持ち直したなと僅かな安堵を覚える。


「キルマって子を見送った後は、結構堪えてたみたいだしな」


 愛娘達(ドーターズ)は解散し、そのほとんどは故郷へ戻った。ほとんどに外れたのが故郷のないトルテであり、ガロンと生きることを選んだキルマであった。

 戦いの後、自我を取り戻したキルマはガロンを背に庇い、自分よりガロンの命乞いをした。愕然とし、怒りを含みながら問いかけるトルテに少女ははっきり答えたのだ。


「この人がキルマや他の姉様方に酷いことをしたのはわかってるです。……それでも、キルマが愛されたのは初めてなんです。思い出した過去に愛された記憶がありませんです。その温かさがあるのは全て鳥篭で、お父様です」


 知識の全てを失い、抜け殻のようになったガロンを必死で守ろうとするキルマを前にして、トルテはそれ以上、武器を向け続けることができなかった。


 トルテがやらないのなら、他の自分達三人ができることではなかった。リトにその気はさらさらなかったし、カティもリトに対する仕打ちの怒りがあったものの、その虚ろなガロンの表情を見れば十分に罰を受けたと思えた。グレンは最初から興味なさげだ。

 そうして、キルマはガロンを連れて鳥篭を飛び立った。復讐する気は毛頭なく、ただどこかに落ち延びて静かに暮らすという彼女の言葉は素直に信じることができた。


「はい、お待ちどうさんッ」


 なみなみ注がれたカップが力強く置かれ、中身が僅かに跳ねてトルテの手が濡れる。それを桃色の下で舐めとり、「わりー、わりー」という彼女はすでに上品さを投げ捨てていた。

 時折、寂しげな目で遠くを見ていることもあるが、トルテにそれは似合わないなと思う。彼女は今のように乱暴に、僅かばかり女の子らしく微笑むのがいい。

 知らず口元が緩んでいたのか、それに気づいたトルテが訝しげに眉を寄せる。


「んだよ、ニヤニヤして。あたしのドジっ子ウェイトレスっぷりが面白れーのかよ」


「んー、違わなくもないかな。トルテ、ウェイトレスの服似合うよね」


 突然に褒められ、トルテは瞬きを繰り返して驚いた様子だ。


「うん。愛娘達(ドーターズ)の青い服には違和感あったんだ。リディアさんと同じで、トルテには今みたいな赤い服の方が似合うな」


「バ、バカじゃねーのッ! 急にわけわかんねーこと言い出しやがって。褒めたって何にも出ないんだかんなッ!」


 羞恥か怒りに頬を赤くして悪態を残し、肩を怒らせながら足音も高く歩き去っていく。その耳まで真っ赤なのに小さな笑みを得て、運ばれたカップに口をつける。


「お前、あまり多方面にいい顔してると後々に酷い目に遭うかもわからねぇぞ」


 言っていつかのように隣に腰掛けたのはグレンだ。やはり以前の再現に、片手は酒の入ったジョッキで埋まっていた。


「リトもトルテも初心そうだから、振り回しちゃ可哀想だろうが」


「あんたはいつもわけわからない会話からじゃなきゃ話を始められないのか」


 じと目で睨みつけるも、グレンは素知らぬ顔でジョッキの中身を減らす。さっきから話しかけられ続け、どうにも食事の手が進まない。


「そういや、あの騒ぎの事後処理の話なんだが」


 フォークが狙いを外れて皿を打つ。再び食事を中断し、上目に話の続きを促した。


「男の上目遣いはぞっとしねぇな……まあ、大方はこちらの目論見通り。ガロンが帝都へのクーデターを企ててた証拠が鳥篭からバンバン出たから、ガロンは領地没収で手配された。圧制のこともあって、今回の騒ぎについてはお咎めは回ってこねぇようだ」


「そんなあっさり片付いていい問題なのか? 僕らには好都合だけど、領主の城を落とされたんだ。没収前のことを考えれば立派な反乱じゃないか」


「さて、お偉さん方の考えることはちっとな。でもまあ、愛娘達(ドーターズ)みてぇに一地方の領主が持つには力を持ちすぎてたんだ。潰れるならそれを好都合に思う奴も少なくねぇんだろ」


 納得するには気持ちよくない話だが、お咎めなしというなら素直に喜ぼう。カティ達の素性は割れまいが、帝都の調査が伸びてくれば厄介だ。いざという時は隣の男をスケープゴートにする手段も念頭に入れてあった。


「それはそれでいいとして……それじゃあれはどうにかならないのか?」


 フォークで窓の外を示す。ちょうどライズデル鉱山向きの窓には多くの鉱夫達の仕事場が大らかに立ち塞がっている。――その頂点に、半壊の城を突き刺したまま。


「あんな景観のバランスがおかしくなるまま残しておくなんて正気を疑う。というより正気じゃない。だからあんたは頭がおかしい」


「嫌な論理展開するんじゃねぇよ。あの城はそれにあれだ。確かに鉄杭を外せばどかせるが、どかせるったって落ちるに任せるだけだぞ。幾ら俺でもあの城を動かすのは無理だ」


 ギフトには適材適所がある。グレンの“鉄”は汎用性が高く何でもできそうだが、その鉄の分野の限界以上のことはできないのだ。


「鉄で滑り台作って城を転がすか? 鉄が何トンいると思ってやがる」


「じゃあ、トルテと協力すればいい。トルテの“空”は単独で城を飛ばせるんだから……」


「やーだ、やりたくねぇ。かったりぃ」


「おい、請負人!」


 グレンは耳に両手を当て、放したり塞いだりを繰り返して声を遮り立ち上がる。


「聞きたくねぇ聞きたくねぇ。ところで、お前の姉ちゃんはどこだ?」


「都合の悪いことだけ聞き流すのか……姉さんなら所用だ。あんたまだ懲りてないのか」


 グレンは事件の後、きっちり報酬としてリディアの膝を借りて爆睡した。識者はギフトを多用しすぎれば「知恵熱」という現象に苦しめられるのだが、あれだけ大それたギフトを乱発したのだからさぞ疲れていたのだろう。

 報酬だし、その一回は許そう。だがグレンはその後も事ある毎にリディアの膝を求めた。その全てをリディアは華麗に躱していたが、弟分としては複雑な気分になる。


「いい女になったからな。できればもう少し仲良くなりてぇんだが」


「弟の僕が許さん。大体、あんたいつまでライズデルにいるんだ。感謝はしてるけど、依頼はもう終わったんだから別の困った人を捜しに行きなよ」


 グレンはカティの言葉に砕けた笑みを浮かべ、


「今は戦士の傷を癒す時だ。じっと体と心を癒し、次の戦場への英気を養う次第。ついでにこの機会に世界平和についても頭を悩ませるわけだ、俺」


「ついでって言ったろ、思いっきり」


「聞こえねぇ」


 はっきりと言って、置いたジョッキを拾って鉱夫達の下に向かう。最近はもっぱら鉱夫達と仲が深まり、よくよく飲み比べなどして潰し合いをしているようだ。

 黒い背中が遠ざかり、今度こそと皿に向かう。すでに運ばれて時間が過ぎた料理は冷めていたが、口に運ばれた肉は冷えていてもうまい。流石はリディアのお手製だ。

 二口目に取り掛かろうとするカティは、ふと足元に何かがぶつかる感覚を得て下を向く。その感覚の正体は後ろ足で器用に立ち、脛辺りに猫パンチを入れる家族だった。


「ノワール、行儀が悪い」


「お腹が空いたんだよ。いつまで経っても帰ってこないから」


 脛を足がかりに腿に乗り、ひょいと軽々カウンターに飛び乗る。それからカティの食事を見て、冷めているのを見て不思議とわかるように顔を顰めた。


「これは温かい内に食べるのがおいしいんじゃないの? 猫舌のボクにはわからないけど」


「さっきから代わる代わる邪魔が入って進まないんだよ。後日談だからかな」


「人間の言うことはたまによくわからないよ」


 首を傾げるノワールに苦笑し、カティが懐から巾着袋を取り出す。すでに今日の分はリディアから渡されていたのだ。中身を取り出しカウンターに置くと、黒猫が嬉しそうに飛びつく。


「うみゃうみゃ。やっぱり表面カリッとのレアに限るよね」


「どうも未だに違和感があるな。こうしてノワールと会話してるのって」


 そう? と目だけで反応し、忙しく咀嚼を続けている。その首には首輪がしてあり、真ん中には小指の先ほどのサイズのギフトがアクセサリーのように装着されていた。


「爺ちゃんが研究してた、あるいは見つけただけかな。とにかくあのギフトが“意思疎通”の知識の入れ物だったなんてね」


「リト嬢は一目で気づいたみたいだけど。“色んな人と仲良くできる箱”ってね。実際、人だけじゃなく鳥とも話せるようになった。意外と彼らも話がわかるよね」


 その辺りはノワールの通訳を必要とするので、いまいち頷き難かったが。


「リト嬢が箱を開けて、ボクがギフトを得たのがあの日の夜。ぶっちゃけ、箱を落として怒られて、むくれてたすぐ後なんだよね」


「そっか。……あの日からはリトを守るのと、夜は研究に精が出たからギフトのことは完全に忘れてたよ。泉とかに来てくれたのもノワールだったわけだ」


「わけだね」


 会話中もカティと違って食事をしていたノワールは、早々と食事を終えるとカウンターから床に降りた。そして尻尾を伸ばし、人間の伸びのように欠伸を堪える表情をして、


「じゃ、ボクはこの後に集会があるから。窓はいつも通りに開けておいてね」


 とだけ言い残すと、素早く障害物をすり抜けながら宿場の外に飛び出していった。見送りの言葉も言わせないところに猫らしさを感じ、人と猫のどちらで対応すべきか首を捻る。答えが出ないので今度こそ食事に集中しよう。

 視線を皿に戻そうとすると、カウンターの向こうから両手の上に顎を乗せ、にこにことこちらを見つめていたリディアと視線がぶつかる。


「カ~ティ♪ 驚いた顔してどうしたの?」


「……本当に今日は連続して人が現れるなと。いや、姉さんに文句があるんじゃないけど」


 悲しそうな顔をするので慌ててフォローする。わかっててからかいましたと言いたげに悪戯っぽく微笑まれ、肩を落として力ない笑みで答えた。


「それで、もう終わったのかな?」


 問いかけに頬を膨らませ、リディアは唇を突き出して不満を示す。


「ぶーぶー。カティったらもうすぐその話? お姉ちゃんは悲しいな~。もっとお姉ちゃんとのお話にも楽しさと潤いが欲しいな~」


「いや、今の話の流れは自然だったでしょ。僕は間違ってないと主張したい」


 正々堂々と言い放ってみても、すぐにリディアの年季の入った押しに取り下げざるを得ない。前々から言い負かされていたが、最近では戦術のバリエーションに甘えと泣真似が加わって強力さを増していた。


 以前に比べ、リディアはカティに対する独占欲を鎮めることに成功していた。代わりに日常生活では前にも増して甘え、べたべたするようになったが。依存度としては下がったと思う。というか思いたい。そうだと言わせてくれ。


 そんな依存度の低下を喜ばしいと思いながら、グレンなどが言い寄るのを見ると腹立たしいのだから情けない。弟心は複雑なのだ。

 思考にのめり込んで無言になる弟を慈しむ目で見て、はいはいとリディアが頷く。


「そんなに待ち遠しいのなら仕方がない。それじゃ、真打の登場といきましょ~」


 タララララ~と口で効果音を演出しながら、リディアが階段の横の扉に向かう。リディアの行動に周囲の注目が自然と集まり、静まり返った宿場の中でリディアの声だけが響いていた。


「じゃん! ご覧あれ~!」


 勿体ぶった動きでリディアが扉を開くと、その向こうにいた人物を見て感嘆の息が漏れた。周りの男達もカティと同様に言葉をなくし、ただ黙って見入っている。


 部屋を出て、ゆっくりと歩み寄ってくる姿。金色の髪は絹のように滑らかで、腿まで届く長さがそよ風に揺れる。雪化粧を施されたように白い肌は透き通るようで、色づいた桜色の唇や蒼穹を映した青の瞳の美しさを際立たせた。

 そして、その身を包むのは雪の白さとは異なる純白の、袖のないドレスだった。


「――どう?」


 目の前に来て、両手を挙げてくるりと回る姿にカティは用意していた言葉の全てを忘れて、真っ白な頭で思ったままの感想を口にした。


「綺麗だ」


 そうとしか表現しようがなかった。

 その感想を最大の賛辞と受け取り、リトが可憐に花のような笑顔を覗かせる。


 途端、周囲もまた騒がしくリトの姿を褒め称え始める。初々しいやり取りをする二人に対する野次が飛び、トルテの盆が飛び交った。紫煙を燻らせるグレンが心底楽しそうに笑い、リディアも仲直りした妹分のコーディネートに満足そうに頷いている。


「約束しててよかった。やっぱりリトには白い服が似合うよ」


「ん、嬉しい。ありがと、カティ」


 周りの声など聞こえないように、二人は静かに隣り合って座った。カティは完全に横のリトの着飾った美しさに見惚れていたのだが、不意にリトの視線がやや下に向く。


「カティ……それ、食べないの?」


 皿を示し、リトはある種の期待に瞳を輝かせていた。瞬間、目の前の絶世の美少女が見慣れた愛しい少女の姿に戻る。なるほど、やはりその方がリトらしい。


「冷めてるけど」


「冷めても、リディアのご飯はおいしいよ」


 皿を差し出すと、リトは嬉しそうに料理を口に運び始めた。本当に幸せそうに食べるものだから、自分の空腹は忘れてしまいそうだ。リトを幸せにしたいという願いは図らずも、こういう形で毎日叶っているような気がする。いずれは自分の手で、と密かに誓った。


 おいしそうな食事風景を見つめていて、唐突にカティの腹が鳴った。情けないことに三口ほどしか食べていない。不思議そうな顔のリトに苦笑で誤魔化そうとすると、


「あ~ん」


 差し出されたフォークを見て、優しく微笑むリトを見て、カティは覚悟を決めた。




 ――幸せの味がした気がした。







はい、これにて『ギフト』閉幕にございます。

処女作でありましたので、色々と粗の多い作品ではありますが、

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。


よろしければ、作者の別の作品の方もご覧いただけると幸いです。

完結作一本、連載中一本を投稿中です♪


では、お付き合いいただいて本当にありがとうございます。

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