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ギフト  作者: 鼠色猫/長月達平
君がくれたギフト
17/18

5-4



 白の弾丸の雨に晒されながら、グレンは構成した鉄の鞭を標的の足に絡ませた。

 空中でバランスの崩れたキルマに羽を弾きながらトルテが飛び掛り、身を回して鉄の棒をキルマの背に叩きつけ、屋上に墜落させる。



「娘っ子!」

 呼びかけと同時、グレンは握っていたギフトを高々と宙に放り投げる。意図を察したトルテが回転するギフトに狙いを定め、


「今まで、長いことお世話になりましたぁッ!」


 “空”の加護を得た鉄の棒が一閃、如何なる力によるものかギフトが粉々に爆砕。屋上に寝ていたガロンが痙攣して白目を剥き、伏したキルマも悲痛な金切り声を上げた。


「リトォォォォォォォォォォォォォ!」


 それ以上の悲しみに満ちた絶叫にグレンとトルテが目を向けると、そこには鎧を脱ぎ捨て縁に駆け寄るカティの背中があった。

 リトの姿が屋上に見当たらないことと、そのカティの絶望感を纏う絶叫が事態を報せる。


「落ちたのか!?」


「リト!」


 縁から下を覗き込むカティの横に並び、二人もまた眼下にリトの姿を捜す。だが、この暗い世界で城に月明りを遮られる山に、金髪の少女を見つけることは叶わなかった。

 膝をつくカティを見ていられぬとトルテが飛び立とうとするが、グレンが腕を伸ばしてその決意を制する。止めるなと言いたげな瞳に無言の意思表示で応じ、首を振った。


 生存は絶望的だ。この高さから落下すれば、例え誰であろうと助からない。ギフトを無効化する少女も、ギフトを介さない状況で死に直面すればできることなどないのだ。


 やり切れない気持ちがグレンの胸中を支配する。あと一歩、自分が早ければ。勝利を目前に慢心したことが仇になった。いつも後悔はやって来るのが遅すぎる。

 トルテは眦に涙を浮かべながら、泣くまいと堪えている。その横で膝立ちのままのカティは完全なる無表情で、ただ瞳だけが憔悴していくのを止められない。


「この幕引きは――ねぇだろ」


「そうだね」


 期待しなかった答えが空から降ってきて、グレンは二人を庇うように振り返る。


 ――眼前、大いなる翼を羽ばたかせた巨鳥が舞い降りてくる。


 にゃぁと、猫の鳴き声が聞こえた気がした。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 カティが自分を助けにきてくれたことが嬉しくて苦しかった。


 全てを諦めた瞬間に、一番会いたかった人が現れてくれるなんてできすぎだ。嬉しさが込み上げた反面、自分は何と危険なことに彼を巻き込んだのだと苦しくもなった。

 リトが十分だと感じる恩返しさえ、カティにとってはまだ足りぬというのだろうか。そう心から喜べぬ考えを見破ったように、恩返しなど建前と言ってのけられた。

 そして、リトを幸せにしてくれると言ったのだ。


「本当に、幸せ」


 それこそ、これで死んでもいいと思うほどに、その言葉はリトの心を温かく満たした。

 だからカティが自分を庇いながら羽の猛威に晒された時、リトはカティを庇うという行為を何ら躊躇わなかった。


 突き飛ばし、カティが安全圏に飛ばされるのを見て、本当に良かったと思えたのだ。


 ――ほんの少しだけ、幸せに対する名残惜しさはあったけれど。


 屋上の縁を乗り越え、頭から地面に向かって落下するのがわかった。圧倒的な暴風に鼓膜を圧倒され、風の音だけが世界を支配する。城が広大な影を作る眼下には闇が広がり、その深遠の中に吸い込まれていくような錯覚があった。


「カティ」


 弱々しく呟かれたのが本音だったのかもしれなかった。

 その言葉を最後に唇を閉じるつもりだったが、全身を包むような柔らかい感触に声が出る。


「――え?」


 身が横たえられ、落下が途中で遮られていた。体は深いこげ茶色の上にあり、それは城から離れた距離を一気に取り戻すように上昇し始める。


「やれやれ、間に合った。鳥の大将に夜に飛んでもらうのは大変だったよ。君が鳥に好かれていてくれて何よりだったね」


 不意に声が足元から届き、リトは寝転んでいた上体を起こす。と、伸ばした足先にちょこんと前足を乗せた黒猫の姿があった。


「――ノワール」


「全部大丈夫だと思うって、言った通りだったろ? 猫は適当なことは言わないんだよ。有言を不実行するのは人間だけさ」


 人間じみた笑みを見せ、同意を求めるように「なあ」とこげ茶の地を叩く。その仕草に応じるように、甲高い鳴き声が夜空を切り裂いた。


「大鳥の大将だよ。ボクは城に上がる手段がなかったからね。幸い、君を助けるためって条件に反対する鳥が全くいなかった。鳥に好かれていたんだね、君」


「鳥が……わたしのことを?」


「そうだよ。篭の鳥の君をずっと不憫に思ってたって。君のためなら翼を貸そう、と」


 応じるようにもう一つ鳴き声があり、上昇が城の最上階に達する。落下地点と反対側から屋上に身を覗かせると、屋上の縁に並ぶ三つの人影が確認できた。


「ありゃリト嬢が墜落死したと思ってるね。少しからかうのも見物じゃない?」


「だめ」


「そうだね」


 接近に一番に気づいたのは黒髪の青年だ。続いてトルテが振り返り、最後に気抜けした表情のカティが力ない瞳で巨鳥を見上げる。その背からリトが降り立つと、全員が唖然として言葉を失った。


 だから、誰よりも先に口を開いたのはリトだ。


「ん……と、ただいま」


「た、ただいまじゃねーよ、バカッ! 心配かけやがってッ!」


 涙目で駆け寄ってきたトルテが叩くように手を上げ、その手で遂に決壊した眦を慌てて拭う。歩み寄ってはこなかったグレンは安堵の溜息を漏らし、口にゆっくり煙草を銜えた。

 そして、


「リト……本当に、無事でよかった……」


 鎧を脱ぎ、見慣れたツナギ姿のカティがゆっくりと歩いてきた。

 それが待ちきれず、リトは自分からそのカティに走り寄って、胸に飛び込んだ。

 何よりも伝えたい言葉があった。さっきから一度も、それを言えていなかったから。


「――来てくれてありがとう、カティ。わたしは幸せだね」


 その気持ちを初めて与えてくれた少年に、万感の感謝と祝福を込めて、そう笑った。




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