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ギフト  作者: 鼠色猫/長月達平
空色の騎士
12/18

4-3



 怒気に我を忘れたトルテは荒い息を吐きながら、ふっと冷静さを取り戻した。と同時に襲い掛かるのは恐怖と後悔。ガロンの要求に応えられなくなる恐怖と、それを自身の浅慮な行動が招いたかもしれないという後悔だ。


 廃屋――すでに建物の形をしていない屑山の前に着地し、自らの生み出した光景に顔を顰める。屋根を貫き、そこを中心に粉砕された木片から長槍の石突だけが突き出していた。手招きで槍を掌に受けると、支えを失った山がさらに崩れ落ちる。


 忘我の境地で手心を加える余裕もなく、最大出力の破壊は槍の突入地点を中心に大地を深々と穿ちクレーターを作っていた。直撃せずとも、廃屋内に逃げ込んだ人間が無事に済まないことはトルテが一番理解している。


「ああ、どーしよう……リト、死んじまったか? 違うんだよ、あたしはさぁ」


 こんなことをするつもりではなかった、と今さら伝えて何になるだろうか。出来れば無傷で連れ戻したかっただけなのに、大事な気持ちを次々逆撫でされて頭に血が上ってしまった。


「言い訳は後回しにして、とにかく瓦礫を除けねーと……」


 崩落の山はぴくりとも動かず、下に埋もれていると思しきリトの生死はわからない。せめて瓦礫の下のリトを発見するまでは、生存を信じることもできるはずだ。

 方針を口にすることで意思を立たせ、トルテは目の前の瓦礫に足を踏み出す――微かな音。


「何の音だ?」


 まさか瓦礫の下からリトが這い出そうとする音、ではなかった。


 音の発生源は山の後ろからゆっくり現れ、その場に座り込むと前足で暢気に顔を洗う。あまりに空気の読めない場違いさで現れたのは、額に傷のある一匹の黒猫だった。

 警戒心を急激に高めただけに、取り越し苦労に肩の力が抜ける。トルテは苛立ち混じりに舌打ちして、


「おい、黒猫。今は構ってる余裕はねーんだ。邪魔だからあっち行って……」


 追い払うために槍を向け、黒猫と山を挟んで対角の草むらを示す。と、そこにも猫の姿が。今度は白地に茶の模様のある猫と、隣に丸々と太った虎縞の猫が控えていた。

 猫の集会場かよ、と口の中で呟き、別の方向に視線を巡らせ――そこにも猫がいる。


 違和感が膨れ上がった。振り向けばそこにも猫がいる。視線を戻せば一匹だけだった猫が二匹になり、いなかったはずの場所にまた別の猫が姿を見せていた。

 総勢数十匹にも到達する大量の猫が、中心にトルテを据えて睥睨している。


「やれやれ……この事態を危惧して呼びに行ったってのにまだ来ないのか。ボクは町から森への道を往復して疲れてるんだけどなぁ」


 異常事態に固まっていたトルテの鼓膜を震わせたのは、子供のような中性的な声色だった。

 第三者がいるということは、この猫に囲まれた事態がそいつの差し金であるということだ。それさえわかれば恐れることはなく、その参入者が識者であることは想像がつく。

 周囲の猫は首輪のあるものもいれば、毛並みの汚れた野良としかいいようのない猫もいる。なれば猫を統率しているのはギフトによるもの――“猫”の知識とかあるのだろうか。


「“猫”の……男だか女だかわかんねーけど、とにかく“猫”の奴。てめーが鉄の男と同業だってんなら依頼主はもういねーぞ。得にもならねーことはやめて、消えちまえば」


「勘違いを訂正するけど、ボクは別に誰かに依頼も命令もされてない。ここにいるのはボクの意思ってわけで、だからまぁ、退けない。ごめんね」


 無意識に神経を逆撫でする喋り方に、トルテの堪忍袋は早くも限界が近い。そもそも今はこんな些事にかかずらわっている暇などなく、すぐにでもリトの安否を確かめねばならない。

 その焦りがトルテに再び短慮な思考を決断させた。


 槍を構え、じりじりと摺り足で瓦礫の山に歩み寄る。相手の声は崩落の側から聞こえ、十中八九山の向こう側に潜んでいるのだろう。山を盾に隠れたつもりかもしれないが、トルテを相手にその考えは砂糖菓子よりも甘い。

 目の届く範囲であれば、トルテの投じる槍は空に誘導されてどこにでも着弾する。山の向こうにいるのがわかっているのなら、その場を中心に吹き飛ばすだけだ。


「五秒やる。武器を捨てて姿を見せろ。そいで譲れねー理由とやらを抱えたまま消えちまえ」


「姿、見えないかな。捨てられる武器も特に持ってないんだけど。それにここまで来て何もせずに消えるのもアレだね。義理堅いのが犬の専売特許だと思われるのも癪だし」


 声に同調するように、周囲を囲っていた猫達が一斉に短く鳴いた。


 それを合図にトルテは槍を上空に投じる。瓦礫の真上の空で静止した長槍は穂先を斜めに向け、弾丸の速度で山の向こうに突き刺さり、衝撃の余波で木屑を吹き飛ばした。

 会心の威力に普段の彼女なら喝采を挙げたかもしれなかったが、少なくとも今は違う。驚愕に目を見開き、自らの行為の浅はかさを心底悔いていた。

 いつの間にか足元にまで歩み寄っていた黒猫がこちらを見上げ、歯を剥いて笑ったのだ。


「ありがとう。その槍は少し恐かったんだ」


 誰であろう、猫が中性的な声でそう喋った。

 次の瞬間には黒猫が跳躍し、刃物のように鋭い爪が下から胸元を目掛けて弧を描いていた。

 トルテの全神経が凶刃に反応し、驚愕による硬直を抑え込んで回避運動を取らせる。

 全身全霊の回避運動は僅かに背を反らさせ、爪は軌道にトルテを捉えず胸元を縦に裂くに留まり、トルテは後退の一歩で空に逃れる隙を得て勝機に顔を歪め、


「これでボクの仕事は、終わり」


 直後、黒猫の声が耳に忍び込み、裂けた胸元から弾かれたギフトが視界に入り込んだ。ペンダントのように首から下げていたギフトが束縛を外れ、外気に晒されたのだ。

 その驚きに瞬きを一つ挟んだ間、鋭い音とともに瓦礫の山の山裾が弾け、金色を纏った何かを解き放った。


 煤と埃に汚れた金の髪の隙間から覗くのは、青空を映したような蒼穹の双眸――。

 何もかもの反応が遅れ、気づいた時には地面に押し倒され、リトの双眸が間近にあった。


「トルテの負け、だよ」


 勝利の余韻に浸るわけでも、敗者を哀れむでもなく、無表情な呟きが真上から降ってくる。

 小柄なトルテは体格差でリトを跳ね除けられない。必死で身を捩るが、可憐な見た目に反して膂力のあるリトから逃れる術はなかった。


 ――ギフトは、リトには通用しないのだから。


 全身に漲っていた空の加護が失われ、自分がただの非力な小娘になったことがわかる。

 だからトルテは、絶望的な時間が目の前に迫っていることに気づいて大きな瞳を潤ませた。


「うあっ、そんな! や、やめてくれ、リト! あたしは、あたしは……識者でなくなったら必要とされねーんだ。そんなのに耐えられね……」


 小ぶりな胸の上にあるペンダント。その鎖に繋がれた指二本で摘むサイズのギフトがあった。


「やめて……リト。お父様に必要とされなくなったら、あたしは生きてけねー。何でだよ、お前は誰よりもお父様に必要とされてるのに、どーして嫌がるんだよ……」


 リトの手に、ペンダントに繋がれたトルテのギフトが握られる。トルテの生殺与奪の権利を、リトは掌に握り締めている。


「お父様に必要とされてるのに、どーしてリトは……」


「あの人が欲しいのはわたしじゃなくて、知識」


 その瞳が初めて、トルテに対して哀れみに似た共感の輝きを灯した。


「ごめんね、手加減のやり方知らない。それに……ん。まやかしの幸せは、悲しいね」


 意味がわからず、ただ制止の懇願に喉を震わそうとして、


 ――トルテの世界が崩壊した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 虚空を映し、感情の輝きを失った瞳から一筋の涙が流れるのをリトは見た。


 トルテは目と口を半開きにしたまま微動だにせず、四肢を投げ出して横たわっている。その哀れみを誘うほどに弱々しい姿を一瞥して、リトは悠然と歩み寄ってくる影に礼を言う。


「ん、ありがと、ノワール」


「ボクは暗闇で拾い上げてくれた両手に恩を返しただけだよ」


 前足を舐めて答えると、黒猫は振り返って高々と一鳴きする。その鳴き声に応答して周囲の猫達も喉を震わせ、集会を解散するようにそれぞれが物陰に潜むように消えていった。


「他の猫さん達……どうして?」


「ボクがここいらの猫の元締めだから。ボクの恩人は全猫の恩人ってね」


 黒猫が顔を歪めたのは笑みの形にしたからだろうか。その表情を崩し、猫は横たわる少女を見て、人間のように首を傾げた。


「あの子、識者ではなくなったみたいだけど忘却はしてないね。所有権だけ破棄したの?」


「ん、ギフトを箱に戻したの。でも、トルテが辛いのはもっと別のことだね……」


 ギフトを手放したショックで、一時的に茫然自失としているがすぐに正気に戻るはずだ。問題は正気に戻った後、本当の意味で正気に返ってしまうこと。

 そうなった時のトルテのことを思っていると、不意に誰かの駆けてくる気配がした。


「と、ずいぶんゆっくりだったね。人間ってのは悪路を通れないのが面倒だよ」


 ノワールが呆れたような、苦笑と判別できる声音で呟くと、彼が通りを曲がって姿を見せた。


「――リト!」


「カティ」


 息を切らし、額を汗だくにしてやってきたカティは強張っていた顔を安堵に緩めた。駆け足から歩み寄りになり、リトの全身を確かめるように視線を巡らせる。


「酷い怪我はない? 前の傷が開いたりとかは大丈夫?」


 いの一番に自分の身を案じてくれるカティを嬉しく思いつつ、リトは何でもないと首を振る。その言葉を無条件に信用できないのか、いつまでも心配そうな視線がくすぐったい。


 実際、全身に看過できない程度のダメージがあった。廃屋へのトルテの攻撃は熾烈を極め、ほとんどがらんどうの廃屋が衝撃を分散させたから助かったようなものだ。死んでもおかしくなかったし、重傷を負って動けなくなるのが人間的だろう。そうなる可能性をねじ伏せたのは意思の力、だろうか。浅ましくも、外の生に縋り付く意思の。


「リト、あそこに寝てる愛娘達(ドーターズ)は……」


「ん、トルテ。もう、識者じゃないから大丈夫。それに、きっともう戦えない」


 虚ろな瞳で空を仰ぐトルテに警戒心を露わに摺り足で歩み寄って、カティは胸元を飾っていたペンダントを回収した。――再び知識を内包したギフトだ。


「壊れてない、けど。識者じゃなくなってるのか。いや、どっちにしてもこんなもんを持たせててこっちに得はない。この子の喋り方はイラっとしてたし……」


 ぶつくさと呟いてギフトをポケットに仕舞い、カティはトルテの怪我を検めている。肉体的なダメージはリトに及ばないはずだ。問題は精神的な方だから。


「とにかく、町にガロンの私兵が集まってる。ここに来るまでの道でかなり見かけた」


「目的はわたし……宿場のみんな、大丈夫かな」


 宿の裏手で待ち構えていたトルテは最大限の配慮をしてくれたのだろう。リトにとって、識者一人より識者でない人間十人の方がよほど脅威に感じられる。にも関わらず一人で待ち構えたのは、自身の言葉で説得してくれようとしてくれたからだ。

 ますますトルテへの罪悪感を募らせるリトに対し、カティはその葛藤に気づかぬ様子で思案を巡らせるように眉を寄せていた。


「今は、逃がしてくれたみんなの意思を尊重して隠れるべきだ。僕の家の地下室になら、きっと見つからずに隠れられる」


「そう、かな。……カティが怪しいってわかれば、一番に調べると思うよ?」


「ぐ……浅はかか……。なら、せめて森にしばらく身を隠すとか……」


 代案は苦しく、カティは自らの首を振ってそれを否定する。懸命に考えてくれるカティはその後も自分の案を浮かべては消しを繰り返し、


「駄目だ。とにかくここにいるのだけはマズイ。今は僕の家でいいから、そっちに」


「お馬鹿さん、お馬鹿さん。もう甘くて遅くてしょっぱい考えですですよ?」


 声は上空から届き、愕然と目を見張るカティの視線を辿れば、空に羽ばたく少女がいる。

 濃い茶色の髪を短く揃え、トルテよりさらに小柄な体躯を愛娘達(ドーターズ)の衣服に包み、背に作り物の白い羽を生やした少女――キルマだった。

 カティが焦燥感と怒りに顔色を変え、リトを守るように背に庇ってくれる。キルマはそのカティの態度を見るでもなく、空中で向きを変えて背後に手を振っていた。


「お父様、お父様! キルマが鍵を発見しましたです! 褒めて、いい子いい子です!」


「よくやってくれた、キルマ。後で褒美に寵愛の時間を取ろう」


 身に余る光栄さに恍惚の表情になるキルマ、その視線の先から十人ばかりの集団が来る。鎧姿の私兵に周囲を任せ、集団の中心を悠然と歩いてくるのはガロンだ。そのまま間に数メートルの距離を置いて、両陣営が向かい合う。


「さて、急にいなくなって気を揉んだぞ、鍵よ。おかげで食事も喉を通らず、各所に不要な手間をかけさせてしまった」


「お父様の言う通りです。キルマもあちこち飛び回りましたですよ」


「キルマ、少し黙っていなさい。私が鍵と話している」


 窘められ、キルマが恐れ入ったように口を閉じる。ガロンは良い子だと頷き、粘着質な視線でリトの全身を舐めるように見た。


「もう十分に外を堪能したろう? 普通の娘のように出歩き、普通の娘のように出会い、普通の娘のように生活したはずだ。お前には過ぎたものだというのにな」


「おい、ふざけるなよ、お前――」


 徹底的なまでに陰湿に外の暮らしを否定され、身を震わせるリトの代わりにカティが怒気に彩られた恫喝を放った。それを耳にして初めて、ガロンはカティの存在に気づいたように赤毛の少年に目の焦点を合わせた。


「おや、あまりに存在が矮小すぎて気づかなかった。領民、君は誰だね」


「僕はカティクライス=デリルだ。器が矮小すぎるあんたにはわからないかも知れないが……」


「そうか、カティクライス。そこで黙って跪け」


 リトが止める暇もなく事態は動いた。気づけばカティは呆気に取られた表情でその場に膝を着き、頭を垂れてガロンに跪いている。その疑問を口にしようとし、開閉する口からはただ言葉にならない呼吸音だけが漏れていた。

 その苦しみから解放すべくカティに手を伸ばしかけ――


「今、その小僧を解放するならば反抗するとみなし、お前に関係したこの町を焼き払う」


 爪先から頭までが一瞬で凍りつくような宣告に、全身が震えて動きを止めさせられた。凝然とガロンを見つめると、男は嫌味ったらしい仕草で両手を上げて肩を竦める。


「しゅ、宿場のみんなは……?」


「今は無事、鎮圧されて死者は出ていない。彼らは私の大事な落し物を拾い、保管してくれていた恩人だ。だが、落とし主が現れてもそれを返さぬというのであれば、それは恩人ではなく盗人だ。盗人には盗人への対処をせねばならぬ。領主としても心苦しい」


 わざとらしく悲嘆に暮れた溜息を吐くガロンをリトは怒りを込めた視線で睨みつけ、すぐに内心の炎を消して目を伏せた。


「わたしが戻れば、何もしない?」


「むしろ、恩人の彼らに褒賞を出したいほどだとも」


 激情を露わに顔面を真っ赤に染めるカティは未だ跪き、口を開くこともできない。制限時間を設けられていないから、ガロンと一定の距離が開くまでそのままのはずだ。

 ――それがガロンの有する、“命令”のギフト。


「カティ」


 呼びかけ、跪くカティに目線を合わせて座り込む。瞬間、カティは怒りに沸騰していた顔を青褪めさせ、懇願するように首を横に振った。

 目の前に現れたリトの表情を見て、すでにリトの決断を理解してしまったのだろう。


 目を瞑れば鮮明にこの一週間のことが思い出される。鳥篭を出て、愛娘達(ドーターズ)追われ、山に入り、猫を拾って、見知らぬ家で目覚め――初めて他人の寝顔を見て、安堵した。


 カティに変わって衣類や食事の世話をしてくれたリディア。何も知らぬ自分を雇ってくれたドイネルとナリア。宿場に集まる気のいい鉱夫達。喋る黒猫、ノワール。

 そして、束の間の幸せを与えてくれたカティ――。


「ありがとう」


 心に浮かんだ全員に感謝の気持ちを込めて、できる限り懸命に微笑んだ。


「ばいばい」


 何か言おうと、必死の形相で感情を爆発させるカティに背を向け、ガロンに歩み寄った。途端、ガロンを囲っていた私兵達が動こうとするのをガロンが制止する。


「手枷も何も必要あるまい。――逃げるはずなんて、なかろう?」


 無言で、鳥篭にいた時のような無感情になった瞳で、リトはガロンの言葉に頷いた。


「お父様、お父様! トルテ姉様が寝てますですけど、様子と調子が変です?」


 廃材の近くに倒れ付すトルテを見つけたキルマが喧しく騒ぎ立てると、ガロンは思い出したように唇に手を当て、確認するようにリトを見た。


「あそこにトルテが寝ているということは……ギフトと枷は」


「……外した」


「そうか」


 私兵をリトの傍らに置くと、ガロンはトルテに近付いていく。そして、空を仰ぐトルテの視界にガロンが映り込むと、心神喪失状態だったトルテに劇的な変化が訪れた。


「……あ……ああ……ッ。ああアアアアァァァアァァッ……!」


 絶叫を上げ、身を起こした少女がガロンに掴みかかろうとする。その身を横から薙ぎ払う一撃が打ち据え、苦鳴を漏らして無様に転がった。


「お父様、お父様。思わず殴打してぶん殴ってしまってですけど、怒りますです?」


「いや、むしろ賞賛だ、可愛いキルマ。トルテは乱心した。もう愛娘達(ドーターズ)ではない」


 冷たく吐き捨てるガロンと、打ち据えた槍を抱えて興味なさげに頷くキルマ。そして殴り倒されたトルテは地に這い蹲りながら、憎悪に濡れた瞳でガロンを射殺そうとしている。

 この状況を作る切っ掛けになったリトからすれば、わかりきっていた展開だった。


「やれやれ、もうギフトもないか。“空”は貴重だというのに。もう私の命令も届かぬが、使いようはあるかもしれんな」


 私兵に命じ、トルテが男に抱えられる。肩にぞんざいに担がれたトルテは自由になる首だけでガロンを睨みつけ、そしてガロンはその態度が面白いとばかりに口元を歪め、愛らしい顔立ちを泥と憤怒に塗れさせたトルテに顔を近づけた。


「前々から言おうと思っていたのだがな、私はお前の品のない喋り方が嫌いだった」


 心底、当人だけが愉快そうな哄笑を上げ、ガロンが歩き出す。キルマがすぐ後ろに続き、間に私兵を挟んでリトは後ろを追った。


 無言の絶叫を背に浴びながら、リトは一度も振り返らなかった。



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