おかえり
雨が降り出した。
首の落ちた白銀色の竜のそばで、雨がしとしとと降り注ぐ。
「エーデルフィア」
カーヴァンキスは、涙なのか雨なのか分からない液体に濡れた顔で、そっと妹の名を呼ぶ。だが、反応があるはずもない。その名を持つはずの妹は、彼が、その首を落としたのだから。
「エーデルフィアぁっ!」
泣き叫ぶ兄弟やフォンシュベルたちのそばで、炎を使うドラゴンたちが、エーデルフィアであった白銀色のドラゴンを燃やす。その魂を浄化するかのように、優しく、激しく。
白銀の鱗が、火の光を反射し、赤く、淡く輝く。その光がとても悲しくて。
「ゴメン、ゴメンね、エーデルフィア」
その光を見ながら、オースティアやサーファイルスが涙を流す。失ってしまった、殺してしまった。
ただでさえ数少ない竜族のうち、最もいつくしむべき家族を、堕竜へと追いやり、そして殺してしまった。守るべき存在を、死なせてしまった。
「うう、ゴメンねぇ、エーデルフィアぁ………」
目を瞑れば、エーデルフィアと過ごした短い時間を思い出す。たったの、数十年。百年も一緒に生きられなかった。でも、そんな数十年の中に、思い出は濃く残っている。
小さかったエーデルフィアがやったこと、そのせいで焦らされたこと、笑わせてくれたこと。
何もかもが、思い出として、フォンシュベルやエイシェリナたちの中に残っていた。
そうしていると、堕竜となったエーデルフィアの体がすべて燃え尽きたのか、煙がくすぶり始めた。
が、その煙が晴れたその場所を見て、フォンシュベルたちは言葉を失った。
そこには、小さな小さな赤いドラゴンがいたのだから。
「エーデルフィア?」
その赤いドラゴンに、フォンシュベルが恐る恐る声をかける。
「きゅいっ!!」
すると、しっかりと返事をして、その赤いドラゴンはエイシェリナの腕に飛び込んできた。
「赤子に、戻ったというのか、これは」
それを見ながら、信じられないと言った顔をした長老が小さく呟く。
だが、エイシェリナの腕の中には確かに、昔見た姿のエーデルフィアがいるのだ。赤い、小さな小さな体。生まれて数年程しか経っていないであろう程の大きさのドラゴン。
「どうだっていい。この子が俺たちの愛しい子であることに変わりはない」
「ええ、この子はエーデルフィア。私たちの子。そうでしょう? 長老」
「ふむ。………じゃが、確かにそうなのかもしれんな。あの聖剣には、そのような効果があったのじゃろうか」
「お父さんじゃないけど、どうだっていいよ。お帰り、エーデルフィア」
「そうだよ! エーデルフィアが帰ってきたんだから、それで十分でしょ!?」
「姉さんたちの言うとおり。さ、一緒に帰ろうね」
そんな小さなドラゴンを見ながら、フォンシュベルやエイシェリナ、長老、カーヴァンキス、オースティア、サーファイルスは続けて言う。
フォンシュベルたち一家は盲目的にこれはエーデルフィアと信じており、長老たちは若干疑っていた。
だが、それでも数少ない同族がプラスマイナスゼロで減らずに済んだことに喜び、祝杯を挙げることになった。
「はは、また、子育てだな」
フォンシュベルはそう言って笑い、
「今度は、堕竜にならないように、しっかりしなくちゃね、私たちが」
エイシェリナはそう言って苦笑し、
「エーデルフィア、お兄ちゃんだよー。分かる?」
「あ、お兄ちゃん、ずるい! お姉ちゃんだよ」
「エーデルフィア、サーファお兄ちゃんだよ。また、よろしくね」
子供たちはとにかくエーデルフィアが帰ってきたのが嬉しいのか、きゅいきゅい鳴いているエーデルフィアと一緒に笑い合っていた。
ここからまた、エーデルフィアの人生は始まる。エーデルフィアの記憶を継いでいるのか、また真っ新の状態になっているのか、本人以外知りうるもののいない中で、また生きていく。
そして、その話を未来につなぐのだ。
愚かなドラゴンの話を。
愚かなドラゴンへ怒り、堕竜になった馬鹿なドラゴンの話を。
二度とこのようなことが起こらないよう、ドラゴンたち、そして人間たちの間にも、この話は延々と語り継がれていった。
「おかーさん、だりゅうってこわいね」
「うん、そうね。だから、あなたもそうならないようにしなくちゃね」
「うん! だって、みんなにけがさせたくないもん」
そして、どれだけ先の未来か分からぬ時、そこでは親となったエーデルフィアが子供に堕竜の恐ろしさを話し伝えていた。
これで、完結です。
約一年間の連載の間、
読んでいただいた読者の方、
評価を下さった方、
お気に入り登録をしてくださった方、
すべての方々に感謝をこめて、
ここで完結とさせていただきます。
気が向いたら番外編を書きます。