悲しき別れ
何とか二か月以内に更新。
このペースですら、
考え付かないというのが辛いです。
次の更新はいつになるやら………
「お母さん、離してっ! ウェルが! ウェルがっ……!」
「ダメ。先の王を助けようなんて考えないの。いい加減分かりなさい」
「分からない、分かれない! いいから離してっ!!」
先の王、ウェイリスが追放されてから、エーデルフィアはとにかく母、エイシェリナにつかまり、逃げるために必死で足掻いていた。
が、もちろんエイシェリナはエーデルフィアを離さない。エーデルフィアが痛がらないよう細心の注意を払いながら、しっかりとエーデルフィアを抱きしめていた。
「いい加減にしなさい。お母さん、怒るよ?」
「ヤダっ! 絶対にウェルを連れ戻す!」
「聞き分けなさい。あれは敵なの」
「敵じゃない! なんでそんなひどいことばっかり言うのさ!?」
「ひどくなんかない。普通だよ、エーデルフィア」
とにかく必死でウェイリスを追いかけようとするエーデルフィアを抱きしめ、優しく説くフォンシュベルとエイシェリナだが、それでもまだ、エーデルフィアは諦めなかった。このまま放っておいては、ウェイリスは間違いなく死んでしまう。見殺しになど、したくなかった。
だから、追いかけようとした。両親に止められても、その腕をはがそうと足掻いていた。
「やだ! ヤダヤダヤダ! 絶対に追いかける!」
「いい加減にしなさいって言ってるでしょう! ―――フォンシュベル」
「ああ。エーデルフィア、来なさい。君は今日、部屋に閉じ込める。絶対に部屋を出さない。食事は持ってくるから安心しなさい」
「何で!? くう、離して、お父さん!」
「ダメだ。エーデルフィアが先の王のことを気にしなくなるまで、絶対に部屋から出さない」
どうしてもあきらめないエーデルフィアに、ついにフォンシュベルたち親二人は、強硬手段に出ることにしたらしい。フォンシュベルがエーデルフィアをしっかりと掴み、逃げられないようにして部屋へと運ぶ。
そして、部屋に着くとフォンシュベルはエーデルフィアをベッドに落とし、そして自身は体を滑らせるように、わずかに開いた部屋の扉から外に出た。その後は、エーデルフィアが中から開けられないよう、ものを置いていく。
――――どんどんどん!
「おとーさん、開けてっ!」
「ダメだと言っている」
「開けてったら、開けて! お父さんの鬼畜っ!」
「鬼畜上等。いい子だから、おとなしく部屋にいなさい。欲しいものがあれば、届けてあげよう」
――――どんどんどんどんどんっ!
「そんなのどうでもいいから、開けて! 開けろー!」
「ダメだ。じゃあ、後から交代で誰かが来るからね。いい子にしているんだよ」
「やだっ! やだやだやだやだやだぁっ!」
どこまでも諦めず、泣きながら叫び続けるエーデルフィアと、その悲鳴を辛く思いながらも聞きつづけるフォンシュベルとエイシェリナ。エーデルフィアは、とにかく泣き叫び続けた。それこそ、体力の限界が訪れるまで、ずっと。
そして、エーデルフィアの声が聞こえなくなった頃、フォンシュベルとエイシェリナが、揃ってゆっくり、慎重にエーデルフィアの部屋の扉を開く。
―――エーデルフィアは、眠っていた。
「やっと眠ったか。まったく、何をどうやったら、あんなモノに執着するようになるんだか」
フォンシュベルはそう言いながら、部屋の床に倒れこむように眠る可愛い娘を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。
成長したといっても、フォンシュベルたちから見ればまだまだ幼い末っ子、エーデルフィア。エーデルフィアは末っ子であるが故もあり、基本的に人間との関わりは少なくしてきた。
―――いつか来る別れのショックが、少しでも小さくて済むように。
カーヴァンキスやオースティア、サーファイルスも小さいころはフォンシュベルたちが守り、人とあまり関わらせないようにはしていたが、成長に伴って自分たちから関わるようになった。そして、別れを知り、人間の汚さも知ることとなった。
みんな、人間とはあっという間に別れることになることを知っている。その悲しみも知っている。そして、人間の汚さも知っている。だからこそ、あまりエーデルフィアを人と関わらせなかった。
が、これも成長と喜ぶべきなのか。
エーデルフィアは自らが選び、先の王を連れ帰り、そしてあだ名で呼んだ。フォンシュベルたちが追い出そうとすると、必死で抵抗した。追い出した後も、後を追おうとした。
「むにゅ……うぇる……」
そうしていると、運ばれているエーデルフィアが、小さく寝言を呟く。夢でまでも、先の王に会っているのか。フォンシュベルはそう思いながらも、エーデルフィアをベッドに降ろして、きれいに毛布を掛けた。
「さあ、先の王のことは忘れて、眠りなさい。エーデルフィアはいい子だ。忘れるんだよ」
「みゅむむ………」
「エーデルフィアが先の王に関わることは二度とない。忘れなさい」
その後、フォンシュベルはエーデルフィアの耳元で優しくささやき、言い聞かせ、そして部屋を出た。
その後はもちろん、エーデルフィアが内側から開けられないよう、しっかりとしていたそうな。
そして、それから数時間後。目が覚めたらしいエーデルフィアは、水を飲むために部屋から出ようとして、出られないことに気が付いた。
「ん? あれ? ………誰か、開けてぇー」
そのことに気が付いたエーデルフィアは、とりあえず近くに誰かがいることを祈りながら、開けてもらえるよう声を出した。
「ん? あ、起きたんだ、エーデルフィア。どうしたの?」
そして、エーデルフィアがそうやって呼んでいることに気が付いたらしい、今の見張り当番であるカーヴァンキスは、扉は開かず、その外から優しく声をかける。
「カーヴお兄ちゃん? 開けてー」
「ごめん、無理。どうしたの?」
「おにーちゃんのいじわるー! お水欲しいー」
「分かった、水だね。持ってくるから、いい子で待ってるんだよ」
カーヴァンキスが水を取りに行ったのち、エーデルフィアは何故こういうことになったのか、じっくり考えていた。そして、思い出した。
あれからどのくらい時間が経っているのか。ウェイリスは無事なのか。考え出すと、疑問は尽きない。ただ、今はこの部屋を出たかった、洞窟を出たかった。
そして、追放されたウェイリスを追いかけたかった。
「お待たせ、エーデルフィア。ほら、水を持ってきた。たくさんお飲み」
カーヴァンキスはそういうと、にっこり笑いながら小さな樽とコップをエーデルフィアに渡し、部屋から去ろうとするが、エーデルフィアがそれを阻止した。しっかりとカーヴァンキスの腰にしがみつく。
「お兄ちゃん! 出して、ここから出して!」
「――――出て、どこへ行くというの?」
「ウェルを追いかける! 助ける!」
その後、カーヴァンキスとしっかりと目線を合わせ、出してもらえるよう頼むのだが、カーヴァンキスから返ってきたものは、エーデルフィアを恐れさせた。カーヴァンキスは、エーデルフィアが先の王を追いかけると言った瞬間に、今までに見せたことのない冷たい視線をエーデルフィアにぶつけたのだ。”何をバカなことを言っている”と告げるかのように。
そんなカーヴァンキスの視線にひるんだエーデルフィアだったが、それよりもウェイリスを心配する気持ちのほうが勝っているのか、気持ちを奮い立たせ、再びカーヴァンキスと目を合わせた。
「お兄ちゃん、お願い」
「………ダメだよ。エーデルフィア、君はもう、先の王にかかわる必要はないんだ。だから、いい子でここにいるんだ」
「ヤダ! 絶対にヤダ! ウェルを助ける! 死んでいい命なんて一つもない。だから、助ける」
あまりにも必死なエーデルフィアを黙らせるため、再び冷たい視線を向けたカーヴァンキスだったが、その後に続いたエーデルフィアの言葉に、その強い意志を潜めた瞳に、息をのんだ。
今までに感じたことのないほどの恐怖を与えているはずなのに、エーデルフィアはそれでも、自分の目をしっかりと見据えている。そのうえで、自分の意見をはっきりと述べる。それがどれだけカーヴァンキスを驚かせたか、エーデルフィアは知らない。
自分に向けられた冷たい視線に怯まず、しっかりと自分の意見を告げたカーヴァンキスの可愛い妹。
結果、負けたのはカーヴァンキスだった。エーデルフィアの頭にポンと手を置き、よしよしと撫でまわし、それからエーデルフィアを抱っこして、部屋を出た。
「……お兄ちゃん?」
「お父さんとお母さんの説得は自分でするんだよ? 絶対に、勝手に洞窟から出ないこと。これが守れないなら、すぐに部屋に戻って、また閉じ込めるからね。いい?」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
ちなみにカーヴァンキスは、この笑顔が見れただけでいいや、と後にほかの弟妹達に語ったそうな。それほどに、この時のエーデルフィアは満面の笑みを浮かべていた。
そしてエーデルフィアはカーヴァンキスに抱かれたまま、怖い笑みを浮かべている両親の前に来ていた。
「お父さん、お母さん、お願いがあるの」
エーデルフィアがその言葉を告げた瞬間、フォンシュベルとエイシェリナの周りで、温度が二、三度下がったという。