考えること
曾じいちゃんをみんなで見送った後、私は一人自分の部屋に戻って考えていた。曾じいちゃんのあの言葉を。
『あいつの後を追うのに、何の未練もなくなるのにな』
曾じいちゃんの言っていたあいつ、っていうのは誰だろう。って、考えなくても何となく予想はつくか。
曾じいちゃんの言っていたあいつ、とは恐らく曾ばあちゃん、お父さんのばあちゃんだろう。
何故死んでしまったのかは分からない、だけど、曾じいちゃんは後を追いたくなるほどに曾ばあちゃんを愛していたんだと思う。
竜族は、連れ合いと死別したとしても再婚はしない。妻、夫は一人だけだから。
曰く、それは魂に刻み込まれでもしているかのように、今まで連れ合いと死別した竜族が再婚したことは無かったらしい。
愛するものは一人だけ。一度愛を得たドラゴンは、ほかのドラゴンから愛されても何も感じない。愛を感じるのは、一人だけ。
――ドラゴンは《番》しか愛さない、愛せない。
私がそれを知ったのは、成人してカーヴお兄ちゃんが自分の番となるものを見つけたときだった。そのときに初めて、私は番の話をお父さんたちに教えてもらったんだ。
だけどこの時は、まだドラゴンについて、竜族についてなんて殆ど知らないから、それだけ曾ばあちゃんを愛していたのだろうと私は考えた。
愛する者のいない世界は、どれだけの苦しみを与えてくるのだろう。
私は知らない、知り得ない。私は逆にその苦しみを与えてきた。家族愛ではあるが、それでも愛するものを残してきた。私の死を置いて、私は転生してきたんだ。
―――悲しい、寂しい。
―――あの子たちに会いたい。
―――前世のお父さん、お母さん、お元気ですか?
―――あれから、何年の月日が流れたでしょうか。
『あららー、また助けが必要でーすかーぁ?』
………この声は、誰?
『あれ? 忘れたんですか、ひどいなぁ?』
「………あぁ! 死んだときに会った……」
『うっわ、覚え方が前のときと一緒ですか』
「いいじゃない、そんなこと。それで?」
『助けが必要でしょう? 会いに行きましょうか、前世のお父上方に』
あぁ、そのためにわざわざ来てくれたのか。でもね?
「いいよ、行かない。行ったら話をしたくなる、吹っ切ったのがまた、会いたくなってしまう」
だから会わない。話もしたくない。いや、したいけど出来ない。
会いたい、お父さんとお母さん。前世の私を二十一まで育ててくれた人。
『あなたがそう決めたのなら、それでいいですね。んじゃ、さよなら』
うわー、決断した瞬間消えるのか。何てあっさり。
……でも、そうやって前世のお父さんたちのことを考えたからか、急激的にお父さんたちに甘えたくなった。
ので、自分の部屋から出て、お父さんたちのいる部屋へと向かう。お父さん、お母さん、甘えさせてー。
「どうしたの、エーデルフィア。おいで」
「お母さん、甘えさせて」
「そんなのに許可を取ろうとしなくていいから、おいで」
うん、甘えさせて。お母さんの言葉の後すぐに、お母さんにぴったり引っ付いて横に座る。お母さんの熱が安心させてくれる、気持ちいい。
「一人で部屋にいて、寂しくなった?」
「うん、すっごい寂しくなって、お母さんたちに甘えたくなった」
「………んもう、この子可愛すぎ!!」
お母さんはそう言って横向きになり、私をぎゅーっと抱き締めた。うん、気持ちいい!!
「ねぇ、エーデルフィア、お母さんと一緒にお出かけしない?」
抱き締めながら私の耳元で小さく呟くように言うお母さん。その意見に私が反対するとでも!?
「行く! 行こう!!」
「じゃあ、カーヴたちに言って、背中に乗せてもらって、お出かけしようね。あ、フォンシュベルも誘う?」
「みんなでお出かけ?」
「そうね、そうしちゃう?」
賛成、行こう!! みんなでお出かけ楽しみだ!! ………あ、でもお父さんのドラゴンの姿は見たくありませんよ?
「カーヴ、ティア、サーファ」
お母さんはまず、人態を取った私を抱き上げ、お兄ちゃんたちを呼ぶために各部屋へと向かった。
え、何で人態かって? だって、人態じゃないと膝の上には乗れても、抱っこはしてもらえないから。
「あれ? どした?」
「みんなでお出かけしない?」
「どしたの、お母さん、エーデルフィア」
「エーデルフィアが寂しいらしいから、その寂しさを吹き飛ばすためにみんなでお出かけしましょ」
「んう? あんだよ、俺眠いよー」
「いいから起きなさい。みんなでお出かけしましょ」
おぉ、眠たいからと拒否しようとしたサーファお兄ちゃんにも手加減無しだ、さすがお母さん。
「ほら、起きなさいサーファ。……エーデルフィア、サーファを起こしておいで」
そしてお母さんは耳元で小さく、お兄ちゃんを起こすための方法を呟いた。それ面白そう! 採用!!
「おにーちゃん、起きてっ」
その名も……。
「フライングボディーアターック!!」
「ぐふぅっ!」
「よし、よくやったわエーデルフィア」
きれいにサーファお兄ちゃんのお腹に落下。お兄ちゃんは少し苦しそうにしているが、すぐに元通り。伊達に丈夫なドラゴンじゃないね。ついでに言うなら私の人態が軽すぎるだけか。
「不意打ちは痛かったな、エーデルフィア」
「んー、だってお母さんがこうやって起こしなさいって」
少し涙を浮かべながら言うサーファお兄ちゃんに、少し首を傾げながら言ってみた。うん、小さい子供が首傾げてると可愛いものだよね。だから多分、お兄ちゃんにも可愛く見えてる、と思う。自分のことだから自信ないわー。
でも、多分可愛く見えたよね。サーファお兄ちゃんにぎゅーっと抱き締められたから。
ちなみに、この様子をお母さんとカーヴお兄ちゃん、お姉ちゃんはニコニコ微笑みながら見ていたよ。
「さ、サーファも起きたし、次はフォンシュベルね」
「お父さん、今どこにいるの?」
「多分、書庫でしょ。フォンシュベル、本読むの好きだからね」
へー、お父さん、本読むの好きなんだぁ。あんまりお父さんの趣味とか知らないから、知ることが出来たのは何だか嬉しい。
そして書庫。本当にお父さんがいた。椅子に座り、のんびりと本を読んでいる。……さて、突っ込むか。
「おとーさーんっ!」
「ん? ……って、うおわっ! あ、危ないなエーデルフィア。怪我はないか?」
「うん、お父さんが受け止めてくれたからへーき」
あはは、お父さんに飛びついたら、思いの外勢いがつきすぎた。転ぶかと思ったけど、お父さんがギリギリで受け止めてくれたので何とか無事。お父さん、感謝。
「まったく、びっくりしたぞ? 次はないようにするんだよ、いいね?」
「うん、ゴメンなさい。それと、ありがと」
「どういたしまして。……ところで、何で全員揃ってるんだ? どうしたんだ、エイシェリナ?」
「ねぇ、フォンシュベル。みんなでお出かけしましょ?」
「それはかまわないが、突然どうしたんだ?」
うわー、お父さんが目を白黒させてるー。何か貴重。
「エーデルフィアが寂しがっててね、その寂しさを吹き飛ばすためにみんなでお出かけしようかって言ったら、すっごく楽しみにしたみたいなの。だから、ね?」
「ははっ。エーデルフィアが楽しみにしているとあっては、嫌とは言えないな。それにエイシェリナ、そうやって話すお前も愛らしい………」
「はい、エーデルフィアこっちおいで。大人の時間だから少し離れてようね」
「うん。お父さん、お母さん、早く大人の時間から戻ってきてね。お出かけしようね」
「あぁ、少し待っていてくれな」
ホントに少しで済むの? ま、いっか。お出かけさえ出来ればそれでいいし。
もう少しで暗くなるんじゃないかという時間、やっとお父さんとお母さんが私たちのいる部屋へとやって来た。……お父さんもお母さんも、肌が艶々してる。随分と楽しんだようだ。
「あ、やっと来た」
「遅かったなー。結構待ったぞ?」
「二人とも遅すぎだろ。ったく、まだ子供欲しいのか?」
「なら、妹欲しいー」
以上、お姉ちゃん、サーファお兄ちゃん、カーヴお兄ちゃん、私の発言である。
うん、新たに兄妹が増えるのならば、妹がいいよね。そしたらいっぱい可愛がるから。おちびーずくらい、いや、それ以上に可愛がるから。
「ん? まだ兄妹欲しい? ならフォンシュベルと頑張るけど」
「妹! 妹欲しい!!」
「妹もいいけど、俺は弟もいいと思う」
「私はどっちでもいいよ。弟も妹もいるし」
うーむ、カーヴお兄ちゃんもティアお姉ちゃんも、弟も妹もいるからどっちでもいいんだね。
っていうか、この数の少ないらしい竜族で、お父さんもお母さんも更に頑張って子供作るつもりですか。
「とりあえず、今日はお出かけするか。したいんだろ、エーデルフィア?」
「うん、みんなでお出かけは楽しみだよ」
だから、行こう。私が言うと、お父さんがドラゴンの姿に戻りそうだったので、急いでお姉ちゃんに隠れた。
「うーむ、まだお父さんのドラゴンの姿に慣れてくれないんだな」
「だって、怖いいぃいぃ」
「いい加減慣れてくれていいと思うんだが………」
「だって、お父さんもお母さんも、ドラゴンの姿おっきすぎだよ!」
「……カーヴと比べると、大して差はないと思うんだが」
「違うよ! 十分にお父さん大きいよ!!」
カーヴお兄ちゃんのほうがお父さんよりもよっぽど小さいよ! まぁ、私よりはよっぽど大きいんだけどさ。
……あぁ! お父さんたちは大きいドラゴンを見慣れてるから、大きさの差の考えが私とかなり違うんだ。
「ねぇ、エーデルフィア? 人態の私じゃ、竜態のエーデルフィアを隠すことは不可能なんだけど」
……あ! それもそうだよ。私の竜態、大分大きくなったからお姉ちゃんに隠れきれないんだ。
よし、ならば人態を取ればいい! そしたらお姉ちゃんの背中とかに隠れられる!
「……そんなにお父さんのドラゴンの姿は苦手か、エーデルフィア」
それでお父さんにしょんぼりされたけど、でも、やっぱりお父さんのドラゴンの姿は苦手です、大苦手です。だって、踏まれそうじゃないか!
ドラゴンとして生を受けて早七十年近く、ドラゴンとしては未だ成人していない私です。
成人する前に、お父さんたちに踏み潰されてこの人生を終えるなんてことは絶対に嫌なので、お父さんたちの竜態からはとにかく逃げ続けることを決心しました。
追記、ドラゴンは本来、人態を取ったら成人と判断されるそうですが、私は例外として、九十になったら成人として認められることになりました。まる。