知らない人
「………誰?」
目が覚めたら目の前に知らない人がいました。あなた誰?
「おや、予想以上に反応が薄いな。もっと驚いてくれていいんだよ?」
「………誰?」
答えを返してくれる気配がないのでとりあえずもう一度質問、あなたは誰?
「んー、誰だと思う?」
「おにーちゃーん、おねーちゃーん」
とりあえず答えをくれないこの人は無視。おにーちゃん、おねーちゃんどこぉ? この人誰なのか教えてよー。
まだ若干寝惚け眼だが起き上がって部屋を出る。きょろきょろ。お兄ちゃんたちはどこだ?
その足でそのままお兄ちゃんたちの部屋へ向かう。………あれ? いないんだけど。
「カーヴたちなら出かけてるぞ」
そうしていると、後ろから着いてきていた知らない人が言う。……どこに行っちゃったのさ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。
ま、いっか。お兄ちゃんたちがいないなら、次はお父さんとお母さんを捕まえて聞くのみだ。
だが、この知らない人はその希望すらも打ち砕いた。
「フォンシュベルたちもお出かけ中だ。エーデルフィアはいい子だから、またお休み?」」
「だから、誰ですか」
休めって言われても、誰だか分からない人の前で寝ることなんて出来ません。……とりあえず、お父さんたちがこの人に私を預けていけるくらい信用できる人………なんだろうけどね。
「ははっ。それもそうだな、すまない。じゃあ改めて自己紹介をしようか」
俺の名はシャルリット、ジャニストリスの父親……だから、エーデルフィア、お前の曾じいちゃんだな。
知らない人……じゃなくて曾じいちゃんはそう言って私の頭を撫でた。……うん、曾じいちゃん?
「ジャンが可愛がるという名目でお前たちで遊んでいたらしいな、すまない。ちゃんと叱っておいたから安心しろ」
「……じいちゃんを?」
あの、恐怖の対象になるじいちゃんを? 曾じいちゃんすげぇ。
「あぁ、たっぷり叱った。ついでにシフォニアも一緒に叱っておいたから、しばらくは大人しいだろ」
「曾じいちゃんすごいね」
「すごくはないだろう。これでも俺は親で、ジャンは俺の子だ」
いやいや、私の中ではじいちゃんはある意味最強だから、それを叱れるのはすごいわー。
「よしよし、いい子だからお休み? 次に起きたら、きっとフォンシュベルたちも帰って来てるからな」
そう言って撫でてくれる手が温かくて。見た感じ、曾じいちゃんの属性は火じゃないのにそれでも温かい。
曾じいちゃんの属性は、闇。この世界において初めて見る真っ黒な髪の毛。
「いい子だ、お休み?」
「うん………」
眠たい……、眠い………。気持ちよすぎて限界だから、今は眠ってしまおう。………次起きたら曾じいちゃんの髪触らせてもらおう、つやつやー。
………すぴょすぴょ、すやすや、…………ぐぅ。
「あー、起きたかな?」
「あれぇ? いつ帰って来たの、お父さん、お母さん」
「大分前にね。よく眠っていたね」
「うん………」
目が覚めたら、お父さんとお母さんがすぐそばにいた。うん、甘えてしまえ。
「よく眠れた?」
「うん、いっぱい寝た。でも、一回起きたときにお父さんたちいなくて、少し寂しかった」
「うん? 途中で起きたのか。でも、じいちゃんがいたろう?」
「んー、曾じいちゃんがいたよ?」
「曾じいちゃん? 誰だ、それ」
はい!?!? え、だっていたよね? 曾じいちゃんがいて、曾じいちゃんがじいちゃんを叱ったって……、言ってたよね?
え? あれ、ひょっとして夢なの? でも、妙にリアルだったよ? あのつやつやした黒い髪とか、撫でてくれる手の温かさとかさ。
「あれ、夢なの? でも、曾じいちゃんって言ってたよ? じいちゃんを叱ったって、そう言ってたよ?」
真っ黒な髪を肩の少し下くらいまで伸ばしてて、その髪と同じ色の目で、優しく休めって言ってくれたよ?
「叱った……? ………あんの、クソじじい……」
お父さんはそう言って立ち上がる。……お父さん、その表情、すっごい怖い………。
「エーデルフィア、ちょっと待っていろ。お父さんは、じいちゃんに聞きたいことがあるからな」
お父さんはその表情で、にっこりと微笑みながらその言葉を紡ぐ。……お父さん怖いってば。
*****
「くぉら、クソ親父! 俺は、あんたにエーデルフィアを見ていてもらえるよう、頼んだはずだよな!? 何でじいちゃんが出てきてんだよ!!」
「………父さんのことは言わないでくれ」
「エーデルフィアの言うとおり、たっぷり叱られたようだな。自業自得だぜ、クソ親父」
「それが実の父親に言う台詞か? 馬鹿息子」
「息子である俺ばかりか、俺の子まで教育という名目でいじめるからだろうが。ったく、ユフィーには優しい父親演じやがって」
「ふっ、俺はユフィーには優しいいい父親でいたかったからな」
「……ンの、クソ親父が」
「確かに、お前はクソ親父だな、ジャニストリス」
「うげっ!? 帰ったんじゃなかったのか、父さん!?」
「お、いたのかじいちゃん」
「おぉ、久しぶりだなー、可愛い孫のフォンシュベル。可愛い曾孫のエーデルフィアは、俺のことは何か言っていたか?」
*****
お父さんが怖い表情で去っていってしばらくして、広い、みんなが集まる部屋に集まっていた私たちのところに、お父さんが戻ってきた。
そしてそのそばにはじいちゃんとさっき見たはずの曾じいちゃんが立っていた。
「おぉ、すまないなエーデルフィア。夢だと間違えさせたようだ」
「曾じいちゃん! やっぱり夢じゃないんだね」
「夢じゃないさ。よしよし、おいで」
曾じいちゃんはそう言って腕を広げ、私を呼ぶ。うん、行くよ。そしてその髪を触らせてもらおう。
「ん? おぉ、どうした?」
「曾じいちゃんの髪、つやつやしててきれいだなーと思って」
「髪? んー、そうかぁ?」
「黒髪って、つやつやして見えるのよねー」
「お姉ちゃんもそう思う? きれいだよね」
「うん、羨ましい。赤って、どうしてもぼさっとした感じに見えちゃうもの」
「ん? オースティアもエーデルフィアも、赤い髪はきれいだと思うぞ? それに、その色はフォンシュベルの色だ」
んー、確かにこの赤って、お父さんと同じだよね。私たちがお父さんの血を継いでいるという一番の証拠。
「しかしまぁ、お前ら家族はホント異例尽くしだな」
「異例? 何で?」
「あん? そんなことも分からないのか、オースティア?」
「分かんないよそんなの」
「んじゃ、教えてやる」
曾じいちゃんはそう言って、私を抱いたままでお姉ちゃんと目線を合わせる。そして口を開いた。
「まず一つ目、子供の多さ。一つの夫婦に四人の子供なんて、普通有り得ないな。最近は少子化が進んでるからな、子供のいない夫婦も多い」
「へー、そうなんだぁ」
「そして、二つ目。お前ら家族で属性が二つとか、有り得なさ過ぎだろう。六人もいながら属性が二種類だけとか、不自然すぎる」
そんなものなのか? まぁ、確かに言われてみればそうかもしれない。曾じいちゃんは黒、闇属性だし、じいちゃんは青で水属性、ばあちゃんは……えっと、確か緑で風属性…………だったような……。そんで、ユフィーは……、何だったっけ?
「まぁ、それもそれ、個性でいいや。よし、エーデルフィア、下りてくれ。おいで、オースティア」
「へ?」
「最近、お前もかまってなかったからな。可愛がりたい、おいで」
「えぇ!?」
「ほら、おいで」
「いや、ちょっとこの場面では恥ずかしいというか……」
「子供が何を気にしてるんだ、おいで」
うわー、お姉ちゃんが恥らってる姿を見ることなんて殆どないから、すっごい貴重だ! 曾じいちゃん、よくやった!!
「いや、私よりもエーデルフィアをかまってあげてよ。曾じいちゃん、会うの、今日が初めてでしょ?」
「あぁ、今までフォンシュベルに拒否されていた」
お父さん、お父さんが拒否してたから私は曾じいちゃんの存在すら知らなかったんですか!? くそう!!
そうしている間も曾じいちゃんはお姉ちゃんを呼び続けているのだが、お姉ちゃんは恥ずかしいの一言で徹底的に拒否する。その間、曾じいちゃんの手は私の頭を撫で続けていた。
「ったく、子供子供と思っていたが、ちゃんと成長してるんだな。……仕方ない、サーファイルス! お前、来い。可愛がらせろ」
「お、俺も遠慮する! この年になって曾じいちゃんの膝の上は恥ずかしすぎる!!」
あ、ターゲットがサーファお兄ちゃんに移った。でも、サーファお兄ちゃんも徹底拒否か。ま、そうだよね。お兄ちゃんたちくらい成長したら、じいちゃんとか曾じいちゃんの膝の上とか羞恥プレイだよね。
とりあえず、私は精神年齢は置いておいて、実年齢はドラゴンで考えればまだまだ小さな子供だから曾じいちゃんの膝の上も羞恥プレイにはならない、ということにしておく。
「エーデルフィアはいい子に甘えてくれるのになー。フォンシュベルぅ、ちゃんとエーデルフィア以外にも愛情注いで育てたかぁ?」
「失礼なこと言うな、じいちゃん! ちゃんとたくさんの愛情を注いだに決まっているだろう! ……父さんとは違うんだ」
「あー、ジャニストリスはなー、遅くの子だったから、つい甘やかしすぎて……。……すまん」
「じいちゃんが父さんを甘やかすから、父さんが調子に乗って俺たちを扱きにかかったんだよ」
「だから、その分ちゃんと叱っておいたと言っただろうが」
「それでも俺らはかなりの被害を被ってるよ」
「あー、分かった分かった。後でまた叱っておくから」
「頼むぞ、じいちゃん、俺らの平和な暮らしのために」
てか、曾じいちゃんいくつくらいなんだろ? じいちゃんが遅くの子って言ってるし、何気お年? でもドラゴンの年って分かんないしなー。同様に寿命も分かんないんだよね。
今度聞いてみるか? でも、そういう命に関わるようなことって、教えてもらえるかな? ううーむ、謎。
「ったく、ジャニストリスのヤツ、もう少し手加減を覚えれば俺も……」
あいつの後を追うのに、何の未練もなくなるのにな。曾じいちゃんは小さな声でそう告げる。
「じいちゃん!」
「言うな、何も言うなよ、フォンシュベル」
「子供たちの前でそういうことは口にするな! 頼むから、頼むから……」
死なないでくれ、生きてくれよ、じいちゃん。
今度はお父さんが呟く。その後に曾じいちゃんの顔を見てみると、なんとも言えないような、敢えて言葉に表すとしたら、悲しげな笑みを浮かべていた。
「フォンシュベル、俺は今日はジャニストリスのところに泊まる。じゃな」
そういう曾じいちゃんの表情は悲しげで、それを見送るお父さんも、お母さんも、お兄ちゃんお姉ちゃんの表情も悲しそうだった。