歩く練習
「ほら、ゆーっくり、一歩ずつ足を動かしてね」
たくさん草の生えた場所、私はこの日、そこで歩く練習をしていた。いやいや、人間の足って、ドラゴンの足と比べると長いから足をひっかけやすいんだよね。
だって、そう考えている間も、足が引っかかってこけたもん。
「焦らなくていいからね。ゆっくり、ゆーっくり一方ずつ行こうね」
「うん、分かってるんだけど………」
どうしても足を引っ掛けて転んじゃうんだよね。
「ほーら、まず右足を一歩出してー」
「うん」
「次はゆっくり左ねー」
「うん」
言われながら、右と左を交互に少しずつ出していく。おー、コケなかった! 珍しい! 幸せかも!?
「そのペースで、少しずつ練習しようね」
「うん! ………って、わうっ!!」
あうあう、何で自分で考えてやろうとすると転ぶかなー。今は草の上で歩く練習をしてるから怪我したりしなくていいんだけど、洞窟だと怪我するな。
それを避けるためにも、しっかりと歩く練習をしなくては。
と言うわけで、右、左、右、左、右、左、右、ひだ………、転んだ。
「あらら。エーデルフィア、大丈夫? 一度ドラゴンの姿に戻りなさい」
「ドラゴンの姿? ………どうやったら戻れる?」
そういえば、洞窟にいる間くらいはドラゴンに戻ってれば転ばなくて済むんじゃないか。
でもさ、でもでもでもさ、どうやったら戻れるのかなー。
「簡単でしょ? ドラゴンに戻れーって念じてごらん」
「うん!」
戻れー、戻れー、戻れー。ドラゴンの姿に戻れー。もーどーれー。
ドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンー! ドラゴンの姿に戻るんだー!
「戻った?」
「全然。もっと強く念じてごらん?」
もっと強く? 戻れー! 戻れー! 戻れぇー!!
「戻った?」
「まーだ。あれぇ? 何で戻れないんだろう」
普通は簡単に戻れるものなの? どれだけ念じても戻れないんだけど。
「うーん、これは人態を取る年齢の早さが関わっているのか?」
お父さんは言う。あぁ、そういえば私が人態を取るのってほかと比べるとかなり早かったんだっけ。普通は百近くになってやっと、取れるようになるんだよね。
うーん、ま、今は深く考えずにお父さんに飛びついて甘えるかな。…………べしゃり、こけた。
「大丈夫か? エーデルフィア」
「……………もうやだーっ!!!!!!」
何でこんなにも歩けないわけ? 何でドラゴンの姿に戻りたくても戻れないわけ!? もうヤダ!!
我慢が限界に達した私は、お父さんに抱き上げられる寸前でばたばたと暴れる。多分、今の私の状況はおもちゃか何かを買ってもらえずにごねる子供のようなものだろう。
だって、草の上に寝転がって、手足をばたばた動かしてるわけだし。
「あぁ、落ち着いてエーデルフィア。服が緑になっちゃうよ」
あ、それを忘れてた。特に、今日の私の服は白だから余計緑が目立つだろう。
――――でも、やめません、やめるつもりはありません!!
「やだやだやだやだやだーっ!!」
「あぁもう。じゃあ、今日の練習はここまでにしようね」
結果、今日の練習はここで終了した。……………が、私の大暴れがそれで終わるわけでもない。
「どうしてドラゴンに戻れないのさばかーっ!! うわーんっ!!」
泣いてないけど泣いてる感じで叫んでみる。だって、本当に何でなのか聞きたいんだよくしょう!!
「わわ、落ち着いてね。多分、時間の問題だよ。もう少し魔力が回復したらきっと戻れるから」
「今戻りたいもん歩けないもん!!」
もう何もかもいやだー!! 何でこんなに歩くのに苦労するんだよ!? 私は赤ん坊か、小さな子供かっ!?
ん………、まぁ確かに小さな子供だけどさ、見た目。だって、お父さんたちと並んで立つと、相当見上げないとお父さんの顔見えないし。
「なら、もう少し歩く練習する?」
「ヤダ転ぶもんいやー!!」
今日はもう帰って不貞寝する! 帰る、帰るー!!!
「分かった分かった。今日は帰って、また明日ここで練習しような」
「練習いやー! 人間の姿いやー! 全部いやー!!」
もう無理。自分でも驚くくらい、すらすらとわがままな言葉が出てくる。それほどにもう限界なんだ。
「あーもう! そんなにイヤなら勝手にしなさい! その代わり、明日からずーっと、お家で過ごすんだからね」
その結果か、盛大にお母さんに怒られた。お母さんに抱き上げられて、目線を合わせられて、それで怒られたから怖かった。
まぁ、泣きながらかなり反論したんだけどね。子供って怖いもの知らずだと後から実感した。後悔とは後にするものです。
「エー・デル・フィア?」
お母さん超にっこり。でも後ろのオーラは真っ黒け。恐ろしすぎるよ。
「歩く練習、する? やめて帰って、今後ずーっとエーデルフィアはお出かけしない?」
究極の選択が!? え、ちょ、練習するかずっとしないかの二択だけ? お母さん怖いよっ。
「さ、どっちにするの? 好きなほうを選びなさいな」
「歩けるようになるぅ!」
「なら、我がまま言わずに頑張りなさいね」
頑張る! 頑張るから!!
「そうねー、いっぱい頑張りなさい」
だから、後ろのその真っ黒なオーラ何とかして!!!
「あぁ、そうだったそうだった。ゴメンね」
「うぅ、怖かった」
「ふふ、ゴメンね。さ、今日は帰ろうか。また明日練習に来ようね」
うわぁん、怖かったよぅ。今はやっとお母さんが黒いオーラを消してくれ、そしてお父さんがお母さんを諌めてくれたからいいんだけど、それまで怖かったもんなぁ。
とりあえず、お父さんに抱っこしてもらって洞窟に帰る。お母さんからは離れてもらってるよ? 怖いもん。
「よーし、着いたな。後は少し休んでなさい、疲れただろう?」
家に着くと、お父さんはそう言って私を部屋に、そしてベッドの上に落っことした。手加減はされていたとは言っても、落とすのはひどくない?
「いいから寝てなさい」
「むーぅ」
「練習で疲れたでしょ? しばらく寝ていなさいね」
って、お母さんがまた真っ黒オーラを発してる!? やばい、これは寝ないと後が明らかに危険だ。よし、寝よう。すやすやと心地よい眠りにつこう。
うん、ぐっすり寝ようかなっと。人態を取るようになってから、このベッドって相当大きくて、ゴロゴロし放題だしね。
「お姉ちゃん一緒に寝よー。一緒に寝てー」
「あはは、一人じゃ寂しい?」
「うん。だから、一緒に寝よ」
「いいよ。一緒に寝ようね」
お姉ちゃんはそう言うと、すぐに私の横に来てくれた。そしてすぐにお姉ちゃんに引っ付く。
「んもう、甘えん坊だねエーデルフィアは」
いいじゃないか、まだ子供なんだしさ。私、まだ70にもなってないもん。子供だからいいってことにしておいてよー。
あー、お姉ちゃんがぬっくぬくー。気持ちよすぎてそれだけで眠れそうだよー。
っていうか、寝るわ。
「エーデルフィア、ご飯だって。起きて起きて」
「んみゃ?」
「ご・は・ん。お腹空いたでしょ? 食べようね」
ごはん、ごはん、ご飯…………。うん、おにゃかしゅいたよ。
―――でも、まだ眠いのぉ。寝たいけど、ご飯も食べなくちゃ。ご飯食べなくちゃお腹が空いちゃって夜中に目を覚ましてしまいますからね。
「眠い……、けどお腹空いたよ……」
「なら、頑張って起きようね」
お姉ちゃんはそう言って、私を抱き上げて食事に向かう。うーん、抱かれているだけでも温かくて眠たくなってくるよ。
でも、でもでも頑張って起きておかなくちゃご飯を食べ損ねる。それは避けるべきだ。
「おねーちゃん、まず台所行ってー。顔洗って目、覚ましたいー」
「分かった。じゃ、まずは台所だね」
ありがとーお姉ちゃん。今はとにかく目を覚ましたいよー。じゃないと、多分食べてる間に寝るから。
そして、顔を洗ったらしっかり目が覚めた。冷たい水はいいですねぇ、目覚ましには。
と言うわけで、今はご飯中だよ。人間の手で食べるのはまだ慣れてないし、フォークやナイフを使うのもまだ慣れないので、お母さんが横でいろいろと手伝ったり、持ち方などを教えてくれている。
が、やはりまだ下手。上手に使えないんだよねー。というか、この手で手づかみって言うのも、ドラゴンの手と比べると結構違うから掴みにくいし、フォークやナイフは、転生後初めて使うから上手に持てすらしないし。
だって、今の私のフォークやナイフの持ち方って、鷲掴みだからね? んで、犬食い。だって、人間の指の細かい動きなんてまだ無理!
だから、お皿持ったり出来ない! だから犬みたいに皿に自分の口を近づけて、鷲掴みしたフォークで自分の口に流し込む、みたいな食べ方をしています。
「ほら、フォークやナイフはこう持つの」
ま、毎回毎回お母さんが横で持ち方を教えてくれるんだけど、その持ち方するとね、指が攣る。久しぶりのその痛みに泣いちゃったし。
だから、今はまだ鷲掴みでいい!!
「そうじゃないでしょ、こう」
ただ、お母さんも諦めないからちょっとしたバトルにもなるんだけど。
「だって、そうやったら指攣るもん、痛いもん!」
「慣れれば攣らないから! きちんと持てるようになりなさい!」
「今はまだいい! ゆっくり慣れていくもん!」
毎日こんなバトルを展開してます。ちなみに、私は軽く楽しんでます。
何だろね、こう、ご飯のときはお母さんがずっと私のことを気にかけてくれてるのが嬉しいと言うか、何と言うか。……ちょっと、恥ずかしいね。
でも、お母さんは怒らなければ優しい大好きなお母さんだから、それでもいいよね?
「いい子だからきちんと持てるようになりなさいね」
「今はまだいいよぅ。ゆっくり慣れる」
毎日がこうだから、途中からお母さんが諦める。だから、そのやり取りはまだ数日続くだろう。
って言うかさ、人間のこの手、と言うか私が相当小さいだけ? 私の今の身長何センチ? どんだけちっちゃいの?
「大体、この手じゃ上手に掴めないもん」
「あー、エーデルフィアちっちゃいもんなー」
「うん、初めて人態を取った年が年だしねー。人間年齢だと大体10歳くらいかな? 身長的に」
「じゅっさい!? そんなちっちゃいの!?!?」
ちょっと待ってよ! そんなにちっちゃいの?
「うん。だって、私たちとエーデルフィアの身長差、結構あるでしょ? このくらいだと、人間で考えればそのくらいだと思うよ」
「そんなちっちゃいのやだー!」
「いっぱい食べていっぱい寝たら大きくなるよー」
何かちっちゃいときと同じような言葉が聞こえるー。いっぱい食べていっぱい寝るとか、昔と同じ台詞だよー。
まぁ、いっぱい食べていっぱい寝るけど。
「だからほら、きちんとした持ち方で、いーっぱい食べなさい」
お母さんはそう言ってまたしっかりと正しい持ち方で私にフォークを持たせる。………指が攣りそうだよー!!
指が攣る! 指が攣りそうだってば!!
「指攣るー! お母さんやめてー」
「頑張って慣れて行こうね」
お母さんがスパルタだよ! 指が攣る! 攣る! ――――攣った!!
「痛い痛い痛い痛い! 攣った! 攣ったよぉ!」
指がぴーんってなってる! 痛いってば!
「あー、ゴメンね、大丈夫?」
「だいじょうぶじゃない、痛いー!」
何回攣っても、その痛みには慣れないよ。いつまでもとにかく痛い。まぁ、今回の救いはお母さんからの修正が入る前に大体を食べれていたことかな。