必死です
何かに必死になっていたほうがいい。そのほうが別れの寂しさを思い出さなくて済む。
それに、魔術に必死になっていれば魔術の腕も上がるから一石二鳥だよね。
というわけで、私は初陣前に練習していた魔術の練習の続きだ。カップに水を溜めて、その水を蒸発させる魔術の練習だー!
まずは、カップに水を溜める。水ー、水ー、水ー、川ー。よし、カップが水でいっぱいになったぞ。
そして、次は蒸発! 今回の初陣でヒントになるのがあったもんね、おーとーさんっ!?
初陣の後、ユフィーたちのいる町を回っているときにお父さんが言ってたこと、体温をあげること。
体温をあげて、その熱をカップにも伝えれば中の水にも熱が伝わってお湯になる……んじゃない?
さて、ここで一番の問題が浮上する。体温ってどうやってあげるんだ?
水を出すときは川のことを考えれば魔術が成功した。でも、体温を上げるのってどう考えればいいんだ?
――――ひいっ!
だだだだだ、ダメだ! 体温があがることを考えると、熱を出したあの辺しか考えられない。
「……エーデルフィア?」
「ひいいっ!!」
「あれ? どしたの?」
「な、ななな、何でもナイっ!」
「何でもないって言う表情じゃないし、言い方でもない。何があったのか言ってごらん?」
しまった、つい反射的に悲鳴を上げてしまった! そのせいでかなり怪しまれてるし!
「何でもないよ、平気!」
「ほーんーとーかーなー?」
うっわ、お兄ちゃんたちかなり怪しんでる。でも、実際大丈夫……だよね? うん、大丈夫だよ。
「ホントだよ! 前にお父さんに言われた魔術のこと考えてただけだもん!」
ばっちり真実です。
「それで、どうして悲鳴をあげるの? ほーら、いい子だから言ってみなさい」
「そうそう。エーデルフィアはいい子だからね」
う! 三人がかりで頭を撫でないで! 気持ちよすぎるでしょ。
「ホントにホントだって! うぅ、気持ちいいからもっと撫でて」
「あははー、こいつ可愛すぎだろ」
「うん、さすがエーデルフィア。もっと撫で撫でしよう」
「だね。よしよし、可愛いなエーデルフィアは」
気持ちよすぎるー。………あれ? 私何考えてたんだっけ?
………思い出した! 前お父さんに言われた魔術の特訓の件で、どうやったら体温があげられるか考えてたら熱を出したときのこと思い出したんだ!
熱出したときが無駄にきつかったから悲鳴あげちゃったんだっけ。
「――――で、何があったん?」
「だから、何でもないって!」
「何でもないって言う悲鳴じゃなかったよ?」
「だ・か・ら、思い出してただけ! なら、水を蒸発させる魔術教えてよ!」
教えてくれればあんなこと思い出さなくてもいいんだい! 教えてもらえば、出来るようになればお父さんも褒めてくれるからね。
「教えちゃったらエーデルフィアの特訓にならないでしょ? 自分で頑張ろうね」
「むー! じゃあ、今から言う方法があってるかだけ教えてー」
「ん? 言ってごらん?」
「んと、こないだお父さんが体温あげてたよね? それでカップ持ってる手の体温をあげて、水の温度をあげて蒸発させる!」
「お、学んだね。方法的には正解」
「どうやったら体温があげられるかは自分で考えようね」
「考えてたら悲鳴あげちゃったけどね」
熱出したときのことが一番鮮明に思い出されちゃうからね。だって、あれはきつかったから――。
「あぁ、あの悲鳴ってそのせいなの? って、何を考えたら体温をあげるのに悲鳴をあげることになるのさ。何を考えたの?」
「熱出したときのことー。あれ思い出したら悲鳴出ちゃった」
「―――あれは寧ろ俺たちが悲鳴をあげたい」
ふえ? 何で? ………あぁ、心配させちゃったからかな?
「で、実際どう考えたら体温があがるのさ」
「そうだねぇ。寒いって考えて、温かくなる方法を考えてみたら?」
言われて考えてみるのだが、うむむむ、やっぱりそう簡単には体温なんてあげらんないよ!
「じゃ、俺は狩りにでも行って来るよ。エーデルフィアたちはどうする?」
「魔術の練習してる!」
「じゃあ、私はエーデルフィアのそばにいるわ」
「じゃ、俺とカーヴ兄ちゃんとで行くか」
「だな。いい子で練習しているんだぞ?」
「うん、行ってらっしゃい!!」
そうして私はお姉ちゃんに抱かれてお兄ちゃんたちを見送る。いってらっしゃーい、おいしいの狩ってきてねー!
さ、お兄ちゃんたちを見送ったらまた練習だね。うん、練習だね。頑張って練習だね。
「さー、頑張れエーデルフィア」
「うん! むむむー」
あの時、お父さんは何を考えて体温を上げていたのだろう。あの時のお父さんの状況って、どんなだったっけ?
あの時は確か、私が寒くて寒くて震えてた………んだったかな? で、お父さんが抱き上げてくれたんだよね、そのときにはもう温かかった。
んむー、謎は深まるばかりですね。
とりあえず今は、このカップさんが凍えていると考えよう。で、温めてあげるんだ。そのイメージでしばらく頑張ってみよう。 んで、カップを小さな小さな仔猫に見立てるんだ。
あぁ、仔猫さんが震えてる。温めてあげなくちゃ。寒いよね、仔猫さん。私の手の中で震えてる、温めなきゃ。
――――何で出来ないんだよう!!
「あぁ、落ち着いて。落ち着いて最初から、ゆっくり焦らずやってみようね」
「落ち着いても出来ないじゃんか! もうヤダ出来ないー!」
何で出来ないんだよ、本当にさぁ! ずっと、しっかりとイメージしてやってるのに、どうやっても出来ないよぉ!
え、何? 私自身が寒いって考えないとダメなの!? 震えてる仔猫を温めたいみたいなイメージじゃダメなの!? うあーん、もうヤダよぉ!
「もういいー! 今日はもうやめる!」
「そう言わず、もう一度頑張ってみよ?」
「ヤダー! もういいー!!」
くそう、気分転換だ! お出かけしてくる!
「こら、どこに行くの。待ちなさい」
「気分転換! お出かけしてくるから離してー!」
羽を掴まないで! 動きたくても動けないじゃないか。くう、意地でもお出かけしてやる!
「ダメだって。もうすぐお兄ちゃんたちが戻ってくるから、それから少しでご飯だよ?」
「いいから行くー! 気分転換くらいいいじゃんか!」
「気分転換ならほかの事でやろうね。あ、そうだ。一緒に本でも読もうか」
「本よりも出かける!」
気分転換なんだから、お出かけくらいいいじゃないか。私、もう五十超えてるんだよ? あと五十くらいで私も人態取れるようになるんだよ?
―――私、おっきくなったよ?
「行くー! 気分転換ー!」
おっきくなったんだからお出かけくらい一人でさせろー!
「だーかーら、ダメ! ほら、一緒に本でも読もうか」
お姉ちゃんはそう言って私の腕を掴み、ずるずると引き摺っていく。引き摺るのはヤメロー!
ずるずると引き摺られる音があたりに響く。が、擦り傷などは出来ない点は、ドラゴンの丈夫な鱗に感謝だね。
だって、人間ならこれで絶対擦り傷だらけのはずだもんね。
でもね、だからって引き摺っていいわけじゃないんだよ?
「おねーちゃん! 引き摺らないで、離してー!」
がるるるるるるる!!
「こらこら、怖いよ。だから、そんな怖い声はやめようね」
「がるー! お姉ちゃんが離してくれればいいんだい!!」
だが、お姉ちゃんは全く離してくれず、とにかく私を引き摺り続けている。くそう。
「さー、私の部屋で一緒に本を読もうね。ベッドでごろごろしてもいいよ」
う! お姉ちゃんのベッドでごろごろは確かに魅力的! だ、だけど気分転換にお出かけもしたい……。
「よしよし、いい子だから一緒に本を読もうか」
ベッドでごろごろと、お出かけ……。ベッドでごろごろ………。
「よし、着いた。さぁ、読もうか」
って、気がついたらお姉ちゃんの部屋か! しかも無意識にベッドでごろごろしてしまったぞ!
しかも、お姉ちゃんはそんな私を微笑ましげに眺めていたよ。その手にはしっかりと本が握られていた。
「ほら、一緒に読もうね」
お姉ちゃんはそう言って私の横にぼふんと飛んでくる。ベッドが揺れたぞ。しかし、相変わらずお姉ちゃんのベッドって大きいわー。
むぅ、気分転換に外に行きたいけど、本は読みたい。文字も大分覚えてきたけど、まだ、いわば小学生レベル!
むむ、今は本を読んでもらって、頑張って文字を覚えてせめて中学生レベルまでランクアップしようじゃないか!
「さー、エーデルフィア、読んでごらん。分からない単語があったら教えてあげるからね」
「うん」
よし、最初からゆっくり読んでいこうかな。―――って、最初から分かんないんだけど、お姉ちゃん。
「あらら。これはね」
お姉ちゃんはそう言って最初の単語の読み方を教えてくれる。よし、ならばっと。
意味が分かったところで、ゆっくりと読み進めていく。えっと、んっと。
「よしよし、しっかり勉強してるみたいだね」
当たり前です。大体、しっかりと字くらい覚えないと、今までの五十数年が退屈で仕方が無かったからね。まぁ、最初はあんまり覚えられずにお父さんやお母さんに泣きながら教えてもらったんだけど。
でも、そのおかげで子供用の本なら一人で何の問題も無く読めるようになったんだけどね。でも、今読んでるみたいな大人用の本は、まだ一人では読めないんだ。
―――だって、難しいもん!!
「おねーちゃ-ん、これはぁ?」
また分からない単語が出てきたので、その単語を指差しながら尋ね、答えを聞く。ふむふむ、この単語がこう読むのか。
よし、分かったところで読み進めよう。この単語がこうなら、この文章はこうなるはずだ!
「あれ? 何をどうやってそう言う文章になったの? この一文の単語、一つ一つ言ってごらん?」
「ふえ? 違った?」
「うん。どれを間違って覚えてたのかな」
問われて先ほどの一文を、一つ一つ単語で区切って読み伝えていく。
「ストップ。この単語、もう一回、読んでみて?」
「うん?」
言われて読む。
「あぁ、これが違うんだね。エーデルフィア、これはね」
え? あ、れ? そう思っている間に、お姉ちゃんは机から紙とペンを取り出し、さらさらと一つ単語を書いていく。
「エーデルフィアが言ったのは、多分これだね。これ、似てるもんね」
「あぁ! うん、これだと思ってた! ……どこが違う?」
「よーく見比べてごらん? こっちが、エーデルフィアが間違ってたほう、こっちが本に書いてあった単語ね」
「うん、むむー……?」
うーむ、まったく同じにしか見えないぞ? 一体どう違うんだろう。んむー。
「あんまり違いが無いからねー。頑張って見分けようね」
くぅ、全然分からん! お姉ちゃん、ヒント! ヒントちょうだい!
「え? ヒントねぇ……。うーん、言うならば単語の最後のほうをじっくり見る、くらいかなぁ」
「最後のほう?」
言われてじっくりと最後のほうを見る。むむー?
「………無理! 分かんないもうヤだー!!」
お外行って来る! お出かけしてくる!
「わーっ! もうすぐご飯だから! だからお出かけはやめようね!」
結果、狩りから戻ってきたお兄ちゃんたちにも止められて、今日は外には行けなかった。よし、明日はお兄ちゃんたちに見つからないようにこっそりお外に行ってやる。そう決意した瞬間だった。