魔術特訓です
「よし、今日は対極属性の水の魔術を練習しようね」
魔術の特訓をしだして早四年。その四年で、私は対極属性の水以外の魔法は、大体が使えるようになっていた。
が、水だけはまだ全然使えない。私の一番加護のもらえる属性が火だからか、その反対は一番加護が少ないらしくまだ使えない。
「水ー! みーずー!!」
カップを両の手で掴み、その中に水が現れるよう念じる。これが水の魔術を使うための練習第一歩らしい。曰く、カップとかは普通に水が入っている印象が強いからうまくいきやすいんだとか。
でも、今の私は全く水の魔術を使えない。水を出すことも、操作することも出来ないんだ。
「みずー! 水水水水水ーっ!!」
「おー、頑張ってるねー」
「そう言うならお兄ちゃん、教えてあげてよ。私もエーデルフィアと一緒で火属性だから水苦手なのよ」
「俺も火は苦手だ。エーデルフィア、コツ、教えてあげようか?」
お兄ちゃんたち横でうるさーいっ!! でもコツは教えて!
「ほかの事を考えず、ただただ、水に関わることだけ考えてごらん? お風呂とか、川とかね?」
水に関わることー? んーっ、お風呂? 川?
そういえば、この山って、川結構きれいだよねー。水は苦手だから近寄るのは怖いんだけど、飲み水にはいいんだよね。
寒い時期は直接飲むのは冷たすぎて痛いけど、暑い時期はあの水は最高に美味しいんだよねー。
「わわ! 抑えて抑えて! 水が零れちゃうよ」
「へ? ……うわっ! い、いつの間にっ!?」
言われてカップを見てみると、既に少し溢れていた。……イメージ、恐るべし。
「うーん、このヒントだけであっさりと使えるようになるとは思わなかったなー」
「エーデルフィアすごいねー。よしよし、愛でよう」
「おとーさーん、エーデルフィア成功させたよー」
「ん? あぁ、本当だな。頑張ったな、エーデルフィア。じゃあ次は火の魔術でそれを蒸発させてごらん?」
蒸発? どうやって? カップを下から炙ればいいの?
「いやいや、カップは持ったまま、ぱっと見何もせずに蒸発させてごらん?」
それ、どうやるんだよー。私の中で蒸発のイメージって言ったら下から火をかけて沸騰させるくらいなんだよー。
いや、使う力としては多分火の魔術でいいんだとは、思う。でも、どうやればいいのかが分かんないー。
「お姉ちゃんお手本見せてー!」
「お手本? ちょっと貸して」
そうしてお姉ちゃんにカップを渡すと、カップに入っていた水が沸騰し始める。そして、しばらくそれを見ているとあっという間に水が減っていった。蒸発した!
「あぁ、無くなったね。エーデルフィア、もう一度さっきの水の魔術使ってみよう。このカップに水を入れて、さっきお父さんが言ったやつ、頑張ろうね」
「うん!」
水ー、水ー。川ー。美味しい飲み水ー。
そう念じながら、カップをジーっと見続ける。そうすると、何と言うことでしょう! カップの下のほうからじわじわと水が浮き上がってくるではありませんか。
「うん、やっぱり一度コツを掴むとすぐに使えるね」
「ホントだー、さっきまで使えなかったのは何って感じ」
ホント、何だったのかこっちが聞きたいくらいあっさりと使えるようになっていた。マジでどうしてですか。
「さっきので水の魔術のイメージが定まったんだ。これからは簡単に使えるようになるよ、基本は」
「応用的な使い方になると、練習あるのみだけどね」
つまり、今回の蒸発させる魔術は応用ってことだね。練習あるのみってことだね。
しかし、さっき見ていた限りでは蒸発させるのは、火の姿を見せずに水の温度をあげていたようだった。つまり、内部的に水の温度が上がるようにしなくてはならない。
うーむ、水の温度を上げる方法はどんなのがあったかな。第一の方法は、まず火だが今回は使えない。
あとは、太陽の光の下に置いておいても温かく、って言うか温くなるよね。でも、それは温くであって熱いわけではない。
熱く……熱く……? ん? 熱?
そういえば、IH式のコンロは火を使わないのに熱が通るよね。どういう仕組みだったっけ、あれ。
……って、あれは電気だね。火はまったく関係ないや。そうなると、どうなるんだ……、うぅ。
「あらら、考え込んでるなぁ。エーデルフィア、さっき私が魔術を使ったときどういう風に見えたか考えてごらん。それがヒントになるからね」
「んーっ?」
見えたって言っても、少しずつ沸騰して、蒸発していったようにしか感じなかったよ。むむむー。
「しばらくの課題はこれだな、頑張りなさい」
「むー、お父さんヒントー!」
どういう風に魔術を使うものなのかヒントが欲しいー。
「ヒントならオースティアがくれただろう。それ以上は答えだからダメだ。頑張りなさい」
うー、にっこり微笑みながら言うお父さんが憎たらしく思える……。
火を使わずに沸騰、蒸発……。どうやって水を熱するかが一番の課題だな。熱することさえ出来れば、あとは蒸発までは少しだと思うんだけど。
しかし、このカップで火を見せずに火の魔術を使って蒸発……。むむむむむー。
「エーデルフィア、ご飯の時間くらい考え事、やめなさい」
「だって!」
「だっても何もないの。考え事しながらじゃ美味しくないでしょう。せっかく美味しいご飯を美味しく食べないなんて、食材に対して失礼でしょう」
「あ……」
そうだ、そうだった。私たちは命を喰らって生きているのに、それを忘れてしまっていた。くぅ、今からでもその考えを放り捨てて美味しくいただかなくては!
「ごめんなさい、お父さん、お母さん。今から美味しくいただくね!」
「分かればいいの。はい、いっぱい食べなさい」
お母さんはそう言って自分の分の肉を少し分けてくれる。お母さんありがとー大好きー!!
「食べる子は大きくなる。いっぱい食べて、いっぱい眠りなさい」
うん、もっともっとおおきくなるよ! 今はやっとお兄ちゃんたちの半分くらいの大きさだからね。もっと食べてもっと寝れば、お兄ちゃんたちにも追いつける! ……はず。
もっともっと大きくなりたいよ。お父さんとお母さんのドラゴンの姿と比べれば私なんて、やっと踏み潰される前に気づくかな? っていう程度だからね。
そして食後は、お母さんたちのお話という名のお勉強タイムだ。
「エーデルフィアも、そろそろ初陣の時期ね。この時期に、相手にちょうどいい魔物って、どれがいたかな?」
「今のエーデルフィアの相手にちょうどいい魔物か……。隣町で魔物が暴れてるとかなんとか言ってなかったか?」
うん? 魔物? 初陣? ナンノコト?
「もう五十四歳だし、魔物って言うのがどんなのか、教えてもいい頃でしょ? フォンシュベル?」
「そのとおりだ。よし、明日にでも行こうか。いいね? エーデルフィア」
大丈夫、お父さんがついてるから、絶対にエーデルフィアを守るからねー。
にっこり言われても怖いものは怖いでしょう! 魔物って言う未知の生き物に対する恐怖は半端ないんだよ!
「やだー! 魔物なんて怖いからいやだー!!」
「よーし、明日はみんなで一緒に行こうなー。みんなでお出かけだぞ? 嬉しくないのか?」
「う?」
みんなでお出かけ? それも久しぶりだよね。なら、いいかなぁ……。
「よし、なら明日夜が明けたら行くからね。夜が明ける前に起こしに来るから、今日はもう寝なさい」
「うん!」
みんなでお出かけ。みんなでお出かけー。うふふ、楽しみだな。明日のためにも今日はしっかりと寝なくっちゃ。
テンションハイの状態でパタパタと羽を広げ、飛びながら寝るために部屋へ向かう私。このハイテンション状態で眠れるかな……。
ちなみに、この心配は杞憂だったりする。
そして翌朝。
「エーデルフィア、朝だよー。ほら、起きて、お出かけしようねー」
「やだー! 行かないー! 魔物なんていやー!」
寝てる間、寝る前にしっかり思い出しちゃったよ、お出かけの目的! 魔物なんて絶対にいやだ、魔物と遭遇するくらいならお留守番するー!
その意味を込めてしっかりと布団を掴むのだが、お兄ちゃんやお姉ちゃんの力を持ってすれば、それは最早意味なき足掻きだった。
「いいから起きようねー。お出かけお出かけ。ほら楽しみだねー」
棒読みで言われても説得力皆無だから!
「やーだー! お留守番するー!」
「……どうしたの? ほら、起きてエーデルフィア。それとも、具合が悪いの?」
「お留守番する、魔物いやだー!」
「あなたの初陣なのに、いなくてどうするの。ほら、起きなさいねー」
いーやーだー! 無理やり剥ぎ取らないで、無理やり連れて行こうとしないでー!
必死で足掻くのだが、やはりお母さんたちには力では勝てない。足掻いても勝てない。結果、無理やりお母さんに抱えられて起きることになった。
「どうしたんだ? 遅かったな」
「ギリギリで駄々を捏ねたの、この子」
「ははっ。怖くないから大丈夫だぞ、お父さんたちが守るからな」
そう言われても怖いものは怖いの! 今からでも逃げたいしね。
「うーん、エーデルフィアのこの怖がりは誰に似たんだろうな。俺も、エイシェリナも怖がりではないし、カーヴたちもそんなに怖がりじゃなかったしな。………ユフィーにでも似たか……?」
「ゆふぃー?」
って誰? 知らない名前。お父さん、それ、だぁれ?
「あぁ、ユフィーはお父さんの妹だ。本名はユフィネス。今は少し遠くの町に嫁いでいるから殆ど会わないな」
「ホント、カーヴが生まれたばかりの頃に会ったきりだから、もう何年会ってないのかな。結構会ってないし、今度会いに行く? みんなで」
「それもいいな。確かに、久しぶりに会いたいな」
お父さんに妹いたのかー。そのユフィー? さんもじいちゃんたちに扱かれたのかな? むむ、聞いてみたいぞ。
でも、今日のお出かけはいやー! 魔物怖いもん!
「カーヴァンキス、オースティア、サーファイルス。エーデルフィアをしっかり捕まえておいてね」
「やぁー! 離せ、離してー!」
「こらこら、口が悪いよ。いい子だから大人しくなさい」
くうぅぅぅ! さすがにお兄ちゃんたちに力では敵わない。しっかりと掴まれた前足と羽は、私がいくら足掻いても全く反応を見せない。
離して、はーなーしーてー! 時折、前足を掴むその手をかぷかぷと噛んでみるのだが、それでも効果はない。甘噛みだからか!? でも、思い切り噛んだらお兄ちゃんたち怪我しちゃうし……。
どうすれば離れてくれるのかな……。うとうと。朝起きるのが早くて、いつもより寝てないから眠たくなってきちゃったよ。ごめん、少し眠るね?
こうやって、寝たのが間違いだったと気づくのは目が覚めてすぐだったりする。