四品目
毎回何かを盗むのは意外と難しいと思うこのごろ。
「あっついなぁ」
「ねぇねぇ」
こんな糞暑い中洗濯だなんてどうかしてるよ。
「まぁ、あの家よりはまだいいか」
「ねぇ~」
苦々しく思い出に残るのは前に使えていた侯爵家の我が儘お嬢様のこと。
一日に五回も服を着替えなおしてその服は全部洗いなおさなければならない、本当に疲れた。
給金が高くなければ本当に逃げ出していたところだ、給金といえばここで働く賃金は侯爵家でもらえる賃金よりも若干安い、その分仕事は楽なので考え物だ。
「はぁ……」
「ねぇってばぁ」
「なんですか鬱陶しいです死んでください」
「酷い!」
先ほどから周りをうろちょろ鬱陶しいのは昨日であった緋色のガキ、昨日に懲りず今日も同じ場所で出張ってやがった。
「で、何か用件でも?」
お金なら返さないよ?
「僕の話し相手になってよ」
「丁重にお断りします、帰れ」
「なんでだよ~」
こっちが汗水垂して働いているっつーのに涼しげな顔で井戸の縁に肘をかけて此方を覗うその姿がどうにも殺意を誘う。
「私には仕事がありますから暇な貴方とお喋りする時間なんてありません」
「えーいいじゃん少しぐらい」
はーめんどくさい。
「……洗濯しながらでもいいならいくらでもどうぞ」
「ほんとに!?やったぁ!」
こういう輩は引き下がらないのはよく知っている、だから仕方がなく喋ることにする、別に洗濯中は誰もいなくて寂しいとかそういうのではないからな。
「リアンって好きなものあるの?」
「お金が好きですね」
ジェイドの服は赤色が多いな~、やっぱりこの国の国旗が赤だからか?
「嫌いなものは?」
「特にありません」
ああ糞この服の汚れ落ちにくいなぁ、後で棒で叩かないと。
「なんでお金が好きなの?」
「………別にあなたには関係ないでしょう」
「むぅ」
さてこのぐらいで止めにしますか。
「この辺でおいとましますね、さようなら」
「うん、また明日ね」
明日も来るんかい!
今日も頑張った私、頑張ったご褒美は侍従用の共同お風呂でございます、ひゃっはーテンション上がるねぇ。
「おつかれさまでーす」
脱衣所で服を着たり脱いだりしている女の人たち、この人たちは全員私の同僚だ。
「あらリアン、今日は早いねぇ」
私に気付いた同僚の一人が私に声をかけてくる、侍従仲間とは仲は悪くない。
「はい、ジェイド様が王様に呼び出されたみたいで早めに上がっていいと」
「ああ、そう、なのっと」
私より頭一つ大きい同僚は服を一気に脱ぐとたわわな実が元気よく飛び出し肌色の艶めかしい大人の体が飛び出てくる。
「はい、なのですぐにお風呂に入ろうと思いまして、今日は熱かったです、しっ」
それに準ずる形で私も同じように勢いよく服を脱ぐ、何の抵抗もなく脱げ元気よく飛び出すものはないが若干膨れたその実はその筋の人間には人気だろう。
体を洗って湯船につかることにする、周りを見回せば一日の疲れを洗い流してふにゃふにゃになっているふにゃメイドたちが、至福の顔で湯船につかっていた。
「ふぁー気持ちいなぁ」
湯船につかっている間も楽な金の手に入り方を考える、やっぱりリスクは大きいけど盗みが一番かな。
銀行には一気にではなく少しづつお金を貯めている、この世界では平民が一気に大量のお金を銀行に預けると国に通報されて身元を確認されるのだ。
あー怖い、銀行のこの制度を店のマスターに教えてもらえなかったら捕まるところだったよ。
「ねぇねぇリアン」
いきなり声をかけられる。
「……はっはいなんですか?」
危ない危ない、寝る寸前だったよ。
「ジェイド様のことどう思う?」
声をかけてきたのはさっき話をしていた女の人、後ろに何人か同僚を引き連れている。
「………どういうことで?」
「何ってジェイド様とミレイユ様のことよぉー」
「どうだった?ねぇどうだった?」
ジェイド様とは私の遣えるご主人様だ、ミレイユ様っていうのは王国守護騎士隊の副隊長のことだ。
「あーそうですねぇ、今日も二人で何かしらくんずほぐれず遊んでましたよ」
「きゃー!」
私の少々というか多量に湾曲させた言葉を聞いたうら若き少女たちはその場で黄色い悲鳴を上げる。
「やっぱり二人は好きあっているのよ!」
「でもジェイド様には婚約者がおられるんでしょ?」
「それがいいんじゃない!」
「「きゃー!」」
ついでに言っておくが副隊長は男だ、オスだ、マンである、間違ってもウーマンではない。
「は、ははは……」
どの世界でもそういうのが好きな女の人はいるものである、前世でもあったが俺は面白ければ読む派なのでなんでもござれだ、まあそのせいで友達に引かれたりしたが。
でもオジサン×筋肉はいかんせん無理があるだろ、とかは突っ込まない、筋肉×筋肉もだ。
女の人たちの腐ったバナナの色の声を聴きながら湯船につかる、いい湯だなぁ。
お風呂から帰ってきて自分の部屋に入る、部屋はジェイド様の部屋の近くで、すぐに部屋に行けるようになっている。
「あー、いつ抜け出すかなぁ」
私はこの国の人間ではない、故郷といえる場所は貧民の生まれる場所で死ぬ場所だ。
正直この状況だけでもかなり恵まれている。
「糞っ、あの餓鬼のせいで今日は嫌に胸が気持ち悪い」
この世界に生まれる前の記憶、いつも俺は不満を持っていた、いつかこの胸のつかえもとれるだろうと思い生きてきた。
「ああもうっ!寝よ!」
加速する思考を止めようと思い、布を体に巻きつけ固い木の上に布を重ねただけのベットに横たわる。
「………」
月の光がほんのり部屋を照らしベットの上に広がった自分の黒い髪の毛を眺めていると次第に意識が飛んでいきやがて完全に眠った。
明日もあの餓鬼に会うのだろうか?そう思いながら。
夢だ、遠い昔の灰色の夢。
まだ自分がこの世界に生まれて間もない時に母さんはどこかに行った、たぶん今頃どこかでのたれ死んでるんだと思う。
ごみ溜めのような街だった、誰もが血の気のない灰色と黒色の中間の顔色をして目だけがギラギラと輝いていた。
貧民だった私は小さな体で鼠や虫を捕まえて焼いて食べたり店に置いてある食べ物を盗んだりしていた。
ある日お世話になっているこの国の宗教をやっている貧乏な教会に行くと大勢の汚い男たちが誰かを囲んで何かをやっていた。
前世の知識を持っている自分は青臭いどこか吐き気がする匂いとチーズの様な据えた匂いに何が起こっているのか理解した、いやさせられた。
男たちが帰って行ったあと世話になっていたシスターの死体を見つめても何の感情も出てこなかった、むしろ同じ人間なのかと疑ってしまうほどその体は汚くなっていた。
教会に入ると魔法についての本が置いてあったのでそれを使って魔法を使えるようになったのには感謝していたと思う。
教会には誰も来なくなり、シスターの死体も誰かが持ち去っていった、食べるのか売るのか性欲処理に使うのか、それは私には知る由はないけれど。
灰色の世界の私はみんなと同じギラギラした目で雨が降る天を見つめていた。
確かその日の雨はしょっぱかった、様な気がする。
力が、お金がなければこの世界では生きていけないのだ。
なんかあんまりおもしろくないなぁ、テンプレ乙な状況だと思う。