元カレの妻を預かりまして
フランキーはロックウェル伯爵家の三男だ。
わたくしの元婚約者で、かつては確かに将来を誓い合った仲ではあった。
いいところもあるんだよ。
割とハンサムだし、情熱的で真っ直ぐに愛を向けてくれる。
でもフランキーは移り気で。
わたくしは彼の愛の対象から外れたみたい。
すったもんだの末、わたくしとの婚約は解消された。
なのに……。
「お願いだ、エイミー。俺の妻を、ジェニファーを一〇日間だけ預かってくれ!」
まともに顔を合わせるのなんて五年ぶりにも拘らず、わたくしの店に来るなりフランキーが必死だ。
その一生懸命な表情は変わらないなあ。
わたくしはこの人と恋人だったんだと、つい懐かしさを思い出した。
嫌いにはなれないの。
わたくしエイミーはボウヤー男爵家の娘で。
フランキーとは貴族学校で知り合って、恋をした。
騎士になる予定のフランキーとは釣り合いもいいのではないかと、すぐ婚約の運びになった。
初めはよかったわ。
フランキーが浮気性だなんて知らなかったから。
彼を愛せば一〇〇%の見返りがあるものと信じていた。
ところがフランキーに新たな恋人ができて。
……フランキーったらその人のこと本当に愛してるんだって。
浮気じゃないんだって。
そうなのかあ、と、愛を失ってしまったわたくしは婚約の解消に同意した。
いや、あまりに不誠実じゃないかって、家のほうは揉めたんだけど。
その頃のことはあんまり覚えてない。
わたくしも抜け殻みたいになっていたから。
それからはずっと一人で、勉強に集中して。
貴族学校を卒業してからアパレルショップを始めて、ようやくここのところ経営が軌道に乗ったところなの。
もう二度とフランキーに関わることなんてないと思っていたのだけれど。
フランキーの妻になった方はどんな女性なのかしらと、興味を持ってしまったわ。
ジェニファー様は儚げでとても可憐な、少女っぽい印象のある人だった。
フランキーが最後に選んだのはこういう女性なのねという思いよりも、お顔が小さくてスリムな割に身長のあるジェニファー様は、どんな服でも似合うわという商売っ気がむくむくと頭をもたげてしまった。
「待ってよ、フランキー。ジェニファー様を預かれってどういう意味よ?」
「地方演習で俺が家を空けなければならないからだ」
住み込みの使用人がいないので、ジェニファー様が家で夜一人になるのが心配ということみたい。
新婚早々それは気にかかるかもしれないけれど。
「ジェニファー様の実家に預かってもらうのが筋じゃない? どうしてわたくしなの?」
「語るも切ないことながら、ジェニファーは実家のカラン男爵に疎まれているのだ」
ええと、ジェニファー様は先妻の娘で?
今は家内を後妻が仕切っているから実家を頼れない?
うわ、流行本によくある設定なのね。
ジェニファー様可哀そう。
「じゃあフランキーの実家のロックウェル伯爵家に預ければ?」
「俺は家をほぼ勘当されているも同然だから」
「えっ? 何で?」
わたくしとの婚約を解消してまで貫いた愛が一ヶ月ほどしか持たず。
その後も令嬢をとっかえひっかえしてたら、実家のロックウェル伯爵家に呆れられたんだって。
わたくしもフランキーの情報をシャットアウトしてたから知らなかった。
「状況は理解したわ」
「エイミー、君しか当てがないんだ。頼む!」
「引き受けますよ」
「本当か!」
昔好きだったフランキーに未練があるわけではない。
ジェニファー様に罪はないものねという理由は少しある。
でもわたくしの気まぐれで預かったというのが最も真実に近いと思う。
……スランプというほどでもないけれど、わたくしは最近ちょっと停滞気味だ。
定番品の改良の案はあっても、新規な発想が出ない。
常に流行を作りださねばならないアパレルは、こんなことじゃいけないのに。
ジェニファー様を預かり生活を変えることによって、何らかの気付きを得られるのではないか、という密かな期待がある。
「ではよろしく」
「任せて」
「エイミー様、突然どうもすみません」
「いいのよ。困った時はお互い様だから」
こうして元彼の妻との、奇妙な同居が始まった。
◇
――――――――――三日目。
ジェニファー様との同居生活は意外なほどうまくいっている。
ジェニファー様はとっても料理上手なの。
貴族の娘は普通、料理なんかしないものなのにな?
わたくしは一人で生きていこうと決めてからなるべく家事は自分ですることにしているけど、ジェニファー様には全然敵わない。
もう食事の準備はお願いしてしまっている。
「どうしてジェニファー様はそんなにお料理が上手なのです?」
「察してくださいよ」
影が差したような表情を見て理解した。
そうか、継母の支配する実家では自分で調理する必要があったか、あるいは作らされていたかするんだな?
こんなに可愛らしくて料理上手とか、フランキーでなくても惚れてまうやろ。
フランキーにはもったいないから、わたくしがもらいたいくらい。
「御馳走様でした」
「エイミー様、少々よろしいでしょうか」
「何なりと」
ジェニファー様が可憐な小顔を顰めていらっしゃる。
どうしたんだろう?
「フランキー様のことですけれども」
「フランキーがどうかした? ジェニファー様でしたら目一杯の愛情を受けていらっしゃると思いますけど」
フランキーは十分愛情を注いでくれると思うがな?
ただし視線が逸れない限りはだ。
「ええ、今のところは」
「ははあ、今後が不安だと」
「そうです」
ジェニファー様の気持ちはわかる。
フランキーはどんな女性にも美点を発見して愛せるタイプだ。
そりゃジェニファー様みたいな可憐で家庭的な人はなかなかいないだろうから、フランキーが妻と思い定めた理由もこれまたわかる。
でもなあ。
「フランキーは愛情深いです。でも飽きっぽいのですよね」
「まさにそれです。わたしの心配の種は」
「でも性根は治らないような気がするんですよ」
というかいつまでも一途なフランキーなんかフランキーじゃない。
こっち向いたときだけ最大限の思いに応えてくれるヒマワリのような人だから。
となるとフランキーの視線を固定する工夫が必要なのだけれど……。
「愛情を繋ぎとめるうまい方法はないでしょうか?」
「……ないことはないのですよ」
「本当ですか!」
わあ、ジェニファー様の笑顔は格別に魅力的だな。
その笑顔フラッシュを散発的に浴びせてやればいい気はするけど、不安があってはその表情は出ないか。
料理上手な点も含めて、ジェニファー様は貴族令嬢っぽくないところがある。
フランキーが惚れたのは、そういうギャップもあるんじゃないかな。
「ええ、飽きさせなければいいと思うのです」
「飽きさせない、ですか?」
「衣服を提供している商売人の視点からすると、ジェニファー様には何を着せても似合います。例えばジェニファー様の家庭的な面を生かすのならば、エプロンドレスなど最高だと思いますけれどね」
「エプロンドレス……侍女服のような?」
「ああ、侍女服もいいですね」
わたくしもフランキーのことはまあまあ理解しているつもりだ。
ジェニファー様のエプロンドレス姿に抵抗できるとは思えん。
パッと笑顔になるジェニファー様。
だからその顔を浴びせろ。
「多分フランキーはジェニファー様七変化に弱いです。フランキーの視線が逸れる前に新しいジェニファー様を見せればいいのです」
「さすがはエイミー様です!」
「……いくつかエプロンドレスのデザインが浮かんできましたね。ジェニファー様、当店でモデルをやっていただけませんか? 着用した服は差し上げますので」
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
わたくしは自分だけでは思いつけなかったアイデアを得られる。
ジェニファー様は新しい服をフランキーに見せられる。
ウィンウィンではないかな?
◇
――――――――――九日目。
「らからエイミーさまあ。かんがえてくらさいよお」
ジェニファー様とはすごく仲良くなった。
昔フランキーがわたくしに送ってきた恋文を見せて盛り上がったり。
フランキー自身は格好いいと思ってるけど実は興醒めな、『君はバラより美しい』というセリフに批判を加えたりして。
今日またジェニファー様の新しい顔が明らかになった。
お酒が好きだけど弱い。
でも滅法色っぽくなる。
非常にズルいと思う。
「ジェニファー様がお酒に弱いこと、フランキーは知ってます?」
「しららいとおもう」
「ですよね。フランキーに見せてやればいいですよ。絶対にジェニファー様のこと惚れ直しますから」
「ありがとうごらいますう」
ジェニファー様は面白い人だ。
でも多分フランキーはジェニファー様の愉快な面をあまり見てないと思う。
にも拘らず妻にした。
カンがいいんだなあ。
「れもわらしのことはいいんれすよお」
「で、今日の話題はわたくしについてですか?」
「れすれすう」
ベロベロだ。
実に面白いなあ。
「ぜったいアダムさまは、エイミーさまにきがありますってばあ」
アダム・モートンはうちの従業員だ。
騎士の子ではあるが、身体が小さいため剣術はムリだと考えたらしい。
貴族学校の同級生で、店の創業時から参加してくれた。
いい笑顔でテキパキ働いてくれる気持ちのいい男性ではある。
「わたくしは恋を諦めて商売に生きていますから」
「あきらめるひつようなんてないんですう。エイミーさまはすてきなんですう」
「そう言ってくださるのは嬉しいですけれども」
「アダムさまにあいされてしまえばいいんですう」
もしアダム・モートンにプロポーズされたら、わたくしは断れるだろうか?
彼がいい人であることはわかっているから、店をオープンする時に引っ張ったのだし。
苦労することは知れていたろうについて来てくれたのは、少しはわたくしに気があったのではと思ってはいる。
でも考えないようにしていた。
「アダムさまはもうすぐエイミーさまにこくはくするんですう。そうわらしがしむけらんれすう」
「えっ?」
アダムがわたくしに告白するよう仕向けた?
ジェニファー様が?
本当に?
うわ、一気にお酒が回ってきたような気がする。
アダムは苦楽をともにしてきた最古参のスタッフだ。
あのいたずらっぽい顔に何度助けられてきたことか。
同い年の二三歳。
悪くない、全然悪くない。
「いいへんじをしてくらさい。それれみんながしあわせなんれすう……」
ジェニファー様は寝てしまったようだ。
アダムか。
わたくしはもう恋なんてしないって思っていた。
けど、ちょっと水を向けられただけで意識してしまうと知って苦笑だわ。
ジェニファー様の子供のような寝顔を見る。
ジェニファー様は諦める必要なんてないと仰った。
その通りだ。
諦めて守りに入るなんて、まだ五年目の新米店長の考えることじゃない。
どんどんアイデアが湧いてくる。
そうだ、攻めの姿勢が必要だったんだ。
思いついたデザインをいくつか描きとめておく。
わたくしの人生を変えてくれそうな熟睡女神に声をかける。
「おやすみなさい」
◇
――――――――――一〇日目。
「エイミー様、大変お世話になりました」
「エイミー、すまなかったな」
フランキーがジェニファー様を迎えに来た。
会えない時間が愛を育てるというシチュエーションかな?
二人とも心なしかソワソワしているように見える。
今晩は存分に愛し合ってください。
「いえいえ。わたくしのほうこそジェニファー様には大切なことを教えていただきました」
「そうか?」
フランキーはわかっていないようだけれど、ジェニファー様がピッと親指を立てている。
そういうお茶目なところをフランキーに見せるといいよ。
フランキーは好きだと思うから。
「ジェニファー様。モデルは今後も定期的にお願いいたします」
「もちろんですとも」
「モデル?」
「うちの商品のモデルをお願いしたのですよ。フランキー。もしジェニファー様を愛せなくなったら、わたくしがジェニファー様をいただきますからね」
「不吉なことを言うな!」
「何を言っているのですか。前科があるクセに」
アハハウフフと笑い合う。
本当に笑い事ではないのだけれどもね。
もし離婚したらうちでジェニファー様を引き取るというのは本気だ。
料理人兼モデルとして、ね。
「では、さらばだ」
フランキーとジェニファー様が去っていった。
急に寂しくなったなあと思う。
これはいいことだ。
以前のわたくしは自分が寂しいことに気付かないほど、感覚が鈍っていたということだから。
「行ってしまいましたね」
「ええ。アダム」
「はい、何でしょう?」
「二人きりのいい場面ですよ。言いたいことがあるなら言いなさい」
直球で切り込んでみる。
ふふっ、アダムの顔が赤くなった。
ベビーフェイス男子の困り顔もいいものだ。
眼福眼福。
「……店長は男前だなあ」
「その男前の店長がいい役を譲ろうといのです。さあどうぞ」
「給料上げてください」
「わたくしと結婚してくれたらね」
「あっ、プロポーズは自分からと思っていたのに。今日の店長はキレがありますね」
「そうかもしれません」
「では改めて僕のほうから。店長、結婚してください」
アダムの表情が緊張を帯びているが、真摯な性格はよく伝わる。
五年間わたくしに恋心を気付かせなかったくらい、できる男なのだもの。
あれ? これもわたくしの感覚が鈍っていたせい?
ダメだなあ、わたくしって。
ジェニファー様と過ごしたこの一〇日間はとてもいい経験になった。
自分の足りないところを、また諦めなくていいことを把握できたから。
継母に疎まれていたジェニファー様ではないが、何でも自分の血肉になるものだなあと実感した。
自分の心がけ次第だ。
「さあ、店に戻りましょうか」
「えっ? あの、僕と店長の結婚についての返事は?」
「必要ですか? そんなものが」
キスをしてアダムの口を塞いだ。
これが答えよ。
『元カレの猫を、預かりまして。』というテレビドラマをやっていました。
預かるのは猫じゃなくてよくね? と思ったのでこういうお話を書いてみました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どう思われたか下の★~★★★★★で評価してもらえると、励みにも勉強にもなります。
よろしくお願いいたします。




