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Prologue① 絶望の誕生日、与えられた役割

「貴音、お誕生日おめでとう」

「ありがとう、母さん」

「父さんは夕方には帰ってくると言っていたわ。いいレストランを予約したそうだからおなかすかせてきなさいね」

「わかった!」

「ふふっ……。これ、誕生日プレゼントよ。そろそろ裁縫セットが駄目になってくる頃かと思って」

「……うん! 大事にする。それじゃあ、いってきます」

 

 桜庭貴音(さくらばきおん)は日本に住む少しばかり裕福な家庭で育った大学生だった。金銭的な面と礼儀作法には厳しかったが、それ以外は比較的自由にさせてもらっていた。


「おーっす! 貴音! 誕生日おめでとさん!」

「ありがとう」

「それなんだ?」

「母さんからもらった誕生日プレゼントだ。裁縫セット」

「へえ! お前の家結構金持ちだからもっといいもの貰ったかと思ったわ」

「うちの両親は金には厳しいんだ。小遣いも小学生の時は五百円、中学の時は千円で、高校の時は五千円。いい成績を取ったりすればご褒美としていくらか上乗せされるがな」

「でもお前が稼いでいる分もあるじゃんか。あれは小遣いに入らねえの?」

「あれは家計のほうに入れていて後は貯金に回している」

「はーん、しっかりしていることで」


 この男——秋月奏谷(あきづきそうや)は同じ高校出身で同じ学部に所属しているが、初対面から貴音は少しばかり苦手意識を持っていた。貴音と接するときだけ言葉の端々に棘があり、やたらと関わってくる。悪い奴ではない、とは思うが、それでも心のどこかで奏谷に対して引っかかりを覚えていた。


「なあ、せっかく誕生日なんだからさ、今夜どっか行こうぜ!」

「誘ってもらって悪いが、今夜は予定が埋まっている。父さんが帰ってくるから」

「そっかぁ! どっか出かけるのか?」

「ああ。夕方ごろには帰ってくると言っていたから、それからだな」

「へえ……お前の父さん、帰ってくるんだ」

「? どうかしたか?」

「……いや、よかったな! そうだ! せっかくだし俺もお前にプレゼントやるよ。とびきりすげえやつ!」

「ありがとう」

「きっとお前も驚くと思うぜ!」

「楽しみにしている」

「おう!」


 それだけ言って奏谷は走り去っていった。


(今日はいつもと言葉が違っていた気がするが……)


——この時感じた違和感を放置しなければ、あんな悲劇は起こらなかったかもしれない。


その日の夕方、貴音は家に帰る前に図書館へ寄り、一時間ほどしてから帰路に着いた。駐車場に父親の車を見つけた貴音は少しばかり浮足立ちながら玄関のドアに手をかけると……なぜか鍵が開いていた。


「……父さんがかけ忘れ……るわけがない」


 その時頭に浮かんだのは、奏谷が昼間に言っていた言葉。それと同時に脳内に警鐘が鳴り、思い切りドアを開けてその先に広がっていた光景に貴音は絶句する。


「……母さん!?」


 玄関から廊下までを染め上げる赤色の中で倒れている母の姿。首の頸動脈を切られ胸には刺し傷があり、見ただけで理解できた。——手遅れだ、と。それでも母の許へ駆け寄り抱き起こし、何度も呼びかける。しかし手に伝わる冷たい肌の感触だけが鮮明になるだけだったで腕の中の母親は声を返すことはない。絶命している母にはっとなり、顔を上げた先に広がっていたのは、玄関や廊下と同じように赤く染まったリビングで。


「父さん!」


 貴音はソファから見えた父の手に気づいてすぐさま駆け寄るが、母親と同じく致命傷を負わされ、すでに帰らぬ人となっていた。

 あまりの悲惨な状況にも関わらず、頭の中はひどく冷静で、貴音は即座に救急車と警察に電話を掛ける。助からないと分かってはいるが、それでも縋らずにはいられなかった。だからこそ——背後に忍び寄る気配に気づくのが遅れた。 

 電話を終えた直後、背後から服を引っ張られ耐えきれず床に倒れ、起き上がろうとしたところで誰かにのしかかられて完全に動きを封じられてしまう。そして上から聞こえてきた声に貴音は背筋が凍った感覚を覚えた。


「遅かったなぁ……貴音?」


 信じられなかった、いや、信じたくなかった。酷い耳鳴りがして心臓が激しく脈打つ。嘘であれと思いながらゆっくりと顔を上げた貴音の目に移りこんだのは——血の付いた顔に不気味な笑みを浮かべながら貴音を見下ろす奏谷の姿だった。


「……な、ぜ……」

「なぜって……朝言ったじゃねえか。とびきりの誕生日プレゼントをやるって」

「プ、レ……ゼント……」

「ああ、どうだ? 俺からの誕生日プレゼントは?」


 ニヤニヤと見下ろす奏谷に貴音は怒りで沸騰する心をどうにか抑えつける。相手の土俵に乗ったら終わりだと必死に言い聞かせながら、なるべく冷静に問いかける。


「こんなのがプレゼントだと? ふざけるな。他に目的があるなら言え」


 貴音の問いかけに奏谷は表情を消し、代わりに貴音の首に手をかけた。


「あぁ~~~……ほんとうぜぇなお前」

「ぐっ……な、にを………………」

「そういうところだよ。いつもいつもすました面しやがって。俺がどんなにちょっかい掛けてもまるで興味ねえみたいな態度……くっそムカつくわ!!! でも、いくらお前でも家族がやられりゃあ、少しはこっちに目ェ向けるだろ、なぁ?」


 貴音は言葉が出なかった。そんなことのために両親を殺したのかと。この男のことが理解できず、またしたいとも思えない。怒鳴ってしまいたいのになぜかそんな感情は湧かず、怒りを上回って浮かんでくるのは両親への申し訳なさと冥福だけ。貴音はそっと目を瞑った。

 貴音の態度が気に食わなかったらしい奏谷は、不気味にニヤリと笑ったかと思えば信じられない言葉を言い放つ。


「そうだ、いいこと教えてやるよ。お前の両親——仮面夫婦だったみたいだぜ?」


 一瞬何を言われているのか理解できず、目を見開いて奏谷を見る。奏谷はさらに邪悪に笑い貴音に毒を注ぎ込む。


「俺がこの家に入る前にさぁ、聞こえてきたんだよ。お前の親父さんとお袋さんが言い争っているところ。あいつらな、お互いに愛人がいたらしいぜ?」

「あ、い……じん…………?」

「そ。それがお互いにばれて大喧嘩していたんだよ。聞こえた話では親父さんは六年前から、お袋さんは四年前からずっと関係持っている奴らがいたんだと。外まで声が漏れていたぜぇ? すんげぇ大喧嘩していたからすんなり家の中に入れたんだけどさぁ?」


 げらげらと笑いながら告げられる内容に貴音は自分の現状も忘れるほどに頭の中が真っ白になっていた。あの両親がお互いに不倫していたという話はとても受け入れがたいもので。自分の動揺を誘うためにでたらめを言っているのだと思おうとした貴音に、奏谷は容赦なく追い打ちをかける。


「お前さぁ……ずっと言っていたよな? 自慢の両親だって。夫婦そろって不倫している親のどこが自慢なんだよ? ちょ~ウケんだけど!!!!!」


 確かに貴音にとって両親は自慢だった。厳しいところもあったが、それ以上に尊敬できるところがたくさんあったのだと。そんな両親が夫婦で不倫をしていたなんて信じたくなかったし信じられなかった。ふっと体から力が抜けていく。


「あ゛ぁ゛~~~!!! おい、こっちを見ろよ、なぁ!? 俺を見ろよ! 見やがれ! 桜庭貴音!!! 俺を見ろ見ろ見ろ見ろ!!!」


 そんな貴音の姿は奏谷の感情に油を注ぎ、狂乱の声と共に怒りのこもった手が貴音を締め上げる。頭に酸素が行かなくなり朦朧としていく意識が己の死を告げているのに貴音に抵抗の意思はなかった。それが諦念なのか目の前の男への反抗心からなのかはわからない。


(父さん、母さん……せっかく準備をしてくれたのにごめんなさい。どうか来世はこんな末路を迎えることなく幸せになれますように——)


 そうして貴音は息を引き取った。己の首を締め上げる男を視界に入れることなく——


…………


……



 澄んだ音が耳に入り、貴音は目を覚ました。すぐにその状況がおかしいことに思い至り首をかしげる。何せ自分は死んだはずなのだから、目覚めるということも音を耳に入ることもないはずだ、と。きょろきょろとあたりを見渡すと、そこはまるでプラネタリウムのような場所だった。いや、プラネタリウムというよりは宇宙空間そのものという方が適しているだろう。そんな場所に貴音は横たわっていたらしく、普通の宇宙空間ではないことが察せられた。

 再び清水のような音色が聞こえ、貴音は音のする方へと視線を向けた。


 そこにはまるでパイプオルガンほどあると思しき巨大なハーブと、それを不思議な椅子に腰を下ろして弾く美しい男性がいた。その男性は貴音と目が合うと弦から手を離して静かに話し始める。


〖……はじめまして。我の名はアルヴィエン。転生流転(てんしょうるてん)を司る者。人の言葉では神、という存在だ〗

「……」


 死んだ後に神様に会うという生前によく見た展開に直面して一瞬硬直した貴音だが、そこは親の躾が勝ち、ほぼ条件反射気味に名乗っていた。


「初めまして。桜庭貴音と申します。お目にかかれて光栄です流転の様」

〖そう固くなることはない。此度は其方に頼みがある故、我の許へ呼び寄せた〗

「私に頼み、ですか?」

〖ああ。其方には我の遣いとしてアモル、という世界に行ってもらいたい〗

「所謂異世界転生ですか?」

〖……随分と話が早いな。まあいい。その通りだ。あちらを見てもらいたい〗


 そう言ってアルヴィエンが示したのはいくつかの星……貴音たちの感性で言えば惑星と呼ばれるもの。貴音が星と思っていたのは無数の惑星……すなわち、世界そのものだったのだ。そんな世界だがどれも千差万別の光を放っているのがわかる。不思議なのはその光が動いては方々へと消えて行っていることだろうか。その世界の別の場所に飛ぶこともあれば別の世界に飛んでいるものもかなりあるように見受けられる。


「あれは……世界ですか?」

〖さよう。どのように見えている?〗

「様々な輝きを放っていますが、それらは動いたかと思えば消えています」

〖其方が見えている光はすべて魂たちだ。そしてそれらが動いているのは次の生へと向かっていることを示している。消えているように見える光は新たに生命として世界に降り立った証〗


 そこまで説明されて貴音はふと別の世界––––輝きが弱い惑星(せかい)へと目を向けた。あれは魂の輝きで輪廻転生の動きだというのなら輝きが弱いのはつまり輪廻転生がうまくいっていないことになるのではないか、と貴音は思った。その思考を読んだかのようにアルヴィエンは答える。


〖聡いことだ。輝きが弱い世界は魂の流転が滞っているのだ〗

「なぜそんなことになるんですか?」


 貴音の問いにアルヴィエンは少し愁いを滲ませた瞳で世界を見ながら答える。


〖強い負の感情を抱いて生を終えた者の魂は濁り澱む。その澱みは流転を阻害してしまい、世界に留まってしまうのだ〗

「……そうですか。つまり輝きが弱い世界は強い負の感情を抱えて亡くなった人が大勢いるということなんですね」

〖……そういうことだ。流転の滞った世界は空気が澱み、魔物や瘴気が溢れて人々の心を、魂を疲弊させ、負の感情を抱えて死する者が増え、さらに流転が滞る〗

「うわ……」


 まさに悪循環の出来上がりだと貴音は思った。それと同時に貴音はアルヴィエンからの頼みごとについておおよその見当がついた。


「……あの、神様の」

〖アルヴィエンでよい〗

「かしこまりました。アルヴィエン様の頼み事というのは、あの魂の澱みを浄化して流転の正常化を促すというものでしょうか?」

〖その通りだ。桜庭貴音よ。神々の掟で世界に直接干渉することはできない。だが世界の住人となった者に神託を届けたり手を貸したりすることはできる。神子、聖女、聖者、使徒、愛し子などその世界によって呼ばれ方は様々だが……彼ら彼女らは何らかの神の使者としての役目を持って世界へと降り立つ〗

「そうなんですね。それでその使者の一人として私が選ばれたということですか?」

〖そうだ。神の使者は世界の均衡を崩しかねないほどの力を持っている。故に様々な制約があるが……使者に選ばれるのは別の世界にて死した者か、その世界で最も適性の高い者、という条件がある〗


 そこまで聞いて貴音は純粋な疑問がわいた。生前のエンタメで近年のテンプレと化している聖女や神子が異世界召喚される話はどうなるのだろう、と。


「……たとえばですけど、聖女や神子を人間たちが異世界から召喚するっていうのはありなんですか?」

〖……なんだそれは〗

「……生前の娯楽だった小説とかにそういう話があったもので」

〖……人間の力で転移……召喚する場合もあるが、その場合は召喚を行う対象者に事前に承諾を得る必要がある〗


 異世界召喚の場合はまず召喚される世界の管理者と召喚対象者のいる世界の管理者で話し合いが行われ、対象者のいる世界の管理者から了承を得る必要がある。その後、対象者の世界の管理者が自分の世界の中から相手の世界への適性が最も高い者を選んで、対象者本人にコンタクトを取る。異世界へ行く理由と対象者が異世界へ行った後に生じる対象者の周囲……家族や友人、恋人や学校、職場への影響、そして帰還の有無についてのすべてを説明し、最終的に本人の了承を得られて初めて、召喚予定の国へ神託を降ろすことができる、ということだった。帰還不可の世界に召喚される対象者が帰還を望む場合は、神託として召喚前に帰還魔法の開発をさせるらしい。


〖すべての世界にはそれぞれ、世界を守護する結界が張られている。召喚を行うということはその結界に一時的にでも綻びを入れるということだ。双方にとってはリスクになる故、正式な手順でもって行う必要がある。それに他所の世界から勝手に召喚すればそれはただの誘拐であり、守護結界もただでは済まない上、管理者の加護が与えられぬから、肉体どころか魂も破壊される可能性がある〗

「……」


 異世界召喚について神本人からご丁寧に解説と批判が入り、貴音は若干遠い目になった。あれは人間の創造の産物だから何でもありだよな、と強引に自分を納得させる。それよりも重要なことがあるだろうと貴音はすぐに切り替えた。


「……お答えいただきありがとうございます。それで、今回アモルという世界にその魂の澱みの浄化を行うために行くということでしたが、期間などはありますか?」

〖魂が正常化されるまでが一応の寿命となる。しかし役目を終えた後に選択肢が与えられるが……それは実際に役目(寿命)を終えてから提示することにする。……さて、桜庭貴音よ。ここまで一通り話したが、我の頼みを引き受けてはくれぬだろうか?〗


 アルヴィエンの率直な問いに貴音はしばし考え込んだ後、アルヴィエンを見つめた。この際だから聞いておきたいことがあったのだ。


「お返事をする前にひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

〖聞こう〗

「ありがとうございます。死の直前、私は友人だった男に両親を殺されました。その時友人が私に両親にそれぞれ愛人がおり、自分が殺す直前にそのことがバレて喧嘩をしていたと告げたのですが……それは事実ですか?」


 アルヴィエンは僅かに目を見開いて貴音を見つめた。まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。普通であればそんなこと聞こうとは思えない。知る必要のないことであり、知らない方が幸せなこともあるだろうに、何故この人間はそんなことを問うてきたのか、とアルヴィエンは混乱した。


〖なぜそのようなことを聞く?〗

「……知らないほうがいいだろうことはわかりますが、事実だろうが虚偽であろうが自分の中に両親への不信を抱えていたくはありません。もちろん虚偽であることが一番ですが、たとえ事実であっても……ずっと不信を抱き続けるよりは自分の中で決着をつけやすいと思います。何よりも魂の澱みを浄化する者が澱みを抱えていては本当の意味で浄化することはできないと愚考します。何卒お聞き入れくださいますよう、お願い申し上げます」


 そう言って貴音はアルヴィエンに対して頭を下げた。


〔奇特な人間だ〕

 

 アルヴィエンは頭まで下げて知りたいと言ってきたことに驚きを隠せなかった。しかし澱みを浄化する者が澱みを抱えたままではならないという言葉には納得もできる。綺麗事であることも理解しているということも神であるからこそアルヴィエンには手に取るようにわかるのだ。

 しばらく目を閉じて考え込んだ後、アルヴィエンは静かに告げた。


〖其方を殺した者が告げていた言葉は……嘘偽りのない事実だ〗

「…………………………そうですか。お答えいただき、ありがとうございます」


 再度頭を下げてまっすぐに視線を合わせた貴音の目には深い悲しみが見て取れたが、濁りは見えなかった。これならば少し時間があれば大丈夫だろうとアルヴィエンは率直な問いを投げかけた。


〖桜庭貴音よ、我の頼みを引き受けてくれるか?〗


 神からの問いかけに貴音は一度目を閉じて考え込み、そして–––


「そのお役目、お引き受けいたします」

 

 受諾した。


〖……そうか、感謝する〗


 アルヴィエンはふっと優しく微笑んで、ハーブを一度鳴らすと、貴音とアルヴィエンのすぐそばに光が集まり、やがて一頭の馬……いや、ペガサスの姿となった。漆黒の胴体にオーロラ色の鬣と翼と瞳のペガサスはまるで星空を思わせる出で立ちでどこか儚い印象を持つ。


〖このペガサスは流転の眷属と呼ばれている。我の遣い……鎮魂の神子、あるいは流転の使者と呼ばれる者のみが使役できる幻獣だ。姿は人によって様々だが……ペガサスとは実に珍しいな〗

「そうなんですね」

 

 ペガサスは貴音と目が合うと静かに傍へと寄ってきて喉を鳴らしながら頬ずりをした。


「かわいい……」

〖ほう? 随分と気に入られたようだな〗


 貴音は昔から動物に好かれており、鳥も天敵がそばにいるとき以外は寄ってきていたため、こういう態度にはある程度慣れていた。

 すりすりと貴音に甘えているペガサスの姿にアルヴィエンも思わず口元を緩ませた。


〖せっかくだ。名をつけてみてはどうだ?〗

「名前……ですか」


 貴音はじっと目の前のペガサスを見てある名前が浮かんだ。


「極夜–––星々やオーロラが輝く、日の昇らない夜の世界」

〖極夜か。良い名だ〗


 名前が決まった途端、ペガサスは一瞬だけ漆黒の輝きを放った。おそらく名前が魂に定着したのだろう。貴音はその幻想的な姿にしばし見惚れていた。


〖それとこれを其方に〗


 そう言ってアルヴィエンが再びハーブを鳴らしたことで貴音は現実へと引き戻された。先ほどと同じように光が集まり、今度は一本の笛となって現れた。


〖これは鎮魂の神子としての仕事道具になる。これもひとりひとり物が違うのだが……其方にはとても馴染みのあるものだろう〗

「……はい」

 

 貴音がアルヴィエンから渡されたのは神楽笛と呼ばれる日本古来の楽器だ。貴音は趣味の一環として雅楽団に笛奏者として所属していたため、この楽器は何よりも馴染みのある物だった。


〖それと何か希望はあるか? 先にも言ったが流転が正常化するまでこの世界に留まってもらうことになるゆえ、場合によっては人の寿命を優に超える長さを生きることになる。望みがあればある程度までなら叶えられる〗

「……鎮魂の神子の仕事はどこかに定住していても可能ですか? それとも旅をして方々を浄化したほうがいいのでしょうか?」

〖どこにいても問題はない。肉体を離れた魂たちは我の眷属である其方のほうに自然と吸い寄せられるからな〗

「……では、人里に降りなくても生活できる拠点と環境が欲しいです。両親のことを知ったので少しだけ心を落ち着けられる場所があれば、と……」

〖……よかろう。心の整理がついた後は如何する?〗

「その時は……旅に出ようと思います」

〖あいわかった。その時には其方の許へ未練断ちの狩人を送ろう〗

「未練断ちの狩人?」

〖未練断ちの狩人とはその名の通り、魂が抱える未練を断ち切る役目を持った者たちのことだ。その者たちは秩序と断罪の女神・オルディネの使者で我の使者と対を為している。大抵の魂は問題ないがそれでも鎮魂の神子の浄化と導きを拒む魂は一定数存在する。そういう魂は基本的に生への執着……未練が強すぎる故に死した場所、あるいは思い入れの強い者の傍に留まり、年月を経るごとに穢れが濃くなっていく。祖それを強制的に生から切り離すのだ〗


 なかなか難しい説明に貴音は必死に頭を捻りわかりやすく変換していく。


「……ある程度だったら鎮魂の神子の力で対処できるけど、強すぎる未練や負の感情を抱えた魂は一種の地縛霊のような状態となって場所、あるいは人と中途半端に繋がった状態になってしまうため、鎮魂の神子の力が効きにくい。その中途半端な繋がりを断ち切り、鎮魂の神子の力が正常に働くようにするのが未練断ちの狩人と呼ばれる者たち、ということでしょうか?」

〖その認識で問題ない。鎮魂の神子と未練断ちの狩人はその役割と関係性ゆえに寿命が同じになる。其方の気持ちの整理がつき次第、我に合図を送れ。オルディネに繋ぎ、狩人を向かわせよう〗

「はい。ありがとうございます」

〖ほかに何か聞きたいことはあるか?〗


 一通り頭の中で情報を整理していた貴音だったが、ある疑問が浮かびアルヴィエンに質問する。


「私の場合、魔法は使えたりするのでしょうか?」

〖可能だ。鎮魂の神子にはそれぞれ生活区域……拠点となる住処が与えられる。期間は世界によってさまざまだが、大抵は人の時間を優に超える長さであることが多い。ゆえにその住処はそこそこの広さと大きさがある。其方のように魔法を使いたいと願う者も多いため、魔法書もその住処に困らない程度には納めるようにしているゆえ、それを使って独学で習得すればよい〗

「……ありがとうございます」


 鎮魂の神子というのはかなり至れり尽くせりだなと感じた貴音だが、しばらく人里離れた場所で暮らす予定の自分にとってはありがたいと、そのまま受け入れることにした。


〖ほかに聞きたいことは?〗

「……いいえ、特にありません」

〖そうか。では……〗


 アルヴィエンがそっと弦を鳴らすと貴音の体が光りに包まれた。


〖桜庭貴音、其方はこれから鎮魂の楽師と呼ばれる。我が愛し子、鎮魂の楽師よ。其方の道行きに輪廻の導きがあらんことを〗


 そうして桜庭貴音は輪廻の神アルヴィエンの使者・鎮魂の楽師として異世界・アモルへと送られたのだった–––

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