望まれない灰かぶりは孤独な氷の公爵に愛される。身代わりにされたのに公爵夫人となって幸せになるなんて聞いてません〜元家族たちは強欲すぎて凍ってしまいました〜
鏡に映るのは、くすんだ青い髪をした少女ヘレン。一五歳になったばかりの姿を見るたびにため息をつく。
「……地味だなぁ」
前世の記憶、ここではない別の世界会社員をしていた記憶があるせいか、自分の容姿を客観的に見てしまう。
魔力が高いほど髪や瞳の色が鮮やかになると言われている。だから、くすんだ青髪は魔力なし落ちこぼしの証拠。
「ヘレン!いつまで掃除にかかっているの!早く私のドレスをアイロンがけしてちょうだい!」
階下から聞こえてくる甲高い声。あれは二つ下の妹セリナリーナ。自分と違って、見事なピンクブロンドの髪とエメラルドのような瞳を持っている。両親の自慢の種で、わがまま放題に育てられたお姫様。
自身は伯爵家の長女なのに扱いは使用人以下。屋根裏部屋に押し込められ、朝から晩まで雑用をさせられている。朝から働く。
「はい、今すぐ行きます」
掃除用具を置いて階段を降りる。心の中でははいはい、行きますよーだ、と軽く舌を出して。前世の記憶があるおかげで理不尽な環境でも精神を病まずに済んでいた。
「いつかお金を貯めて家を出て行ってやる」
という野望があるからだ。けれど、チャンスは唐突に最悪の形でやってきた。
ある日の夕食時、父である伯爵が真っ青な顔で食堂に入ってきた。嫌な予感が猛烈にする。
「大変だ……!終わった、我が家は終わりだ……!」
「あなた、どうなさったの?」
母が慌てて駆け寄る。父は震える手で一通の封書をテーブルに叩きつけた。そこには王家の紋章が押されている。
「辺境の氷の公爵サイラス・ヴェルン公爵から縁談が来たのだ」
名を聞いた瞬間、セリナリーナがヒィと悲鳴を上げた。うるさい。
「いやぁあああ!嘘でしょう!?あの人食い公爵!?顔に恐ろしい呪いの痣があって、気に入らない花嫁は氷漬けにして砕いてしまうっていう、あの化け物!?」
「し、静かにしなさいセリナリーナ!」
「嫌よ!絶対に嫌!あんな寒い北の果てに行くくらいなら、死んだほうがマシよ!」
セリナリーナは泣きわめき、食器を投げ散らかした。
氷の公爵サイラス。北の広大な領地を治める大貴族だが噂は最悪だ。冷酷無慈悲、魔獣の血を引く呪われし者。
これまで何人も婚約者が送られたが、誰も戻ってこなかったという。父は頭を抱え、ふと配膳をしていたこちら見た。目には冷たい計算の光がきらりとなる。
「そうだ。先方は娘を一人よこせとしか言っていない」
「え?」
「ヘレン。お前が行け」
父の言葉に母もセリナリーナもパッと顔を輝かせた。
「そうよ!お姉様ならぴったりだわ!」
「地味なお前でも公爵夫人になれるのよ?感謝しなさい」
両親と妹は生贄に差し出すことを一瞬で決めたのだ。拒否権なんてない。明日には馬車に乗せられるだろう。普通なら絶望して泣き崩れる場面。でも、内心は違う。
(え?たなぼた?……ラッキー、じゃない?)
北の辺境。それはつまり性悪な家族から、理的に離れられるということ。しかも公爵家なら、もし殺されかけたとしても隙を見て逃げ出せば、慰謝料がわりの宝石くらいは手に入るかもしれない。何より、もう二度とセリナリーナの脱ぎ散らかした靴下を洗わなくていいのだ。
「わかりました。お受けします」
淡々と答えると家族は気味悪そうな顔をしたが、すぐに安堵の表情に戻った。妹の身代わりとして、極寒の地へ売られることになったわけだが。
北への旅は過酷だった。窓の外は一面の雪景色。馬車の中まで凍りつくような寒さ。
二週間後、ようやくたどり着いたヴェルン公爵城は例えるなら黒い石で造られた要塞。
「到着されましたか……」
出迎えてくれたのは年老いた執事だけ。使用人たちの姿もまばらで城内はシンと静まり返っている。通されたのは暖炉の火も消えかかった薄暗い大広間。
「……待たせたな」
部屋の奥から響いたのは地を這うような低い声。現れたのは高い高い、長身の男性。漆黒の軍服に身を包み、銀色の髪が冷たい輝きを放っている。顔の上半分を覆う、無骨な鉄の仮面。彼こそが氷の公爵サイラス。
「お前が新しい生贄か」
「生贄って……初めまして。ヘレンと申します」
カーテシーの挨拶をすると仮面の奥から鋭い視線を向けてきた。
「……悲鳴を上げないのか?」
「はい?悲鳴?」
「顔だ。仮面の下には忌まわしい呪いの痣がある。見れば石になると噂されているのだろう?」
「石にはならないと思いますが……痛むのですか?」
素直に尋ねると虚を突かれたように黙り込んだ。前世の知識がある者にとって、見た目の特異さなんて個性の一つだ。コスプレ好きとか、適当に個人的な趣味だと思えばそれでおしまい。
それに、周りに漂う冷気は確かに凄まじいが、それは魔力が強すぎて漏れ出ているだけのように見えた。ただただ、魔力が強い人間でしかない。
「……変わった女だ。部屋は用意してある。好きに過ごせ。ただし、おれには近づくな」
それだけ言うと踵を返して去っていこうとした。背中がどこか寂しげに見えたのは気のせいだろうか。咄嗟に声をかけた。
「あの!これからよろしくお願いします、旦那様!」
一瞬立ち止まったが何も言わずに部屋を出て行った。意外だったみたい。
その日から公爵夫人としての生活が始まった。仮だが。予想に反して生活は快適そのものだった。まず、ご飯が美味しい。北の海産物は絶品だ。
使用人たちが優しい。最初は「またすぐに死ぬか逃げる花嫁だろう」と遠巻きにされていた。
けど、自分からボイラー室の掃除を手伝ったり、賄い料理の前世の知識を生かした特別なクリームシチューを振る舞ったりすると、あっという間に打ち解ける。
「奥様、あちらの廊下は寒いですから羽織るものを!」
「ヘレン様〜、今日のサケは脂が乗ってますぜ!」
どうやら城の人たちは、主人のサイラス様が恐れられているせいで外部の人間に飢えていたらしい。持ち前の雑草魂と家事スキルで、暗く寒かった城を少しずつ快適な空間に変えていく。
ある深夜のこと。喉が渇いて厨房へ向かった。すると、中庭のベンチに一人で座っているサイラス様を見つけた。雪が降っているのに身じろぎもせず月を見上げている。
「……風邪を引きますよ」
声をかけるとビクッと肩を震わせた。
「ヘレン……?なぜ起きている」
「お水が飲みたくて。旦那様こそ」
「……おれの体は氷のように冷たい。熱を感じることがないから寒さも感じない」
自嘲気味に笑った。い、痛々しい。
「おれの魔力は強すぎる。触れたものを凍らせ作物を枯らす。だから家族にも捨てられ、こうして仮面をつけて北の果てにいるんだ……お前も本当は逃げたいのだろう?」
声は震えていた。噂のような化け物じゃない。孤独で不器用な青年。ため息をつき、持っていた温かいホットミルクのマグカップを差し出す。
「飲みますか?蜂蜜入りです」
「触れれば中身も凍る」
「やってみないとわかりませんよ」
強引に彼の手を取った。ひやりと冷たい。でも、それだけだ。
「……!?」
彼は目を見開いた。私の手もマグカップも凍りついたりしない。
「ほら、大丈夫」
「なぜだ……今まで、誰もおれに触れられなかったのに」
「髪を見てください。くすんだ青色でしょう?魔力が空っぽなんです。だから、あなたの強い魔力をスポンジみたいに吸収して中和できているのかもしれませんね」
推測だ。知識で言う接地みたいな役割を体が果たしているんじゃないか。役立たずだと言われた体質が、彼にとっては唯一のぬくもりになれる。
「……温かい」
彼は私の手を握り返した。仮面の隙間から涙が一筋こぼれ落ちて、雪の上に消える。その夜、初めて朝まで語り合った。
それから距離は急速に縮まる。仮面を外してくれるようになったのだ。下にあったのは右頬に広がる青い氷の結晶のような痣。
でも、呪いというより美しいタトゥーのように見える。顔立ちそのものは息を呑むような美青年。
「ヘレン、今日のシチューもうまいな」
「ふふ、作りすぎちゃいましたのでおかわりどうぞ」
穏やかな愛を育んでいった。幸せがずっと続くと思っていた……あの家族が乱入してくるまでは。
八ヶ月後、北の領地は劇的に変化していた。提案した、温室栽培や特産品のカニ缶と干物の輸出が大当たりし、貧しかった領地は空前の好景気に湧いていたのだ。
さらに、恐ろしいと噂されていたサイラスが、実は美貌の持ち主で妻を溺愛する名君だという噂も国中に広まっているとか。
そんなある日、城門の前に一台の豪華な馬車が止まった。騒がしい日になる予感がする。
「ヘレン!いるんでしょヘレン!」
聞き覚えのあるヒステリックな声。エントランスに現れたのは実家の両親と妹のセリナリーナ。なぜ?
「お父様、お母様、セリナリーナ……どうしてここに?」
「どうしても何もないわよ!」
セリナリーナは厚かましくもズカズカと城に入り込み、豪華になった調度品を見て目をギラつかせた。
「あんた、ずるいじゃない!こんなにお金持ちで!旦那様が超国宝級のイケメンだなんて、聞いてないわよ!」
「そうとも!これは詐欺だ!」
父が鼻息荒く叫ぶ。
「サイラス公爵との縁談はもともと我が家の娘に来たものだ。つまり、本来はセリナリーナが嫁ぐはずだったのだ!これは明確な違反だ!無効だっ」
「ええそうよ!お姉様みたいな地味な女、公爵様に釣り合うわけないじゃない。私が本当の奥様になってあげるわ。感謝なさい!これからわたしは公爵夫人なの!」
開いた口がふさがらないとはこのこと。自分たちが嫌がって押し付けたくせに、利益が出た途端に奪い返しに来るなんて。まあ、やるとは薄々思っていたけど。やらない理由だってないし。
「……帰ってください。私はもうヴェルン家の人間です」
「うるさい!親の言うことが聞けないのか!?この!」
父が手を振り上げたその時。
ガキィィィン!
鋭い音が響き、父の足元から数センチ手前の床が鋭い氷の棘によって貫かれた。
「……私の妻に何をする」
階段の上にサイラス様が立っていた。仮面はつけていない美しい顔には絶対零度の怒りが浮かんでいる。部屋の温度が一気に下がり、窓ガラスに霜が走る。
「ひっ……!」
「さ、サイラス様……!」
妹のセリナリーナは恐怖で震えながらも、猫なで声を出して彼にすり寄ろうとした。
ええ?今攻撃されたでしょ?
「あ、あの、初めましてぇ。私が本当の婚約者のセリナリーナですぅ。姉のような偽物じゃなくて私と結婚すればもっと……」
「黙れ」
サイラス様の一言でセリナリーナは金縛りにあったように動けなくなった。
「お前たちがヘレンをどう扱っていたか聞いている。厄介払いとして、化け物への生贄として送り出したのだろう?」
「そ、それは……誤解でして……なあ?」
「ヘレンが来てくれたことは私にとって生涯最大の幸福だ。私の氷を溶かし、この地に春を呼んでくれた。彼女の髪の色も心も、すべてが愛おしいと教えてくれる」
サイラス様は階段を降り、こちらの腰を抱き寄せた。
「だが、お前たちは醜い。欲にまみれ、見るに堪えない……衛兵!」
声に応じて武装した兵士たちが雪崩れ込んできた。どこにいたのかと驚く。
「この者たちを叩き出せ。二度と北の地を踏ませるな。もし、抵抗するようなら」
サイラスは指をパチンと鳴らした瞬間、両親とセリナリーナが着ていた高価なドレスやコートが一瞬で凍りつき、パリーンと砕け散る。下着姿に近い格好になり、寒さにガタガタと震える三人。
「ひぃぃぃ!さ、寒い!」
「許して!帰ります!帰りますからぁ!」
「いやー!」
「次に来た時は心臓を凍らせる。失せろ」
三人は悲鳴を上げながら雪の中へ逃げ帰る。馬車に乗る余裕もなく、雪道を走っていく姿は滑稽そのもの。
その後、実家はどうなったかというと、北の公爵を怒らせたという噂はすぐに広まり、貴族社会で完全に孤立。借金まみれになり、屋敷を手放したと風の噂で聞いた。
セリナリーナも元凶の娘として誰からも相手にされず、今は遠くの修道院に入れられたらしい。
「ヘレン、何を考えている?」
ふいに後ろから抱きしめられた。振り向くと優しい笑顔のサイラスがいる。
「ううん、なんでもないです。今が一番幸せだなって」
「そうか。おれもだ」
青い髪に口づけを落とす。地味だ、落ちこぼれだと蔑まれた髪を彼は「夜明け前の空の色だ」と言って愛してくれる。
身代わりにされたはずの結婚。自分にとって最高の幸福な誤算だったのだと知る。
窓の外では北国の短い春を告げる花が、氷の下から芽吹こうとしていた。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




