第8話 狸狩り
「おー。遅かったな。先に飯食ってるぞ」
疲労困憊の果て、旅館の部屋へ戻ってきた寿々菜たち一行を待ち構えていたのは、
旅館の豪華な夕食・・・を1人で食べている、温泉ですっかりリフレッシュした和彦だった。
「おい。1人で食うのは構わないが、なんで俺たちの分の料理までもう出されてるんだ」
「1人分だけは出せないって言われたから、全員分出してもらっただけだ」
「・・・」
「寿々菜も自分の部屋で1人で食ってもつまんねーだろ?
だからこっちの部屋で一緒に食えるようにしてもらった」
寿々菜は和彦のありがたいのかありがたくないのかよく分からない心遣いに、
「ありがとうございます」と素直に礼を言ったが、
武上はもはや反撃する余力もなかった。
せっかく東京からはるばる京都まで温泉旅行へ来たというのに、
勝手に事件を作って大騒ぎしていたのだから。
しかも、その発端が寿々菜では、武上としては文句も言えない。
くそっ!こうなりゃ、「轍」のことなんか忘れてとにかく食って飲んでやる!
武上はヤケになり、いい感じに冷めた料理と、いい感じにぬるくなったビールに手を伸ばした。
が。
「なあ、新聞のこの記事、見てみろよ。面白いぞ」
そう言って和彦が、武上に新聞を差し出した。
そこには、
「F美術館で『轍』の公開中止!絵が盗まれた!?」
という文字が躍っていた。
「・・・もうこの話はどうでもいい」
「知ってたのか?」
知ってるも何も!!!
むくれた武上に代わり、寿々菜と山崎が今日の出来事の顛末を和彦に話して聞かせたのだった・・・。
「あはははは!じゃあ、寿々菜の勘違いで『轍』の模写に振り回されてたのか、お前ら。ご苦労なこった」
「うるさい!」
武上はビールをあおった。
「まあ、有名な新人画家の絵を見れたんだから、いいじゃねーか。その模写、そんなに似てたのか?」
「本物を見たことがないですから比べようはありませんが、あれはあれで素晴らしかったです」
絵好きの山崎が請合う。
「ふーん。でも、本物の『轍』はどこに行ったんだろうな?」
「和彦。絵は盗まれたと決まったわけじゃない。むしろその可能性は低い」
「なんでだ?」
「考えてもみろ。映画やドラマじゃあるまいし、セキュリティの厳しい最近の美術館から
絵が盗まれるなんて、まずあり得ない」
「じゃあ、なんで公開が中止されたんだよ」
「だからそれは、予想以上の人出で、客の安全が保てなかったとか・・・」
「そんなもん、整理券配ったり入場制限したらいい話だろ」
和彦はぴしゃりと言うと、武上の手の中の新聞の記事を指さした。
「だから、それ見ろっつったろ」
「見てるだろ。『F美術館で・・・』」
「違う。その横の、F美術館の館長の写真だ」
「写真?」
武上に加え、寿々菜と山崎も新聞を覗き込む。
そこには、いかにも金持ちといった感じの、
そしてお世辞にも人が良さそうとはいえない感じの、男の写真が載っていた。
その隣に、
「理由は申し上げられませんが、都合により『轍』の公開を中止させて頂きます」
と館長のコメントが掲載されている。
寿々菜が館長の写真に見入った。
「この人・・・どこかで見たことがある気がします」
「スゥもか?僕もそう思ってた」
「うん。確かに見たことのある顔だな」
3人して考え込むが、一向に思い出せない。
「武上はともかく、スゥと山崎は、もう見たくないってくらい見てる顔だろ」
和彦にそう言われて、山崎がポンと手を打った。
「社長だ!門野社長とそっくりですね!」
「ああ!ほんとだ!」
そう。
F美術館の館長の写真は、
和彦と寿々菜が所属する門野プロダクションという弱小芸能プロのケチ社長・門野と良く似ている。
「はぁー。他人の空似、とはよく言ったもんですね」
「実は双子の兄弟とか?」
和彦が笑う。
「まあ、その可能性もなくもないけどな。苗字も違うし、多分、赤の他人だろ。
でも、その手の顔をしてる人間にろくな奴はいない。決まってる」
勝手に自分の人間性を決められたのではF美術館の館長もたまったもんじゃないだろうが、
少なくとも門野社長については、毎日のように会っている和彦が「ロクな奴じゃない」と言うのだから、
間違いあるまい。
「そーゆー顔の奴は、金に鼻が利くんだ。『轍』の公開なんて儲け話、みすみす逃すはずがない。
1人残らず全部の客から入館料せしめるだけじゃなく、
『轍』を展示してある部屋に入るのに特別料金が必要、とか言い出したってゆーならともかく、
入館前にご丁寧に『公開は中止する』っつって、客を追い返すなんて考えられない」
「・・・」
武上は、いつに増しても自信たっぷりな和彦を見て、
門野社長の人間性を改めて思い知った。
「どうもこの話には裏がある気がする」
「裏、ですか」
何故か嬉しそうな寿々菜。
懲りもせず、こういうことに首を突っ込むのが大好きなのだ。
和彦はグラスを空けるとニヤッと笑った。
「じゃあ一つ、狸狩りと行きますか」