第7話 解決?
奥の部屋からの悲鳴に、男の顔が強張る。
が、一番最初に行動を起こしたのはさすがに武上だった。
武上は、悲鳴に驚き固まる寿々菜と山崎を残し、
パッと立ち上がると、奥の部屋へと続く襖を勢い良く開いた。
男も我に返ると、慌てて武上の後に続く。
それを見て、寿々菜と山崎もようやく立ち上がった。
そして、4人が奥の部屋で見たものとは・・・!
「うわあぁぁあぁああぁ~ん!」
「あーあ。起きたか」
男が苦笑いしながら、奥の部屋の布団の上で泣きじゃくる5歳くらいの男の子を抱っこした。
「って、うわ!オネショしてやがる!」
「うわああ~ん・・・ごめんなしゃい」
「ごめんなしゃい、じゃない。ったく」
男は、ちょっと情けないような笑顔で、武上たちを見た。
「すみません。少し待っててもらえますか?」
「は、はあ・・・」
武上たち3人は、ポカーンとその場に立ち尽くしたのだった・・・
「失礼しました」
「い、いえ・・・」
完全に肩透かしを食らった武上は、
脱力してお茶をすすった。
「ほら、大和。挨拶しろ」
お風呂で身体を洗ってもらってスッキリしたらしい男の子は、
男に促され、
「吉沢大和!2歳です!」
と言った、いや、叫んだ。
耳の奥が痛くなるほど、大きな声だ。
ちなみにもう、男も小声ではなく普通の声で話している。
「あ。俺も自己紹介がまだだったな。吉沢です。
この大和は息子です」
言われなくても分かる。
目つきの悪さは父親譲りらしい。
それにこの2歳児とは思えない身体の大きさ。
間違いなく親子だ。
寿々菜と山崎も続いて自己紹介をする。
「武上さんと、白木さんと、山崎さん、ですね。それで、」
「あああ!!」
またもや吉沢という男の声が遮られる。
ただし今度は、遮ったのは山崎だ。
「吉沢さんって!あの吉沢さんですか!?」
「は?」
吉沢が首を傾げる。
「どの吉沢ですか?」
「あああああ、そうか!あの絵は!なるほど!!」
「は?」
今度は、山崎以外の全員が首を傾げる。
「どうしました、山崎さん。頭がおかしくなりましたか?」
「黙りなさい、スゥ。この吉沢さんは、有名な画家さんだ」
「へ?」
また山崎以外の全員が首を傾げる。
「い、いや、吉沢さんは傾げないでくださいよ・・・」
「だって俺、有名じゃないですよ?」
「有名です!」
他人事なのに、何故か得意げな山崎。
さすがはマネージャーという職をしているだけはある。
陰で人を支えるのが好きなのだ。
別に山崎が吉沢を支えている訳ではないが。
「武上さん!スゥ!この人は、新進気鋭の若手画家で、
巷じゃ吉沢さんの絵は、大変な人気なんです!!」
「へぇー」
「下の物置の沢山の絵!あれは、吉沢さんの作品ですね!?」
すっかり興奮している山崎に、
吉沢は「はあ、まあ」と照れくさそうに頷いた。
「やっぱり!どこかで見たことがあると思ったら・・・!そうか、吉沢さんの絵だったのか!
あの物置、中の絵ごと売ったら一体いくらになることやら・・・」
山崎が1人で興奮して金勘定している間に、
武上は一番大切なことを吉沢に訊ねることにした。
「申し遅れましたが、私は警察です。今話題の『轍』という絵が、こちらの物置にあるという通報があったので、申し訳ありませんが勝手に物置の中を見せてもらいました」
敢えて、寿々菜の名前は出さない。
通報者に対する報復、という事件もあるので、
こういう点は警察も気を使う。
「え?『轍』?」
吉沢はキョトンとした表情で武上を見た。
「はい。てっきり吉沢さんが盗んだのかと思ったのですが、今のお話だと・・・」
武上だけでなく、いつもは鈍い寿々菜もさすがに嫌な予感がする。
「あれは俺がネットの写真を見て、面白半分に模写した絵です」
・・・やっぱり。
今度こそ、武上と寿々菜はがっくりと肩を落とした。
「あはは。あんなところに本物の『轍』がある訳ないじゃないですか」
ようやくショックから立ち直った武上と寿々菜に、
怒るどころか京都の和菓子を出してくれた人のいい吉沢は、
お腹を抱えて笑った。
「ですよね・・・」
「『轍』を模写してみた、って俺のお師匠さんに話したら、見てみたいから持って来い、
って言われて、さっき見せに行ってたんです。コンビニで白木さんと会ったのは、
その帰りですね」
そこでチラッと見た絵を、寿々菜は本物の「轍」と勘違いしてしまったわけである。
だが、寿々菜に惚れている武上はもちろん、
寿々菜を目の敵にしている山崎ですら、寿々菜を責めようとしない。
吉沢が描いた「轍」の模写。
本物と勘違いしてもおかしくはない。
これはこれで、いい値がつくだろう。
それでも寿々菜は面目ないといった感じで小さくなっている。
「本当にすみませんでした」
「気にすんなって」
何故か大和に慰められる寿々菜。
「ありがとう、大和君・・・あ。そう言えば大和君、お母さんは?」
「母ちゃんは、シゴトでシュッチョーだって」
いまいち分かっていないらしい。
吉沢が笑った。
「妻が仕事でいない時だけ、保育園に通わせてるんです。さっきも大和は保育園にいて、
俺は1人で絵をお師匠さんに見せに行ったんです」
「そうだったんですか。そう言えば、どうして絵を汚したんですか?」
山崎が訊ねると、吉沢は「え?」と驚いた。
「汚れてました?」
「はい。下半分が、水か何かで汚れてましたけど」
「・・・もしかして」
吉沢は、夢中でお菓子を食べている息子の大和を睨んだ。
「おい、大和。お前、昼寝前に1人で下で遊んでたよな?」
「・・・う、うん」
バツの悪そうな大和。
「物置の鍵、勝手に開けたな?」
「う、うん・・・ごめんよ、父ちゃん」
「それはいい。で、中で遊んだ?」
「うん・・・」
吉沢の目が更に険しくなる。
ただでさえ目つきが悪いのに、もはや悪人にしか見えない。
「お前・・・絵にオシッコかけたな?」
「えへへへ。物置に入ると、なんでかオシッコしたくなっちゃうんだよなー」
「だよなー、じゃない!!!」
山崎は思わず、さっき絵に触った右手を見たのだった・・・