第6話 悲鳴
カコーン・・・
「いっい湯だっなぁ~、ハハハン、いっい湯だっな~、ハハハン♪」
「おっ。兄ちゃん、歌うまいなぁ」
「そうですか?ありがとうございます」
「それに、ええ男やな。あれ?兄ちゃん、どっかで見たことある気ぃするなぁ?」
「よく言われます。どこにでもいる顔なんで」
「ははは、そーやな。最近の若いモンはみんなおんなし顔に見えるわ」
「ですよねー」
カコーン・・・・・・
和彦が温泉を満喫している頃。
寿々菜、武上、山崎は、胃を決して大男の部屋へ向かっていた。
「スゥ。『胃を決して』じゃない。『意を決して』だ。
お腹でもすいたのか?」
「だってぇー」
「寿々菜さん。これが終わったら、旅館で夕食にしましょう」
「はい!」
本物の「轍」らしき絵を発見したのだから、
この時点でもう地元警察に任せてもいいのだが、
刑事の武上はもちろん、和彦の名探偵振りに感化されている寿々菜と山崎も、
大男がどうやって「轍」を美術館から盗んだのか興味がある。
捕まってしまえば直接話を聞く機会もないだろうから、
「職務質問」にかこつけて、大男に面会しようというのだ。
そして、実は山崎にはもう1つ気になることがある。
さっきの物置の中の沢山の絵。
「轍」以外も盗んだものばかりかもしれないが、
どうも見覚えがある気がする。
大変有名な絵・・・という訳ではない。
「轍」以外はどれも同じ画家の絵らしく、似た雰囲気を持っている。
あの絵のタッチ。どこかで見たことがある。
だが、思い出せない・・・
「この部屋で間違いありませんね?」
「はい!」
2階の一番奥の扉の前で武上が訊ねると、
寿々菜が元気良く頷いた。
間違いないも何も、一つの階に2世帯しか住めないので、
こっちにいなけりゃもう一方の部屋、というだけの話であるが。
表札は出ていなかったが、部屋に電気がついているので、誰かはいるようである。
更に驚いたことに、インターホンすらついておらず、
武上は仕方なく、古ぼけた扉をドンドンと叩いた。
「すみません、」
警察です、と言うべきか?
これがガサ入れなら、もちろん「警察だ」と言うのだが、
今回はそうではない。
もっと言うと、正規の職務質問でもない。
更に言うと、武上は休暇中である。
「・・・すみません、武上と申しますが」
寿々菜と山崎は危うくずっこけそうになった。
「はーい」
中から男の声がする。
それを聞いて寿々菜が武上の腕を握った。
この声!絵を持っていた男の声です!
寿々菜が目で武上にそう言うと、武上も頷いた。
扉がそっと開く。
そして、その隙間から・・・
ナイフが見えた!
武上は慌てて寿々菜の前に立ち、足を踏ん張った。
「はい、どちら様ですか?」
ナイフに続いて男が顔を出す。
間違いなく、寿々菜がコンビニでぶつかった、「轍」を持っていた大男だ。
武上が、少し青い顔で男を睨んだ。
と、男も自分の手の中の物に気がつき、
「あ。すみません。飯作ってたんで」
頭を掻きながら、ナイフ・・・包丁を引っ込めた。
3人が同時に息をつく。
驚かせるな!
「何の御用ですか?」
「あ、えっと」
武上は男を見て、拍子抜けしてしまった。
寿々菜が「大男だ」と言っていたし、「轍」を盗んだ犯人である可能性が高い。
だから武上は、いかにも凶悪犯らしい男を想像していたのだが、
目の前の男は、とても凶悪犯には見えない。
確かに大きいし、目つきも悪い。
だが、どこか人の良さそうな男である。
歳は、武上と同じくらいだろうか。
「少し、お伺いしたいことがありまして」
「そうなんですか。どーぞ、どーぞ。散らかってますけど」
男は何の警戒もせず、3人を家に上げた。
が。
『武上さん』
『はい』
寿々菜は、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で武上に話しかけた。
武上も、寿々菜に負けず劣らず小さな声で返事する。
『どうしてあの人、忍び足で歩いてるんですか?自分の家なのに』
『さあ・・・』
家の主が、抜き足差し足忍び足、をやっているのでは、
客である寿々菜たちも、それに従わざるを得ない。
自然、声も小さくなる。
もしかしたら、やっぱりこの男は凶悪犯で、
家の中に、無線が仕掛けてあるのかもしれない。
それを通して、外にいる仲間に「警察が来た!」と知らせているのかも。
武上は、銃を持っていないことを後悔した。
抜き足差し足忍び足でもギシギシいう古い廊下の突き当たりの扉を開き、
男が小声で「どうぞ」と言った。
武上は用心しながら中に入る。
そこはどうやら居間と台所のようだ。
そして、居間の横に閉じられた襖があり、その奥にもう1部屋あるらしい。
もしかして、あの奥の部屋に仲間が!?
武上の心配をよそに、
相変わらず音をたてないように男が3人にお茶を出してくれた。
そして、やはり武上の心配をよそに、寿々菜と山崎は遠慮なくお茶を頂く。
「お!・・・ぉぃしぃ・・・」
寿々菜が小声で感動する。
男は笑顔で頷き、同じく小声で訊ねた。
「武上さんでしたっけ?何の御用です?」
武上は、気を取り直して早速本題に入ろうとしたが、
重要なことを思い出した。
「・・・すみません。その前にお名前を伺っていいですか?」
訪ねて来ておいて、相手の名前も知らないなんて、怪しいことこの上ないが、
男はまたもや警戒なんぞしようとも思わないようだ。
「え?ああ、俺は、」
男が名前を言いかけた、その時!
「ぎゃあああああ!!!」
居間の奥の部屋から、けたたましい悲鳴が聞こえてきた。