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第5話 汚れた絵画

「あのね。僕は確かに絵が好きだけど、鑑定人じゃないんです」


武上から突然呼び出しを食らった山崎が、憮然として言った。


「しかも、『轍』の本物はもちろん、きちんとした写真も見たことないんですよ?

本物かどうかなんて、分かる訳ないじゃないですか!」


ごもっともである。

しかし、今は他に手がない。


「とにかく、一度見るだけ見てください」


武上は食い下がった。


そして、武上に寿々菜をモノにしてもらいたい山崎としては、

武上の頼みを無碍に断る訳にもいかず・・・


「見るだけですよ?本物かどうかなんて、断言できませんから」


と、渋々承諾した。




今、寿々菜・武上・山崎の3人は、寿々菜の記憶を頼りに、

先ほどの大男の家へ向かって歩いていた。

あれからまだ30分しか経っていないのに、既に寿々菜の記憶は曖昧である。


武上の「1時間」という見込みは甘かったようだ。


「寿々菜さんが見た絵が、『轍』の模写、という可能性はありますか?」


武上が歩きながら山崎に訊ねる。


「一応ネット上では、誰かが撮った『轍』の写真が公開されてるので、

模写できなくはないと思います。でも、そのネットの写真は僕も見ましたが、

かなり荒い写真で、完璧な模写は難しいと思います」

「ということは逆に、仮に模写だとしても本物かどうかの鑑定は難しいということですね?

ネットの荒い写真と見比べた位じゃわからないでしょうから」

「そうですね。『轍』の画家は無名で他に有名な作品もないから、

本物の『轍』を見たことのある人間にしか鑑定できないでしょう」


そうは言いつつ、山崎は、

「でも模写なら、さすがにそうと分かるだろう」と、

思っていた。


よほど優れた腕の持ち主でなければ、

ネット上の写真を模写した絵など、たかが知れている。


しかし、そう言っておきながら、もし本物か模写か区別がつかなければ、

武上はともかく、寿々菜に馬鹿にされるかもしれないと思うと、

山崎も言い出しかねたのだ。



とにかく、スゥが偶然見たという「轍」を見てからだ。



山崎は頭の中に、パソコンで見た「轍」の写真と、

F美術館のチラシに印刷された「轍」の一部を思い描き、

予行練習をした。




寿々菜の記憶が消えるのと、大男の家に辿り着くのと、

どちらが早いか武上はヤキモキしたが、

なんとか無事に目的地に辿り着く事ができた。


と言っても、歩き始めて既に2時間以上が経過し(!)、

「無事に」と言っていいのかどうかは大いに疑問が残るが、

そこは優しい武上。

笑顔で寿々菜に「ありがとう。よく覚えててくれましたね」と、

労いの言葉をかけた。


「はあ~。間違いなくここです!こんなアパート、他にありませんから!」


寿々菜は胸を張った。

まあ確かに、ここまでオンボロなアパートはそうそうないだろう。


武上と山崎は、

昭和何年に建てられたのか全く不明な木造2階建てのアパートを見上げながら、ため息をついた。


が、


「で、スゥ。絵のある物置は?」


山崎は、待ちきれずに訊ねた。


もしスゥの目が確かなら、今から本物の「轍」を目の前で見られるのだ。

山崎が心踊らないわけがない。


「アパートの裏にあります。あ、でも、さっきは鍵がかかってました」

「そんなもの、壊せばいい」

「山崎さん!器物破損で訴えられますよ!」


武上が焦る。


「でも、物置を開けないことには、絵も見れませんし」

「そうですけど・・・」


困った。

大家に連絡すれば、物置を開けてもらえるだろうか?

でも、その物置が大男個人の持ち物なら、

大家でも無断で開けられないかもしれない。



だが、武上の心配は杞憂に終わった。

なんと、物置には鍵がかかっていなかったのだ。


「あれ?さっき私が確かめた時は、確かに鍵がかかってたのに・・・」


寿々菜が首を傾げる。


「スゥのことだから、大方扉を押したり手前に引いたりしたんじゃないのか?

物置の扉は、横に引くんだ」

「それくらい、私だって知ってます!」


山崎の嫌味に憤然と言い返した寿々菜だが、

よくよく思い出してみると、「もしかしたら、押したかも・・・」と、曖昧である。


「まあまあ。もしかしたら大男がまた物置を開いて、鍵を掛け忘れたのかもしれませんし。

とにかく、中を見てみましょう」


武上に言われるまでもなく、山崎が物置を開く。

もちろん、扉を横に引いて。


そして、そこには・・・


「うわあ!」

「なんだ、これは」

「すごい・・・」


3人は思わず息を飲んだ。

なんと物置の中には、絵のカンバスらしき物が所狭しと置かれていたのだ。

だが、雑然として見えるものの、どのカンバスにも丁寧に袋がかけられ、

大切に保存してあるようだ。


そしてその真ん中に、見覚えのある黒い鞄に入ったカンバスがあった。


「あ!これです!この中に、さっき『轍』が入ってました!」


寿々菜が勢いよく声を上げる。

山崎は、しばらく呆然と物置の中を見回していたが、

寿々菜の声で我に返り、そのカンバスに近づいた。


武上は、さすがに周囲の様子が気になり、

物置の中には入らず、外で人が来ないか見張っている。

それでも、やはり気になり、チラチラとカンバスへ目を向けた。


「よ、よし。じゃあ、鞄を開けるぞ」


山崎が緊張しながら黒い鞄に手をかけ、

持ち手の部分を左右に割る。

すると、鞄はパカッと二つに分かれて、するすると床に落ちた。


「これは・・・」


山崎は、言葉をなくした。


素晴らしい。


本物の「轍」かどうかは、分からない。

でも、とにかく素晴らしい絵であることには違いない。


筆使いといい、色使いといい、構図といい・・・


全て一流と言っていい。



「どうですか?」


武上が外から声をかける。

山崎はゆっくり振り返り、武上に向かって頷いた。


「おそらく・・・本物だと思います」


武上が目を見開き、寿々菜が「やっぱり!」と喜んだような声を上げる。

ここに「轍」があるということは、

美術館から盗まれたということなので、喜ぶのも変な話だが・・・


とにかく寿々菜は、自分の直感が間違っていなかったことに喜んだ。



和彦さんがいなくても、私、少しはやれるんだ!

これなら、もっと和彦さんの役に立てるかもしれない!



本来なら寿々菜の手柄など、山崎としては面白くないことだが、

とにかく今は、山崎も目の前の「轍」に唖然としている。

そして・・・更に山崎を驚かせることがあった。


「あ!こ、これは・・・!ひどい!」

「どうしました?・・・あ」


寿々菜も山崎の後ろから絵を覗き込んで声を上げる。


「これ・・・水、ですか?」

「みたいだな」


山崎は絵の下半分にそっと右手で触れた。

そこは、水か何かがかけられ、絵具が滲んでしまっている。


「・・・まだ湿っている。ついさっき、汚したんだろう」

「ひどいですね・・・この絵、どうなっちゃうんですか?もう、価値はないんですか?」

「なくはないけど、大幅に落ちることは間違いないね」


山崎はため息をついた。





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