第4話 迷い子 寿々菜
どこに行くんだろう
見ず知らずの街で、人を尾行するのは難しい。
何が難しいかというと、
ただついて行くだけなら簡単なのだが、
自分が今どこにいて、どうやって戻るのか、が難しい。
だが寿々菜はそんなことは全く考えず、
とにかく男の後について歩き、バスに乗り、
バスを降りるとまた男の後を歩いた。
その結果。
当然、寿々菜は帰り道が分からなくなったのだが、
自分が迷子だということにすら気付かず、尾行をし続けた。
そして、ようやく男は目的地についた、らしい。
そこは2階建ての、オンボロという名にふさわしい、アパートだった。
しかし男はアパートの部屋には入らず、
その脇のこれまた古ぼけた物置へ向かった。
「轍」が、理由も伏せたまま突然公開中止になって、
あの男が「轍」を持っているってことは・・・
寿々菜は小さな頭で考えた。
この場合の「小さな頭」というのは、
そのままの意味でもあり、比喩でもある。
もしかして、あの男が盗んだのかしら?
だが、さすがに寿々菜でも、盗んだ絵をこんな風に歩いて持ち運ぶというのには疑問を感じた。
でももしかすると、敢えて警察の目を欺くために、
こういう方法で運んでいるのかもしれない。
そう思った時、寿々菜はようやく武上のことを思い出した。
そしてついでに、今自分がどこにいるのか分からない、ということも思い出した。
でも、今はとにかく絵だ!
寿々菜は、男が物置に入り、そしてまたすぐに出てきたのを、
少し離れた電柱の影から見ていた。
物置から出てきた男の手には、さっきの四角い鞄はもうなかった。
ということは・・・
寿々菜は、男がアパートの二階に上がり、一番奥の部屋に入ったのを確認すると、
そっと物置に近づいた。
まさか、鍵がかかってないなんてことは・・・
ガチッ!
やっぱり、鍵がかかってる。
ってことは、この中には大事な物が入っているのね!
大事な物が入っていなくても、物置に鍵くらいかけるだろう、
と突っ込んでくれる和彦がいないので、
寿々菜はますますさっきの絵が「轍」であるという確信を強めた。
これは事件だわ!
寿々菜は物置を離れ・・・
とにかく来た道を戻った。
「お世話になりました」
武上が深々とお辞儀すると、
関西弁の警官は敬礼をしながら「とんでもありません」と言った。
「・・・ごめんなさい、武上さん」
しょんぼりする寿々菜。
「いいですよ。とにかく無事でよかったです」
「はい・・・本当に、ごめんなさい」
実は武上は死ぬほど心配していたのだが、
寿々菜にこうも落ち込まれると、文句も言えない。
男のアパートからなんとか自力で武上のところまで戻ろうとした寿々菜。
が、ますます迷う一方で、ついに諦めて武上に電話した。
しかし自分の居場所がわからないので、武上に迎えに来てもらうこともできない。
そこで仕方なく武上は、とにかく交番を探して行くように、と寿々菜に指示し、
寿々菜をそこで保護(?)してもらい、武上もその交番に駆けつけた、という次第である。
「でも、どうしてこんなところまで来たんですか?」
「はい、実は、」
寿々菜は、コンビニで「轍」らしき絵を持った大きな男を見つけ、
その後をつけていたことを武上に説明した。
「確かに『轍』だったんですか?」
「はい。多分」
武上は腕を組んだ。
武上も寿々菜の直感の鋭さは知っている。
加えて、寿々菜の主張を否定したくない、という気持ちもある。
だがここは京都。
武上の管轄外、どころの話ではない。
それこそ交番にとどけるか、
京都府警に連絡を入れるか。
しかしそれ以前に、
やはり寿々菜が見たのが本当に「轍」かどうか調べた方がいい気がする。
だけど、どうやって?
「寿々菜さん。その男のアパートの場所はわかりますか?」
「はい!それはちゃんと覚えてます!」
寿々菜は胸を張った。
だが、覚えていると言っても、寿々菜のことだから1時間もすれば忘れてしまうだろう。
これは急いだほうがいい。
武上は決心して山崎に電話をした。