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第2話 名画

「なんだ、あれは?」


武上はF美術館が見えてきたところで、思わず呟いた。

寿々菜も同じことを考えていたらしく、首を傾げている。


F美術館の前には大変な人だかりができていた。

しかも、その半分はマスコミのようである。


「お2人とも知らないんですか?最近テレビで話題なのに」


得意げに言う山崎。


毎日殺人犯と追いかけっこをしている武上が「最近テレビで話題」のことに疎いのは仕方ないとして、

仮にも芸能人である寿々菜がこの手のことを知らないのは頂けない。


「1ヶ月ほど前、ある資産家の自宅から一枚の絵画が見つかったんです。

画家不詳なんですが、この絵が素晴らしい、とのことで結構な高値がついたんです」

「へー」


私だって絵くらい見ます!と言ったわりに、無頓着な寿々菜。


「『わだち』という題の絵なんですが、

最終的にF美術館の館長が買い取り、今日お披露目、となったわけです」

「それでこの人だかりか・・・」


日本で、無名の画家の絵に高値がつき、

これほどまでに注目を集めるのは珍しい。

絵が好きな山崎ならずとも、一目みたいという人間は多いようだ。


ミーハーな寿々菜も目を輝かせた。


「その『轍』って、どんな絵なんですか?」

「これだよ」


山崎が鞄からチラシを一枚取り出す。

「轍」の公開を宣伝したF美術館のチラシである。


「あれ?絵の写真とかは載ってないんですか?」


寿々菜がまじまじとチラシを見て訊ねた。


寿々菜が不思議に思うのも当然だ。

こういう場合、チラシに絵の写真が載っているのが普通だが、

このチラシには「轍」の写真は載っていない。

ただ、大きく「話題の『轍』、ついに公開!」と大きな文字が躍っているだけである。


「よく見てみなさい。チラシの背景全体にボンヤリと絵が見えるだろ?それが『轍』だ」


なるほど。

茶色のカラーのチラシ全体に、うっすらと絵らしきもが印刷されている。

それも、絵のどこか一部をアップにした物だ。

おそらく、馬車か何かの車輪とその轍のアップだ。


「わざと完全な絵の写真は載せずに、見たい!って心理を刺激してるんだ」

「えー・・・セコイですね」

「何を言ってる!」


山崎が憤然とした。


「こういう絵は、個人の手に渡ると、もう見ることができないんだ。

それを、こうして美術館で見れるんだから、ありがたいことだよ」


寿々菜と武上は、「ふーん」といった感じである。


だがまあ、せっかくここまで来たのだ。

話題の絵とやらを一目拝んでも罰は当たるまい。


3人はF美術館の入り口に近づいた。

和彦が一緒なら、たちまち大騒ぎだろうが、

幸い今日はその心配はない。

寿々菜が誰にも気付かれないのは、いつものことである。


ところが、どうも様子がおかしい。


美術館の前のマスコミは、「ついに話題の絵が公開されます!」と、

騒いでいるのかと思いきや、

どうも友好的な雰囲気ではない。


マスコミ以外の一般客も口々に何か不満を口にしている。


「どうしたんだろう?」


山崎も不審に思い、さっそく近くの中年男性を捕まえて事情を聞いた。


「何を騒いでいるんですか?」

「どーもこーもないわ!せっかく大阪から来たのに、『轍』の公開は中止とか言いよる!」

「え?中止?」

「そうや!理由も言わんと・・・全く、電車賃なんぼや思てんねん!」


そんな怒られても、山崎にはどうしようもない。

だが、「轍」を見られないとなると、やはり山崎としても残念だ。

実を言うと、今回の旅行を京都にしたのも、この「轍」が目当てだったりするのである。


「どうしちゃったんでしょうね?盗まれたとか?」


寿々菜が武上を見上げる。


「まさか。美術館から絵を盗むなんて、そんな映画みたいなことあり得ませんよ」

「じゃあ、どうして・・・」

「セキュリティ面で問題でもあったんじゃないですかね。予想以上の人出で、安全を保てないとか」

「ああ、なるほど」


確かに凄い人である。

館長も嬉しい悲鳴を通り越して、本当に悲鳴を上げてしまったのだろう。


「どうしますか?」


武上は山崎に訊ねた。

てっきり「『轍』が見れないなら、もういいです」と言うと思ったら・・・


「『轍』を見れないのは残念ですが、他の絵がありますから。僕は見て行きます」


どうやら本当に絵が好きらしい。


一方、寿々菜と武上は、一番の目的の絵を見れないということで、

(そもそも「轍」の存在もさっきまで知らなかったのだが・・・)

肩透かしをくらい、すっかり美術館に興味をなくしてしまった。


「じゃあ、僕と寿々菜さんは、観光に行きますね」

「どうぞ、どうぞ」


武上が心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもない。





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