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第11話 今度こそ本物?

和彦は正直、

「付き合うとは言ったが、北海道だとか言われたらどうしよう」

と思っていた。


だがその心配はなかった。

目的地は、同じ京都府内、それも今いる館長の別荘から比較的近い場所だった。


和彦、寿々菜、武上、山崎、そして強引に付き合わされた館長の5人は、

館長の後をつけるために武上が借りたレンタカーで、目的地に無事到着することができた。



「ここか?」


車から降りた和彦は、目の前の大きな家を見上げながら館長に訊ねた。


「そうだ。野本さんという人のお宅だ」


確かに、表札には「野本」とある。

それにしても、大した家だ。

何百坪あるかしれない大きな土地に、デンと作られた洋館。

庭には噴水まである。

個人の家にはとても見えない。


寿々菜と武上と山崎は、ここに来た目的もわからないこともあり、

この大邸宅に気後れしていたが、

さすがは和彦。

なんの躊躇いも無くインターホンを押した。


「・・・はい」


インターホン越しに女性の声がした。


和彦は、無意識のうちにKAZUモード・・・つまり、

爽やか若手俳優モードに切り替わり、愛想のいい声を出した。


「岩城と申します。突然申し訳ありません。

『轍』という絵のことで、ご主人にお伺いしたいことがあって参りました」


武上は、いつもならがの和彦の二面性に呆れ、

館長は、「誰だ、こいつ!?」といった感じでギョッとしている。


寿々菜と山崎は・・・

「この和彦さんも素敵」と言わんばかりにポーっとなっているのは言うまでもない。



女性は「少々お待ちください」と言い、通話を切った。

そして、5分ほどすると再びインターホンから「どうぞ」と同じ女性の声がし、

自動で大きな門が開いた。

おそらく女性はこの家の使用人か何かで、

家の主人に、突然の客を招き入れてよいかどうか、確認を取っていたのだろう。


家の玄関の前に立つと、待っていたかのように中から扉が開いた。

そしてその扉の向こうにいたのは、先ほどの使用人ではなく、

貫禄のある長身の老人だった。

一目でこの家の主人だとわかる。


寿々菜はその老人を見て、「どこかで見たことのある人だわ」と思っただけだが、

武上にはすぐにわかった。

昨日テレビで見た、「轍」の前の持ち主である。

確か、この老人の家の古い倉庫から「轍」が発見され、

価値ある絵だ、ということで話題になったのだ。



「お久しぶりです、野本さん」


館長が卒なくお辞儀をする。


「ああ、お久しぶりですな。そちらの方々は?」

「はあ、あの・・・」


館長としては、何と説明していいものやら困るところだ。

代わりに和彦が答える。


「館長のトモダチです。

館長が、『轍』のことでどうしても野本さんに聞きたいことがあるから一緒に来て欲しい、

と言うので、大勢で失礼かとは思いましたが、伺わせて頂きました」



そんなこと、一言も言ってない!!



館長は和彦を睨んだが、和彦はどこ吹く風。

一方、野本氏は少し照れたように笑った。


「ははは、やはり気付かれましたか。さすがは美術館の館長さんですな」

「は?はあ・・・光栄、です」


何を褒められたのか分からない館長。

そして、そんな館長をまたもや無視して和彦が野本氏に向かって言う。


「『轍』はあなたが描いた絵ですね?」

「ええ!?」


和彦と野本氏以外の全員が、驚きの声を上げた。


「はい、そうです。いやあ、あんな下手な絵で、お恥ずかしい」

「いえ、いい絵だと思いますよ」


お世辞など和彦なら絶対に言わないが、KAZUにとっては得意分野である。


「絵を描くのが好きなんですが、どうも下手でして。

でも、あの『轍』は、私が今まで描いた絵の中では一番の出来でした。

それで、知り合いに『いい絵がある』と言ったんですが・・・」


金持ちの知り合いは金持ち、とでも言うか。

噂にたちまち尾びれや背びれがつき、いつの間にか、

「野本氏の家に、たいそうな価値の絵があるらしい」という噂が上流階級連中の間に広まった。

そして世間でも話題になり始め、「轍」の価値は勝手にどんどん吊り上げられていった。


こうなると、野本氏も今更「あれは私が趣味で描いた絵です」とは言い出しにくく、

一方で周囲から「一目でいいから『轍』を見せて欲しい」と言われ、困っていた。

仕方なく携帯でわざと分かりにくく撮った「轍」の写真を友人に送ったら、

それがネットに流出し、ますます「轍」の話題は過熱する始末。

もはや野本氏には手の打ちようがなかった。


そこへF美術館の館長が「『轍』を買い取りたい」と言ってきた。

しかも館長は「轍」を見るや否や、「素晴らしい!」と高値を提示した。

野本氏としては、金を渡してでも「轍」を引き取って欲しかったので、

渡りに船とばかりに「画家は不詳ですが」と言って、館長に「轍」を売ったのだった・・・



「ま、この館長殿なら、素人の描いた絵かどうかなんて、わかんなかったんだろーな。

とにかく、高額の保険をかけてもおかしくない程度に有名な絵ならなんでもよかった訳だし」


和彦がチラッと横目で館長を見ると、

館長はしきりに、広い額に光る汗を拭いている。


「じゃあ、『轍』は盗まれたわけじゃなかったんだな?」


武上がため息をつく。


「そうだ。館長の別荘に隠してあったあの絵こそ、正真正銘『轍』だ。

パンフレットにはぼかした絵の写真しか載せてなかったから、

素人作品かどうか誰の目にも分かんなかったんだろ。

ちゃんとした写真なら、山崎みたいにちょっと絵を見れる奴には素人作品だと分かるはずだ」


山崎がさっき館長の別荘で、本物の「轍」を見て「偽物だ」と言ったのも頷ける。

山崎だけでなく誰もが、「轍」はもっと素晴らしい絵だと思い込んでいた訳なのだから。



館長の詐欺計画を未遂に終わらせられたのはよかったとして・・・

こんなに疲れる事件はない!



武上は、さっさと旅館へ戻って温泉へ入ろうと心に決めた。





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