第1話 波乱の幕開け
なんでこんな奴と旅行しないといけないんだ!!
4人中1人ではなく、
4人中4人がそう思っているのだから世話ない。
しかし、
なら、こんな旅行、やめればいいじゃないか、
という訳にはいかない複雑な事情があるのである。
ここは京都駅の新幹線のプラットホーム。
お馴染のメンバー、スゥこと白木寿々菜、KAZUこと岩城和彦、
芸能人ではないので特に別名がない武上と山崎が、
荷物片手に新幹線から降り立ったところだ。
元はと言えば、和彦のマネージャーである山崎が、
ろくに休みも取れないトップアイドルの和彦のために、
骨休めの京都温泉旅行を企画したのが始まりだ。
しかし、この山崎。
純粋に和彦のためを思ってこの旅行を企画した訳ではない。
山崎は和彦のことが好きなのだ。
だから、「マネージャーですから!」とちゃっかり自分も同行している。
山崎は30歳。
見た目はそんじょそこらの芸能人に負けていないし、気も利く。
21歳の和彦からすれば、少々年上、ということを除けば、
何も文句はない・・・
いや、ある。
山崎は男なのだ。
という訳で、貞操の危機を感じた和彦は、
同じく和彦に恋心を抱いている・・・つまり、山崎のライバルである、
事務所の後輩の寿々菜を旅行に誘った。
もちろん寿々菜に断る理由などない・・・
いや、こちらもある。
寿々菜は高校生なのだ。
学校がある。
だけどこうして、和彦と山崎と共に、京都に来ているのは、
学校に「仕事なんです!」と嘘をついたからに他ならない。
寿々菜の通う北原高校は普通の公立高校。
芸能活動を理由に学校を休むことなど認められないが、
芸能活動をしているくせに、ろくに休む必要のない寿々菜が珍しく(初めて?)、
仕事の為に学校を休まなきゃいけない!ということで、
「よかった、よかった。ようやく芸能人として芽が出てきたのか」と涙ながらに許可してくれた。
寿々菜としては、胸が痛まないでもなかったが、
「和彦さんを山崎さんの魔の手から守るのも、仕事の内!」と割り切って、
スキップでもしかねない勢いでここまでやってきた。
で、武上は、ということ、
こちらは寿々菜に惚れている。
それに気付いていない寿々菜は軽い気持ちで「武上さんも一緒に行きませんか?」と誘ったのだが、
武上は、犬猿の仲の和彦が一緒ということにはこの際目を瞑り、
「行きます!」と返事二つで了解した。
まあ、警視庁捜査一課の刑事が、こうやってのんびりと旅行に来られるというのは、
日本が平和な証拠なのかもしれない。
とにかく、こうして、
和彦と、和彦を狙う寿々菜と山崎、そして寿々菜を狙う武上、
というお世辞にも友好的とは言いかねる4人が一緒に旅行することになったのだ。
もちろん、誰しもこの旅行が平穏無事に終わるとは思っていなかった。
きっと旅行中のどこかで、一波乱あるはず・・・
しかし、まさかそれが旅館につくなり起こるとは、さすがに誰も思わなかった。
いや、旅館を予約した山崎は、薄々覚悟していたのだが・・・
「おい、山崎。なんで二部屋しか予約してねーんだよ」
温泉旅館としてはかなりグレードの高い老舗旅館のロビーで、
和彦は山崎を睨んだ。
「元々は僕と和彦さん2人のはずだったから、一部屋しか予約してなかったんです。
それが急に、お邪魔虫・・・じゃなかった、スゥと武上さんも来ることになったんで、
慌てて部屋を増やそうとしたんですよ。でも、いっぱいで、もう一部屋しか取れませんでした」
普通に考えれば、4人で二部屋なのだからじゅうぶんなのだが、
先ほどの事情により、この4人で二部屋はありえない。
「うーん」
和彦は腕組みをした。
「よし。俺と寿々菜、山崎と武上、で、どうだ」
「はい!」
「ダメです!」
「許さん!」
誰が何と言ったかは説明するまでもない。
「たく、しゃーねーなあ。じゃあアナログに『グっとっパ』で決めるか」
「よし、いいだろ。いくぞ!♪グっとっパーで別れましょ~♪」
「ちょっと待て、武上!なんだ、その歌!」
「『グっとっパ』と言えばコレだろ」
「違う!♪グッパグッパグッパでしょ♪だろ!」
「さすが、和彦さん。歌がお上手ですね。でも♪グゥとぉっパ、グっとっパ♪ですよ」
「山崎さん、何変なこと言ってるんですか?♪グッパでホホホイ♪です!」
なんだ、ホホホイって!?
全員の視線が寿々菜に突き刺さったが、
そんなことでめげる寿々菜ではない。
強引に「グッパでホホホイ」(どのタイミングで手を出すか難しい)で、
部屋分けをしてしまった。
その結果・・・
和彦と武上、
寿々菜と山崎。
「やり直しだ」
「やり直そう」
「やり直しですね」
「やり直しましょう」
その後、「ホホホイ」が行われること10分。
いい加減、旅館の人も苛々してきたところで、
4人は重要なことを思い出した。
寿々菜の性別が「女」ということだ。
かくして、和彦・武上・山崎で一部屋、
寿々菜で一部屋、となった。
「・・・1人なんて寂しいです」
「そうだろうな。よし、俺と一緒に家族風呂入ろうぜ」
「え?ええ?いいんですか?」
和彦の提案に真っ赤になる寿々菜。
だが、真っ青になった武上と山崎にあっさり却下され、
4人は部屋へと向かった。
そして、部屋に荷物を放り込むや否や、和彦は「温泉だ!」と、
押入れから浴衣とタオルを引っ張り出した。
「和彦。ちょっとは観光しようとか思わないのか?」
「あのな、武上。俺たちは温泉旅行に来たんだ。温泉に入らなくてどうする」
もっともである。
だが、普段から仕事であちこち行っている和彦と山崎はともかく、
寿々菜と武上は、やはりせっかく京都まで来たのだから観光したい。
「寿々菜さん。僕と一緒に観光に行きますか?」
「そうですね。温泉は後でも入れますし」
え?俺と一緒に?
と、武上は心の中で訊ね、そんなわけないか、と心の中で付け足した。
まあ、寿々菜と2人で京都観光できるだけでも、武上にとっては幸せだ。
ところが、ここで思わぬ伏兵が現れた。
「僕も、行きたいところがあるんです」
「え?山崎さん?」
武上は目を丸くした。
山崎は、武上と寿々菜がくっつくことを奨励している。
そうすれば、お邪魔虫の寿々菜がいなくなり、和彦を独占できるからだ。
山崎のその考えを、武上も知っている。
その山崎が、和彦と温泉に入るのではなく、他に行きたいところがあるとは・・・
意外だ。
「どこに行きたいんですか?」
「F美術館です。ちょっと見たい絵があって。あ、もちろんお2人の邪魔はしませんよ。
僕は1人で行きます」
武上はホッとした・・・のも束の間、今度は寿々菜が意外なことを言い出した。
「私も!私も絵を見に行きます!」
「はあ?」
山崎が露骨に嫌な顔をする。
「スゥが絵に興味あるなんて、初耳だな」
「私だって、絵くらい見ます!」
寿々菜のキャラクターをご存知の方なら、速攻で「そんなわけあるか!」と突っ込みをされることだろう。
そして、その通りである。
寿々菜が絵に興味を示したのには訳がある。
実は数日前、絵を好きな山崎が事務所で画集を見ていると、
和彦が「へー。山崎、絵なんか好きなんだな」と感心したように言った。
それをちゃっかり聞いていた寿々菜は、自分も和彦の興味を惹きたくて、
こんなことを言い出したのである。
「寿々菜さんが行くなら、僕も行きますよ」
武上が仕方なく言う。
こうして、和彦は温泉へ、
寿々菜と武上と山崎はF美術館へと行くことになった。
まあ、ご想像の通り、これがそもそも間違いの始まりである・・・