過去形にならないI love you
「忘れられないってことは、まだ、終わってないってことだと思うんだ。」
彼がそう言ったのは、春が終わりかけたころだった。
桜の花びらが舞い落ちて、通学路に白い絨毯をつくっていた。
あのとき私は、何も言えなかった。
ただ、手に持っていたイヤフォンから流れる曲に耳を澄ませていた。
幾億光年を超えて、会いにきてくれるような
そんな声が、確かにあった。
心に触れるように、名前を呼ぶように。
でも現実は、彼が引っ越してしまうことだけが確かで、
私は残される側だった。
⸻
数年後、都会の地下鉄。
人混みの中でふと耳に入ったのは、
あの曲のイントロだった。
コンビニのスピーカーから、少し小さな音で流れていた。
けれど私の中には、大きく響いた。
最後のフレーズ。
「過去形にならない I love you」
時間が経っても、距離が離れても、
言葉にならなかったあの想いが、今もちゃんと生きていた。
⸻
私はスマホを取り出して、彼に初めて送った。
「あの時、何も言えなかったけど、
私も同じ気持ちだった。
ずっと。
いまも、“過去形にならない”って思える。」
しばらくして、画面が震えた。
「音楽って不思議だね。
あの曲、今朝、ふと口ずさんでたんだ。
やっぱり繋がってたんだね。」
涙が頬をつたった。
でもそれは、悲しみではなかった。
幾億光年よりも長い沈黙を越えて、
ようやく届いた、ひとつの「I love you.」
それは過去にならないまま、
今日も私の心の中で、静かに、優しく響いている。