第五話『服従と反旗の傀儡』1/2
◆【繁華街・夜】
高木「おつかれっすー」
夜のバイトが終わると、いつもの道のりで帰宅をする。
終電が終わった後。裏と呼ぶには到底足りない華やかさを持つWENSの外は街の明かりが多く残っている。
それでも自転車で数キロ走れば、世界は静寂に包まれる。
遠く遠くで走っている救急車の音が耳に入った。
高木「ん……?」
ライトに照らされるのは、両手を広げた子ども……?
こんな時間に?
不気味に思うよりも前にゆっくりと自転車を減速させ、やがて顔を照らせる距離まで詰める。
??「朧月に炙られたか――」
おまえは――!
その言葉は押さえつけられた手のひらに遮られ、意識を失った。
――よう。起きろよ。
声に反応するように、視界を取り戻すと。
高木「ここは……ッ!?」
正明「よう。ご無沙汰」
高木「スリーセブン……ッ!」
まるで今にも飛びかかりそうな勢いで敵意をむき出すが、腕に食い込む固い感触で自分が今どういう状況か理解した。
正明「用件な。虐めとか報復とかオレ大嫌いでさ。そんなんじゃねーんだ」
笑顔でポンと肩を叩く。
正明「回収に来たんだ」
高木「なにを……」
正明「決まってんだろ。てめえがやったイカサマ行為」
高木「バッ……お前、俺の10万取っただろ!」
正明「あん? あれはポーカーでオレが勝った金だろ。寝言言ってんじゃねーよカス」
身動きが取れない相手に続けてポンポンと肩を叩く。
正明「それはいんだよ。ゲームだからな」
正明「で? てめえはイカサマしたツケはどうすんだって聞いてんだが?」
こんな状況でも、高木は目には鋭い眼光が宿った。
高木「ふざけるな……人をこんなことして、タダで済むと思っているのか?」
正明「ッハ。頭わりーなやっぱ。オレがスリーセブンだってわかってるなら、六道組との繋がりも知ってんだろ?」
高木「え……」
六道組。
暴対法以降絶滅したと囁かれるなか、唯一残る地域最大のそっちの組である。
正明「先日、そこのトップの六道さんとお茶してきたんだよ」
高木「ど、どういう、ことだ……」
正明「んでまあ? 自分の店のディーラーがイカサマしてるとかあっちゃダメでしょってすげーおカンムリなわけ」
高木「知らねえよ! 払っただろ!」
売り言葉に買い言葉とただ吠えるガキにため息をつくと、タバコに火を灯す。
正明「てめえみてえなガキでも意味がわかるように別の表現してやるよ」
正明「暴力団のトップが、イカサマしているディーラーの存在認めるわけにいかねーつってんの」
高木「……」
正明「ヒヒヒ、まさかオレが言うとはな。これ、裏社会のドムってヤツよ」
高木「……要求はなんだ? どうすればいい、どうすればいい!?」
正明「落ち着けって高木君。オレの言う通りにすれば大丈夫だっつーの」
フレンドリーに話すが、もちろん焦りは消えない。
当然そうでなくては。それが狙いだ。
正明「ラシェルを切ってオレの下に付け」
高木「……ッ!」
にこやかに握手を求めるが、それには応じてくれない。
高木「お前の目的はなんだ?」
正明「ラシェルを――潰す」
高木「ラ、ラシェルさんにも恐喝するのか!?」
正明「おいおいおい。オレは正々堂々をもっとーにしている真人間だぜ? 闇討ちみてーな真似しねーし滅多な事言わないでくれよ」
恭介「横からすまない。一つの時代が閉じた今。ヤクザの名を借りるのは違法だからな」
正明「だよな。でもって裏カジノも違法」
正明「でもでもでも、イカサマディーラーは別に合法だからな。賭博がダメでイカサマ法なんてねーわけよ。なのにこれが一番罰則重いって言うんだからウケるよな」
高木「……」
目を見ると、コチラの要求の吊り上げには理解があるようだ。
正明「あの男女はテキサス・ホールデムで殺す」
高木「は……」
高木「ふ……ははははは! お前が!? 散々ボロ負けして当たり散らしていたお前がか!?」
正明「ああ。7割程、勝てる秘策がある」
そこでまた顔色が曇る。
高木「秘策だと……それに俺が協力しろと言うのか?」
正明「それもお願いしてーが、まず何よりも金がいるだわ」
高木「ぐ……」
正明「おいおい、勘違いするなよ。渋沢10枚ぐらいでピーピー言う貧乏人からタカる気はねーよ。可哀想だろ」
正明「求めてるのは情報だ。カモ。他のテキサス・ホールデムをする客の情報と、ラシェルの総資産」
高木「……」
正明「オレが他のカス共から絞り取って、ラシェルと戦える軍資金まで準備するっつー流れなわけ。オッケー?」
正明「あ、拒否できねーからな。ま、できないわけじゃねーけどオススメしねーわ」
正明「こんなんでも顔知ったヤツが"そういう事"になるのって気分悪いもんな」
高木「……」
思考する事、数秒。
高木「それだけで……いいんだな」
正明「ああ。お前がちゃんと情報くれている間、絶対六道組から守ってやる」
正明「あそこにいた末端の構成員も含めてな」
高木「……わかった。それに乗ってやる」
正明「よっしゃ! ありがとな、高木君」
高木「ああ。だけど忘れるなよ。結果はどうあれ、お前に協力した後で裏切ったりは……」
正明「しないしない。絶対しない」
正明「仮にラシェルに負けてもしねーよ。そんときはスパッっと諦める。男スリーセブンに二言無し」
正明「ま。負ける気なんてねーけどな」
高木「……はは」
ほくそ笑む顔を見て、目的を果たした事を確信した。




