第十三話『フィッシュではなくスリーセブン(後半)』4/7
◆【WENSCASINO】
先程と同様に、もう今日はツイているとしか言いようがないぐらい幸先が良い。
ラシェル「レイズ2,000」
正明「コール」
ディーラー「ショウダウン」
正明「よし……!」
正直、序盤だ。
ジャブの差し合いに過ぎない名刺交換みたいな駆け引きだが、それでもチップを優勢に進めている。
正明「……」
顔色を確認する。
それは駆け引きに長けているラシェル本人ではなく、その取り巻きの素人集団。
こいつらからは嘲笑がなく、真剣にテーブルの上を一喜一憂で眺める視線。
ってことは、オレへのリップサービスじゃねーってことは間違いない。
ラシェル「……」
ゲームは続く。
ラシェル「リバイ3万」
紙幣を3枚、テーブルに置く。
正明「……」
ラシェルの資金を全部奪ったにも関わらず、この時点でチップ差が逆転する。
ゲームは続く。
流れは変わらず、こちらが優勢にゲームを進めてはいる。
正明「オールイン」
ラシェル「コール」
ッハ、喰らえ!
ボード7,8,7,Aに対して、8,8ポケット。4枚目のターンカード時点で88877のフルハウスが成立している。
ラシェル「……」
ラシェルの手はA,K。もちろんツーペアの組み合わせとしては最強。オールインに乗っても仕方ないカードだが、こちらはその上位に位置するフルハウス。
ディーラー「最終カード、リバーカードオープン」
発声と共にめくられたカードは、A。
ラシェル「逆転だね」
正明「ああッ!?」
逆転。オレの88877のフルハウスと同等の役で、上位に位置するAAA77のフルハウスが成立。
ラシェル「イカサマしてるか気になるかい?」
高木「そ、そんな……」
恭介は首を横に振る。
正明「……」
サマはしていない。
一度現場を取り押さえられた人間が、ふてぶてしく二回目を行える度胸はこいつは持っていない。
チッ。
とにかく、渋沢を1枚失った。
現状では、まだそれだけだ。
正明「リバイ」
そう言ってテーブルに投げた10枚の渋沢に歓声が挙がる。
正明「早くチップもってこいよ」
ここまで。
ここまでなら、痛くない。
元々これは高木君のお金だ。ルーレットの勝ち分を引いても11渋沢を上回る。
テキサス・ホールデムは、金のゲーム。
今有利かどうか、それは持っている金額。チップ数にそのまま比例する。
もちろんそれはリスクを背負う意味にもなるが、この額の差なら……。
ラシェル「ねえ、その鞄の中出して」
男性「え、はい」
ラシェル「お札あるでしょ。全部換えてもらって」
ディーラー「確認します」
あん……?
ディーラー「31万円です」
ラシェル「うん。チップでちょうだい」
淡々と、チップの山を積み上げていく。
正明「……ッ!」
初めの1万ずつ。加えてリバイの3万。そして31万。
ラシェル「賭けすぎたなら、戻してもいいよ」
ラシェル「十万円って、キミが将来稼ぐ月収だよ?」
優位取ったつもりかてめえ――!
10万 VS 36万。それはそのまま、二人の勝率に直結する。
なるほど。今みたいな事故が逆に起きても保険として、3倍近く置いとけば大丈夫と。
勝率は20%……経験者と素人の実力差を差し引けば、そこからさらに小さくなる。
……分が悪い。
とはいえ、とはいえだ。
あいつは36渋沢ものリスクを背負っている。ならば、それには正当性が保たれる。
金の価値なんざ人それぞれだが、ここでは絶対だ。
正明「なあ――これは使えるのかよ?」
取り出したのは、本屋でもらった金入りのチップ。
ディーラー「それは正規のレートで遊んで、かつ10万円以上の出金をした場合にのみ……」
ラシェル「いーよ。使わせてあげなよ」
ラシェル「それも、さ。前借りで渡してあげて」
ディーラー「いや、でも……」
ラシェル「ボクが後で建て替えるから」
ラシェル「その代わり条件が2つ」
出たな。
ラシェル「ここからはトーナメントにしよう」
要するに、途中退席無しってことだろ。
こっちはそのつもりだった。だったが……36万相手か。
ラシェル「それと、レートを上げよう」
正明「ああ? オレこれしかお金ねーぞ」
ラシェル「うん。知ってるってば。団地の子供」
こいつ本当に一々――ッ!
ラシェル「そうじゃなくて、BB/SB」
ラシェル「まだるっこしくて、さ。ボクも暇じゃないし。10,000/5,000にしよう」
正明「……ッ!」
ラシェル「あれ? 素人君なら、運の要素入るから良い提案だと思ったんだけどね」
ラシェル「それにキミが背負うリスクは増えない。悪い提案じゃないと思うんだ」
正明「……」
確かに……オレのリスク面は変わらない。今まではたまたま有利にいったが、長々とポーカーをやれば不利になるのは間違いなくオレだ。
ラシェル「じゃ、それで交渉成立でいいかな。あ、ちょっと待ってね。彼に5万円渡す前にこれもお願い」
そう言ってテーブルに投げたのは、ポケットから出した渋沢の束。
ラシェル「20枚あると思うから確認してみて」
ディーラー「はい」
20枚、だと――!
15万 VS 56万……つまりオールイン勝負で勝利して、それでようやく五分。
50%の、二回。約25%……以下。
そう、以下だ。
二度も勝ちが拾えることもなくはない。もちろんポーカー。最後の最後は運ゲーだ。
だが運ゲーに至るまでの過程が実力差が出るこのゲームで。このチップ差はまずい――。
ラシェル「提案だけど、さ。あと10乗せるなら、このチップもう一枚あげるよ」
正明「あ……?」
ラシェル「そしたら25万に5を足して、30万。10万円分のハンデで戦えるね」
正明「……」
きたな、釣り上げ――。
予想していた通りの展開。
ラシェル「それでボクは上に44乗せる」
正明「……ッ!」
ラシェル「勝てば100万円。わお。キミの将来の年収だよ」
百、渋沢――。
正明「……」
思考が、止まる。
待て。考えろ。
今日10万勝った。そこから10万のリスク背負う。10万のハンデ。
オレは10万円だけで、100万円チャレンジができる。
それも10:100でなく30:100。
正明「……」
それでも勝率25%を切る。実力差が今後出るとしたら20%。
勝ち分10と身銭10。足して20として、期待値20%なら、5倍の配当……100万。
悪くは……ない。
ラシェル「よく考えてね。勝てば、将来の年収だよ」
正明「いいぜ――やってやるよ!」
歓声の湧くギャラリー。こっち側である恭介さえも、面白そうにこの場を眺めている。




