第一話『底辺の日常』
当作品はサウンドノベル形式で作成されています
◆【繁華街・夜】
眠らない歓楽街。
治安の悪さに比例するほど活気がある街。
それを象徴するように一人の男がドスドスと、怒りを歩みで表現するように肩で風を切って歩いている。
正明「チッ……」
ムカつく……ムカつくムカつくムカつく!!!
なんで世界滅びないんですかムカつくる! なに作る!?
正明「それ滅ぶのか作るのかどっち!?」
足元にある空き缶を思いっきり蹴飛ばすと音を立てて転がるが、周囲の人間が視線を投げる事はない。
ここではこういう人種は珍しくなく関わるだけ損をする。
正明「ぐ、ぐぐぐぐぐ……!」
こんなモノでは、この男の怒りは収まらない。
温厚。健全。道徳。これらの予測検索に『もしかして竹原正明?』と出るほどの聖人が何故ここまで機嫌が悪いのか?
それは久しぶりに行ったパチンコ屋で大負けしたからであった。
☆【001.襟を立てる竹原正明】…差分:真顔、私服、繁華街夜
正明(イラする……イライラするぅ……!)
もしもオレがドラゴンボ●ルの緑のボスならこの惑星ごと消し去ってやるのに……!
銀玉の出る博打店が駅前始め全国に展開される我が国。
個人的には『無敵の人』が毎日自爆テロをしてもいいのではと思えるほどに狂っているのに、何故皆大人しくただ養分を受け入れられるのだろう???
カップル女「やーだぁ。むっくん歩くの合わせてくれて超やさし~」
カップル男「当然だよのんちゃん。一緒に居られるだけでボク超幸せ~」
正明「……ッ」
道行く全てに憎悪を振りまく正明の前に『存在自体が煽り』である中年ブサイクカップルが堂々と道の中心を塞ぐ。
周囲など視界にも入らんぞと言わんばかりのラブラブカップルが手を繋いで通行妨害をくり広げる。
△【001.襟を立てる竹原正明】…差分:超イライラ、私服、繁華街夜
チッ。
思わず舌打ちが。
チッチッチッチッ!
思わず舌打ちの連打が!!!
△【CG:OFF】
カップル女「やーん、重力がむっくんの吸い寄せられる~」
カップル男「しょうがない重力さんですね~。ってあらら。ボクものんちゃんに……」
正明「おらあああああ!!!!」
二人を切り裂くように突っ切る!!!
カップル男「のんちゃん……!」
怪我をしたわけでもないのに、ただ繋いだ手が解かれただけでこの世の終わりのような顔が余計にイライラを加速させる。
正明「ごめんなさい。本当にごめんなさい。重力に吸い寄せられたんです。ごめんなさい」
正明「ってそんなのあるわけーだろカス!!!」
正明「死いいいいいぃぃぃぃいねえええええええええええい!!!」
カップル男「殺す!!!」
正明「そんなんで一々人殺し宣言してんじゃねえよクソカスが!!!」
ヒョロガリ正明君はもちろん暴力が嫌いだ。
正確には、自分より強い相手の暴力が大嫌いであるが、煽りに耐性はない。
ペッ、と足元にツバを吐き捨てるとそこから300メートル走が始まった。
元陸上部は中年など余裕で置き去りにする。
くっそ……イライラする。
この世界は狂気で溢れている。
これは誰の台詞だったか……あー、はいはいスケスケね。あー、はいはい。これ超よくわかる。おかしい。本当に世界おかしい。
なんでパチンコとか街中に溢れてるのか? 平気で数万飲み込むクソ台が日本中に溢れてるとかマジで狂気でしょ? は? 憲法違反でしょ? 損害賠償もんでしょ?
ぐ、ぐぐぐ……ッ!
正明「お巡りさんここでえええええええす!!!」
◆【自宅ドア前・夜】
イライラが抑まらないまま、まるで瞬間移動したように自宅のアパートが目の前に現れた。
帰り道の記憶はない。ただ、イライラしている事だけは絶対に忘れていない。
正明「……」
久しぶりに飲みに行く事も頭を過ったが、一時の感情に振り回され渋沢を失う事はあってはならない。
正明(これ以上な!!!)
もう大分手遅れなんだが……こういう時は黙って寝るに限る。
アパートの鍵穴に差込んで回す。
ガチャ……ガチャガチャ、
あん?
開けたはずのドアに閉ざされる。
チッ……!
こういう時に限りなにかと人をイラつかせることが多い。
もう家のドアレベルで狂気ですよ。鍵回したんだからちゃんと開けよボケ!
再び鍵を回し今度こそドアを開けると、
ガッチャーーーン。
伸びきったチェーンが主を拒絶した。
正明「……」
……は?
チェーンがかけられている。
そう。それは見てわかる。わかるが、ここは一人暮らしのオレの家だ。
正明「……」
呆然とするのも束の間、答え合わせのように次に聞こえてくるのは主のいないはずの家の中からパタパタとこちらに近づいてくるスリッパの音。
ドア越しに音はどんどんと近づいてくる。
△【イベントCG002・チェーンからカツ丼を伺う望代】
望代「カツ丼ですか?」
ドアの隙間から覗かれるチェーンに現れたのは鏡望代。
正明「……ハ」
いつもの鼻で笑うのとは違う、乾いた笑い。
流石だ。流石クズ女だ。
今までの小せえイライラが吹っ飛ぶぐらいやっぱりこいつはイライラする。
正明「一度だけ。一度だけ、紳士に伝えてやる」
正明「オレ今超機嫌悪いから今すぐドア空けろよクソ女」
望代「モチカツ丼食べたい。回れ右して買ってこいウジ虫」
正明「……ぁ」
やべ、血管切れる。深呼吸。深呼吸して美味しい酸素を……!
望代「モチ昨日から何も食べてないし」
正明「知らねえよクソブス。お願い致しますのでこのドアを開けろ開け開け開け開けくれないかな」
望代「クソ原バグってるし」
正明「……」
こいつ本当にどうしてくれようか……。
ただ、今の家に入れない状態はよくない。
イライラしているんだ。ドア叩いたりしたら悲しむのは自分だ。
冷静に、冷静に……。
正明「なあモチ。ちょっとだけ常識を持って欲s……」
望代「あーーーーー!! もうしつこい!」
突然、不法侵入者はキレた。
望代「カツ丼食べるまで家に入れないし!」
正明「………………ッ」
言葉が、ない。
オレの家に帰ってきたらいきなり締め出され、理不尽な要求を言われたと思ったら先にキレるコレ。
望代「モチお金ないし」
知らねえよそんなの。虫でも食ってろ。
違う。違う違う。そうじゃない。そんな事しても入れない。
もっとこう、こいつ宥めるにはどうする……カロリーは全部イライラで使ってしまって頭も働かない。
望代「おいなに黙ってんだよ負け犬。どうせ博打負けて機嫌悪いだけだろクソ雑魚。てめえの負け分でカツ丼何個変えるんだよ」
あー……あ~……え、なに? そういうこと、言っちゃうの?
あの……それ、タブーよ? ギャンブルで負けた人に絶対に言っちゃいけないナーバスな例えよ?
正明「たまにさ。今みたいな事言うバカがいるわけよ。まーわかる。ぶっちゃけ言いたいことはわかる。オレだって他人がわけわかんねー趣味に金突っ込んでたらちょっとはそれ思うのよ」
正明「でもさ。無駄だからやめろっていうならまず鏡望代が人間やめないと。お前この世界で一番無d……」
望代「うるせえ死ね」
あ、決めた。こいつ今日泣かす。
望代「は? つーかまだいるのかよ。いい加減にしろよ」
正明「アは、アハ、あは?ははッ」
天才。本当に天才。感服する。こいつ人イラつかせる天才だわ。
目の前にいる狂気のクズと比較すれば、世界とかそんなに狂ってないのかとも思ってきた。
正明「ふー。わーかった。わかったよ。ジョニー。オレの負けだ。財布忘れたから開けてくれ。取ったらすぐに買いに行く。君が一番欲しいものだ」
望代「はいダウト。吹き替え映画の外人風コメントつまんねーし」
正明「財布がないんだジョニー。おいおい、家に入れてくれないと買えないよ」
望代「守銭奴のてめえが命より大事な財布放すわけないし」
望代「あとお前が面白いと思ってるネタの全部つまんねーし。全部な。全部」
望代「クソ原つまんねーし」
正明「……」
なまじ付き合いが長い分、やさしい丸め込みが通用しない
正明「ふー。まったく、ボブはしょうがないなあ。HAHAHA……」
バァン!!!
正明「開けろゴラァ!!! 殺すぞクソ女!!!」
望代「竹原。人はな。図星をされるとすぐ怒るし」
正明「ああああああああああ!!! 上等だクソ女!!! てめえこそ図星をされるとか日本語怪しい程度の低能だからこのオレの高度なギャグセンスがつまらんと……!」
ガチャ、とドアが開いた。
しかしそれは隣の部屋からで――
お隣さん「どうかしましたかっ!?」
正明「ああ、いえ! 何も!」
お隣さん「……」
正明「あはは……すみません、ちょっと……喧嘩……そう! 喧嘩していて、すみません! ご迷惑でしたよね。ただの痴話喧嘩です!」
正明「こいつイタズラが過ぎるんですよ。まあ、まあまあまあ! いつもの事ですよ!」
正明「えと……マジで大丈夫なんで、警察とかもう呼ばないでくださいね。本当に、本当にお願いします……!」
正明「本当にあの……彼女とのちょっとした喧嘩で……今回なにもやましいことしていないです……お願いします……お願いします……!」
お隣さん「……わかりました」
まさに渋々、といった感じで帰っていった。
ドアが閉まったのを確認し、三つ数えてから地面を蹴った。
正明「ケッ。消えろカスが」
望代「やーん、彼氏に襲われちゃう~。竹原君って5cmだから気持ち良くないし~。合意のないレイプは犯罪だぞ★」
脳みそに酸素!!! 酸素全然足りねえぞオレの身体!!!
何度も何度も深呼吸をした後、ようやく少し落ち着いてきた。
……よし。
組み立てろ。もういいだろうとトーンダウンして見せるんだ。
正明「ふう。買いに行くって。だから開けろよ」
望代「は? それなら早く行けよ。中卒かよ」
前世でどんなカルマを背負ったらこんなに口が悪く生まれてくるのだろうか?
正明「ポイントカード忘れたんだよ」
望代「……」
望代「どこにある?」
正明「金庫の中」
望代「はいまたウソ。普通ポイントカードなんて金庫に入れないし」
正明「オレは金庫に入れるし」
望代「……」
望代「いや、普通はポイントカードなんて……でも竹原ならバカだから……いやいや……」
正明「買ってきてやるから開けてくれよ。な?」
望代「……」
正明「カツ丼食べたくねーのかよ。な。絶対殴らない。神に誓って約束する」
正明「つーか。ガキじゃねーんだからカツ丼ぐらい普通に奢るっつーの。そりゃイヤだけど、家に入れないよりはマシだろ」
望代「……」
一呼吸ほど。
ほんの少しのシンキングタイムの後、
望代「ん」
ドアが閉まり、カチャカチャとチェーンを外す音が聞こえる。
正明「……ッ!」
瞳孔が開く。
望代「ん。いいぞ」
ドアの奥から合図の声。
まだ――まだだ。
逸るな。罠かもしれない。落ち着けれ。勝機こそ冷静に。
(落ち着け"れ"ってなんだよオチつけんのかよ落ち着けよカス!!!)
ドアが開いたらまずボディ。体が「く」の字に曲がった後、喉を突き泣き声を封殺する。その後もまた執拗に喉を突くんだ。喉!喉!喉!
完全に声を出せないことを確認してから……それからがお楽しみタイム!!!
この世に生まれてきたことをゆっくりじっくりたっぷり後悔させるんだ。
正明「開いたかい?」
望代「ん」
ゆっくりだ、ゆっくり。慌てて悟られたら全てが水疱。血走るな、目。鼻息よ、収まれ。
ドアノブをゆっくり回し、チェーンがないか確認する。
ガチャーーーン。
正明「……」
望代「……」
全く変わらず、銀色のチェーンがプラプラと目の前で揺れている。
正明「モッチー。チェーンがあったら入れないだろ~。も~お茶目なんだから~」
望代「てめえやっぱウソついてんだろ」
正明「うん? ボクがウソついたことある?」
望代「つーか、出前頼め。そしたらポイントカードもクソもないし」
正明「ハハハ」
ガチャガチャガチャ。
望代「あーん。乱暴にしないでー」
ブチッ。
正明「てんめえクソメンヘラの分際で舐めんなあああああ!!」
正明「あんぎゃああああああああああああああああ!!!」
ドアの隙間から手をねじ込むとそれを待ってましたとドアが閉める。
望代「あ? なんつったウジ虫。てめえ今モチのこと殴ろうとしたよな。なあ」
正明「してないしてないしてない! 望代ちゃん可愛くて襲いたくなっただけ! 望代ちゃん美人だからつい!」
望代「てめえその手がモチに通じると思ってんのかよ」
正明「開けろブス!! 開けろ! 痛い! 折れる! 開けてえええええええ! モチしゅきぃ! 愛してるからやめええええ!」
望代「ほっせえ右手だなおい。モチより細いんじゃねーの」
正明「いたいいたいいたたたたたたた! ボク繊細なの! 現代っ子なの! 細いの!」
正明「殺す! 絶対殺す! 100回殴って泣き叫んで許しを乞うても絶対に許さん!!!」
正明「もーーーーー許さん!!! てめえの顔面壁にくっつけた後、42.195kmフルマラソン完走するからな!!!」
警察「お前か!!!」
正明「呼びやがったなああああああああああああああああああああ!!!」
オレの税金で身体を鍛えている公僕は流石の運動量だった。
その日、長い長い深夜のマラソンが続いた。