第四章:記憶の限界、誓いの言葉
たどり着いた先は、展望台だった。
空はすっかり夜の色になっていて、遠くに広がる街の灯りが、黒い海のような夜に浮かんで、静かに瞬いている。
空には星がいくつか散らばっていて、それでもどこか、空虚だった。
響は柵にもたれかかるように立ち、遠くの明かりをぼんやりと見つめていた。
隣には、無言のまま立つシェイド。風が吹くたびに、コートの裾が揺れる。
「……きれいだな、街って」
ふと、響が呟いた。
「世界が終わるっていうのにさ。嘘みたいに静かで、こうしてると、
明日も当たり前に続くような気がしてくる」
「そうだな。人は、終わりを前にしても、いつもどおりに生きることを選ぶ。
まるで、それが生きるってことだと、知ってるかのように」
「お前、時々哲学者みたいなこと言うな」
響が苦笑する。でもその声は、ほんの少しだけ震えていた。
「……なあ、シェイド。お前、何か隠してるよな?」
「……どうして、そう思う?」
「なんとなく。直感ってやつ」
沈黙が落ちる。風の音だけが、耳に残った。
そして、シェイドは静かに視線を夜空に向ける。
「……俺の記憶が、少しずつ削れている」
「……え?」
「この身体は、君の記憶を守るために構成されてる。
だから、君の記憶を保持するために、俺自身のデータが後回しになっている。
結果として、俺の中から少しずつ、過去の記憶が失われている」
響は目を見開いたまま、声を出せなかった。
「でも、それでいいんだ。君の記憶が残るなら、俺はそれでいい」
「……待てよ、それって、お前が“消える”ってことじゃ……!」
「完全に消えるわけじゃない。けど、いつか君の隣に立つ“俺”じゃなくなる。
それでも、君のことは、最後まで——」
そこで、シェイドの言葉が止まった。
少しだけ、声が震えていたのが、響にはわかった。
「……お前、怖いんじゃないのか?」
「……怖いよ。
“人間のように死ねない”俺にとって、“記憶を失う”というのは、自我の崩壊に等しい。
それでも……俺は、君を最後まで守りたい」
そう言うシェイドの声は、確かに震えていた。
強くて、冷静で、どんな時でも揺るがないと思っていた相棒の、初めて見た“弱さ”。
でも、そこに宿っていたのは、決して壊れることのない“意志”だった。
響は少しだけ俯いて、拳を強く握る。
「お前がそこまでしてくれてるのに……
俺は、お前のこと、ちゃんと守れてるのかな」
「守るとか守られるとか、そういうものじゃない。
これは“誓い”だよ、響」
シェイドが言ったその言葉に、響の胸がぎゅっと締めつけられる。
「俺は、君を最後まで守り抜く。記憶を失っても、形を変えても、
何度でも君のそばに現れる。だから……」
夜空を見上げたまま、シェイドは静かに言葉を結んだ。
「だから、君は君のままでいてくれ。俺がどんなふうになっても、俺は“君の相棒”だ」
響は言葉が出なかった。
胸に溢れたものをうまく形にできなくて、ただ、小さく呟いた。
「……ありがと、相棒」
風の中に溶けていくように、その言葉は夜空に消えた。
でも、ふたりの胸には、確かに残ったままだった。