第三章:あたたかい言葉、遠くの記憶
街を抜け、公園の入り口にたどり着いた二人は、ゆっくりと足を止めた。
「……ここ、久しぶりかも」
響が呟くと、隣を歩くシェイドが、ふっと表情を緩めた。
「お前がこの場所に来るのは、たぶん……何年ぶりだろうな」
公園の中を進み、木々の影が長く伸びる中を歩いていく。
やがて、人気のないブランコとベンチが見えてきた。
「少し、座ろうか」
シェイドの言葉に、響は頷いてベンチに腰を下ろした。
その隣に、人ならざる存在も、当たり前のように腰を下ろす。
「……静かだね、今日は」
響がぽつりと呟くと、シェイドはわずかに目を細め、空を仰いだ。
「ああ。この静けさは……世界が終わる前の、静けさかもしれないな」
「……そんな怖いこと、さらっと言うなよ」
「怖がらせたいわけじゃない。ただ、"今"という時間がどれだけ貴重か、忘れないでいてほしいだけだ」
シェイドの声は、機械的ではなかった。むしろ誰よりも人間らしい。
響はその声を聞いていると、不思議と心が落ち着くのを感じていた。
風が吹き抜け、ブランコがかすかに揺れた。
「なあ、シェイド。……お前、俺のこと、ずっと見ててくれたんだよな?」
シェイドは視線を落とし、少しの間、言葉を探すように黙った。
「……ああ。オレはずっとお前のそばにいた。お前が笑うときも、泣くときも……壊れそうだったときも、全部」
「そっか……なら、俺さ。言いたいことがあるんだ。ずっと、言わなきゃって思ってて――」
その瞬間、空気が歪んだ。
目の前の景色がぐらりと揺れ、視界がノイズに包まれる。
響は頭を押さえて、小さくうめいた。
「……あ、あれ……?」
「響っ――!」
シェイドが響に手を伸ばし、肩を支える。
響の目は虚ろに宙を泳ぎ、喉の奥から言葉が詰まりのように引っかかって出てこない。
「言おうとしてた……何か……あったのに……思い出せない……!」
その顔に、悔しさとも悲しさともつかない、幼い表情が浮かんでいた。
「また……だな」
シェイドはぎゅっと歯を噛みしめた。
響の中にある「核心」に触れようとするたび、何かがそれを遮るようにして、彼の記憶を奪っていく。
「……お前は、オレに何かを伝えようとしていた。たぶん、それは――」
「わからない……怖い……忘れたくないのに……」
響の手が、震えながらシェイドの服の袖を掴んだ。
そのぬくもりにすがるように。
「大丈夫だ、響。オレはどこにも行かない。思い出せなくても、忘れてしまっても……オレはここにいる。ずっと、そばに」
響はその言葉に、小さくうなずいた。
でもその瞳は、どこか遠くを見ていた。
『ありがとう』と伝えようとしていた感情だけが、彼の中に確かに残っていた。
だがその瞬間――シェイドの視界にも、警告が走る。
「データ:共鳴領域喪失。記憶断片の破損を検出」
“また一つ、失われた”
いつのまにか、日が落ちかける時間になっていた。
シェイドは響の肩にそっと手を置いたまま、無言で夕焼けを見つめていた。
その顔には、人間のような哀しみが浮かんでいた。
シェイドは無言のまま、響の肩に手を置いていた。
ただその温もりだけが、確かにそこにあった。
「……すべてが終わる前に、ある場所につれていきたい。」
シェイドがそう呟くと、響は何も言わず首を縦に振った。
そして二人は、ゆっくりと歩き出した。