第一章:朝の目覚め
響が目を覚ますと、部屋の中はいつも通り静まり返っていた。
目を開けると、天井がぼんやりと見える。光が窓から差し込んでいて、まるでいつもと変わらない朝のようだった。しかし、何かが足りない気がする。
「おはよう、響。」
突然、頭の中に声が響く。それは、いつも自分の傍にいる存在の声だが、なぜかその声が、まるで遠くから聞こえるように感じた。
響は一瞬、立ち上がる手を止めた。
その声に覚えがあった。けれど、誰の声か、何も思い出せない。
「……誰?」
つぶやいたその言葉が、予想以上に自分の中で重く響いた。
「僕だよ。」
その声はいつもと同じ調子で答えた。
「シェイドだ。」
シェイド。名前だけは確かに覚えている。だが、顔も、どうして自分の側にいるのかも思い出せない。どこか不自然で、心の中にぽっかりと空いた穴が広がっていくような感覚がする。
響はゆっくりとベッドから立ち上がり、足元の感覚を確かめるようにして部屋を見渡す。
壁に掛けられた時計の針は、いつも通り動いている。窓から差し込む光も、変わりない。
でも、部屋に漂う空気が、どこか重たい。
その重さを引き寄せるように、シェイドの声が再び響く。
「今日は、世界が終わる日だ。」
その言葉を聞いた瞬間、響の胸が一瞬高鳴った。
「終わる? 世界が?」
今まで何度も聞いたことがある言葉のような気がするけれど、その実感が湧かない。
「そうだよ。今日、すべてが終わる。」
シェイドの声には、どこか淡々とした響きがあった。それがまた、響の心を掻き立てる。
「でも、どうして俺、そんなことを覚えてないんだ?」
響は震える声で言った。
「世界が終わるなんて…どうしてそんなことを、今初めて聞くんだ?」
シェイドは少しだけ沈黙をおいた後、静かに答える。
「きみがそれを思い出すのは、まだ早すぎるからだ。」
「早すぎる?」
「そう。」
「何もかも、きみの記憶に触れるのは、少しずつじゃなきゃいけない。」
響はその言葉の意味がよく分からなかった。
けれど、それが何か重大なことだというのは感じていた。シェイドが自分に与える影響を感じるほどに、何も思い出せないことが不安だった。
「シェイド、俺、君が何なのか、覚えてない。」
その言葉を口にした瞬間、響は全身に冷たいものを感じた。
「俺、君が何者か、全然覚えていない。」
けれど、同時に不思議と、シェイドがいないときっと何かが足りないと感じている自分にも気づく。
シェイドの声が、少しだけ優しさを含んで返ってきた。
「僕はきみのそばにいるだけだよ。」
「だけ?」
「そう、ただの存在さ。何も特別なことはしない。」
響はその言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、静かに窓の外を見る。
今日は、世界が終わる日。
でも、その理由が自分の記憶の中で浮かび上がることはない。
ただ、シェイドの声だけが、少しずつ心に響いていた。