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  作者: にゃみ3
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ソフィア・フォンレーヌ 2


 虐待と言っても、それは暴力ではなく精神的なものだった。


 ソフィアは愛されることも否定されることも無かった。与えられるのは、沈黙と指示だけ。

 ソフィアの世界は、ベロニカの感情一つで決まっていた。


 ――そして、ソフィアの説明をするうえで、最も欠かせない男。公爵令息ヴィンセント・アレンベール。

 彼は小説『きゅるりーん学園物語』の男主人公であり、ヒロインと結ばれるヒーローだ。


 ソフィアとヴィンセントは婚約関係にあった。二人の婚約はベロニカが推薦し、ソフィアが十三歳、ヴィンセントが十四歳の時に結ばれものだった。


 初め、ソフィアは婚約をしろというベロニカからの指示に「お会いしたことも無い方との婚約だなんて嫌です」と強く抵抗した。しかしそんなソフィアの反抗的な態度にベロニカは静かに告げた。


「……でしたら、あのお方と結婚されるしかありませんね」


 その男は、小説の中ではわずか数行しか登場しなかった。だけど、それでも印象の強さが凄くて記憶の奥底に残っていた。


『歳はフォンレーヌ侯爵と同じくらい。腹は膨れ、腐りかけのたまねぎのようなニオイをした男。女癖が悪く、過去に妻を四人貰っている』


 そんな地獄のような選択肢の前に、ソフィアはヴィンセントとの婚約を選んだ。

 そして二人の婚約は、あっけなく結ばれた。


 もちろん、それもソフィアの幸せのための婚約ではない。ベロニカはフォンレーヌ侯爵家だけではなく、アレンベール公爵家から金を搾り取ろうとしたのだ。


 読んでいた時は可哀想だな~、くらいにしか思っていなかったけれど、今となっては他人ごとではない。


 ソフィアは愛を知らずに育ち、与えられるべき優しさの代わりに、冷たい命令と義務だけを与えられてきた。ベロニカのもとで過ごした年月は、彼女から“普通の子供らしさ”を、少しずつ、確実に奪っていたのだ。


 そんなソフィアの心の拠り所となっていたのが、男主人公ヴィンセントだった。

 家族からの愛をひたすらに求めていたソフィアにとって、婚約者であり、いずれ夫婦になると言い聞かされていたヴィンセントに執着せずにはいられなかったのだ。


 しかし、ヴィンセントはソフィアになど興味の興の字も無く、貴族令息として礼儀正しくは接するものの、必要以上の関心を寄せることは一切なかった。


 ソフィアはそんな彼の心を振り向かせたくて必死だった。

 彼女は誰よりも愛を求めていた。実の家族からは捨てられ、血の繋がった伯母には支配され、婚約者は自分を見てもくれない。


(まだ15歳の少女だもの。愛が欲しくて欲しくてたまらなかったのよね……)


 そして、ソフィアの目に入ったのは彼の傍にひっそりと立っていた一人の少女だった。

 ソフィアと同じく、内気で影の薄い公爵令嬢アリス。彼女はヴィンセントの実妹だった。


 ――この子を使えば、あの人に振り向いてもらえるかもしれない。


 自分に全く靡かないヴィンセントを前に、ソフィアはヴィンセントが宝物のように大切にしていた妹に目を付けた。


『アリスさん、私と仲良くしましょう?』


 それは甘く、優しげな誘い。しかしその裏にある目的をアリスは知る由もなかった。


 友人があまりできなかったアリスにとって、表向きには人気者のソフィアと親しくなれたことはまるで夢のようなことに幸せに感じたのだ。


『どうか、私を見てください。じゃないともう二度とアリスとは関わりません。いいんですか? 妹が大切なんでしょ? 私が居なかったら、あの子は直ぐにまた一人ぼっちになってしまいますよ』

『お願いよお兄様。私、ソフィアさんとずっと仲良くしていたいの……』


 妹を何よりも大切に想っていた優しい兄、ヴィンセントは頷き、ソフィアが望む限り傍に居た。


 ──けれど、それも長くは続かなかった。

 アリスを不憫に思った小説の主人公フィオレッタ・ラヴァルが現れたのだ。


 フィオレッタは『それは友情ではないわ!』と言い切り、アリスに向かって手を差し伸べた。

 その後、フィオレッタからの熱い説得もあり、アリスは自らソフィアに別れを告げ、『もう私のことは気にしなくていい』とヴィンセントに言ったのだ。


『お願いですから私を見てください。私には、あなたしかいないんです……』


 ソフィアは跪き、涙ながらにヴィンセントに縋った。しかし、ヴィンセントはただ黙ったまま。

 そして、何とも不愉快そうな顔でソフィアに告げた。


『君は本当に可愛げが無いな。少しはフィオレッタ嬢を見習ったらどうなんだ』


 その言葉は、ソフィアの心に深く突き刺さった。


 そしてソフィアの心は完全に壊れてしまった。ソフィアは感情をあらわにし、全てお前のせいだと、フィオレッタを責め立てた。


 だが、『きゅるりーん学園物語』の主要キャラであるイケメンたちがソフィアの前に立ちはだかり、フィオレッタを庇った。


 孤立無援となったソフィアは学校を退学、ヴィンセントからは婚約破棄を突きつけられ……再びあの別宅へと、ベロニカと共に閉じ込められた。


(悪役になった脇役キャラにしては、可愛げのあるエンドだなと思っていたけど、改めて考えてみると、ソフィアにとってこれ以上ないほどの地獄だったのよね……)


 ヴィンセントに執着することなく、ただ学園生活を楽しんでいたら。自分よりも地位の低い伯母、ベロニカの話に頷くことなく戦っていたら。

 きっと、結末は変わっていたのに……。


「はあ、ホント鬱。なんでよりにもよってこっちなのよ。ソフィアじゃなくて、いっそのことフィオレッタなら……」


“どうして美愛ちゃんなの?”

“ほんと最悪、___ちゃんなら勝てたのに”

“美愛ちゃんじゃなくて、___ちゃんが良かった~”


 脳裏に、何度も何度も繰り返し私を悩ませた、あの言葉が再生される。


「ハッ……」


(いや、私がこの子を、ソフィアを否定してどうするのよ……)


 今更戻ることも出来ないし、前世に未練があるわけでもない。それなら、この世界でソフィアとして生きるのも悪くないかもしれない。

 

 それに……私は、キャラクターとしてはフィオレッタよりもソフィアを気に入っていた。

 自分とよく似た立場にある、この子のことを。


 私はベッドから起き上がり、ソフィアの部屋を探索する。

 何か情報になるものはないか。これからどう動くべきか、手がかりが欲しかった。


 『きゅるりーん学園物語』は、主人公フィオレッタを中心に進むストーリーだ。彼女以外の情報や人生は、ほんの数文の説明しかなかった。


 だから私はソフィアのことをあまり知らない。

 これではまるで、演技をしなければいけないのに、台本無しで舞台に立たされているようなものだった。


 そんな時、目に留まったのは一冊の本だった。

 淡いピンク色の革表紙に、金のインクで『ダイアリー』だと記されている。

 その下には、やわらかい筆致で小さく『ソフィア』と名前が書かれていた。


(これ、ソフィアの日記だ……!)



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