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  作者: にゃみ3
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プロローグ


 名門魔法学校『キャッスルスター学園』


 高くそびえる尖塔と、幾重にも連なる回廊。それはまるでひとつの城塞都市のようだった。

 生徒の多くは貴人であり、中には各国の王族までもが通うという。

 莫大な寄付金が注がれた学園は、外観だけでなく内部まで絢爛豪華。煌びやかなシャンデリアが輝く食堂、魔法書が積み上がる大図書館、さらには魔獣専用の厩舎まである。


 そして、その敷地の中心に位置するのが、キャッスルスター学園の名物とも言われる――薔薇庭園だった。

 朝露に濡れた無数のバラが、風に揺れながら甘い香りを漂わせている。

 その中心の石畳の小径で、二人の影が向かい合っていた。


 一人は背筋をぴんと伸ばした令嬢。

 柔らかなピンク色の髪は陽の光を受けてほのかに輝き、まるで一輪の薔薇のように、気品と愛らしさを兼ね備えていた。


 もう一人は、冷たい青の光を帯びた黒髪の青年。

 彼の髪は風に揺れるたびに宝石のような光を跳ね返し、整った顔立ちと相まい、どこか人間離れした神秘性すら漂わせていた。


 まるで甘いロマンス小説の一場面のように、完全に調和した美と静寂の空間。


「ヴィンス! 私のこと好きになりましたかーーー?!」


 しかし、そんな完璧な舞台をぶち壊すかのように令嬢は叫んだ。


「いいや」


 令息――ヴィンセントは表情を一切崩すことなく即答する。


「で、でも! ちょっとは可愛いと思ったでしょ? ほら見てください、このバレッタを! 可愛い私にピッタリだと思いませんか?」


 ふわりと揺れるピンク色の髪をハーフアップに纏めたベロア生地のリボンのバレッタを指差し、にこりと笑ってみせた。


「さあ」


(さあ? この男、さあって言ったの? こんっなにも可愛い私を見て? 私、今日は百点満点の仕上がりなのよ? まぁいつも百点満点だけど……!)


 じりじりと距離を詰めるように上目遣いで視線を送ると、ヴィンセントは小さく溜息を吐き、肩をすくめた。


「……まあでも、必死に嘘をつく君は可愛げがあるかな」


 ヴィンセントはニヤリと笑みを浮かべると、真っ直ぐに私の目を見たまま告げた。


「う、うそですか……?」


 ふいに落とされた一言に、思わずまばたきを忘れるほど動揺してしまう。一気に顔が青ざめる感覚までした。


「ああ、そうさ」


 静かで、底の見えない声。

 一歩、また一歩と、ヴィンセントはこちらに向かって歩いてくる。

 気づけば、あと数十センチの距離。ほんの少し手を伸ばせば簡単に触れられるほど近い。


「僕のことが好きだって、必死に嘘をつくところ」


 その言葉に、喉がひゅっと鳴った。

 ヴィンセントの口元が、ほんの少しだけ持ち上がる。

 その悪戯気な笑みに、心臓がドクンドクンと高鳴った。


 まるで、自分の嘘がその笑みに照らし出されていくようで……。


「……あ、あはは~! そんなまさか、私は本当にあなたのことが好きですよ? ヴィンス♡」


 作り笑いを浮かべながら、咄嗟に言葉を繕う。

 しかし、自分でもわかるくらいに声が震えてしまっていた。


(その全てを見透かしたような、私を小馬鹿にしたような顔は何?)


「ならば証明してください」


 甘く囁くような声。けれど、その瞳は試すように鋭い。

 視線を外そうとしたけれど、まるで捕えられたかのように動けなかった。


「……証明ですか?」


 なんとか声を出すと、自分の喉がひどく乾いていることに気づく。

 ぎこちなく言葉を返す私に、彼はすぐ頷いた。


「ああ」


 低く、静かな声。なのに、どうしてこんなにも心臓に響くのか。


「ど、どうやって?」


 ごくりと喉を鳴らしながら問うと、彼はほんのわずかに目を細めた。

 その仕草すらどこか優雅で、憎たらしいほど絵になっている。


 私の問いかけに、「そうだな……」と暫し考え込む素振りを見せた後、彼は口を開いた。


「キスでもしてみる?」

「へっ?」


 予想もしていなかった提案に、変な声が零れた。


「証明するんだろう? 本当に僕のことが好きだって」


 軽く言い放つその顔には、明らかに愉快そうな色が浮かんでいた。


(この男、完全に面白がっている……!)


「で、ですがそういうのは段階というものが……」

「段階? 僕たちは婚約者だし、段階なんて関係ないだろ?」

「そ、それは!」


 また一歩。

 距離が詰まるたびに息が詰まっていく。視界が、彼の顔だけで埋め尽くされる。彫刻みたいに整ったその顔が、近い。近すぎる。


「ほら、どうぞ」

「あ、いや、だからっ」


 ぐいっと手を取られた瞬間、頭の中が真っ白になる。

 びくっと肩が跳ねた。彼の手はあたたかくて、少しだけ力強い。拒む隙を与えないまま静かに迫る。

 睫毛の長さも、薄く笑む口元も、すべてが視界に焼き付くほどの至近距離。


(私、本当にキスしちゃうの? この男と今、キスを……)


 覚悟を決めて目を閉じる。

 瞼の裏で、鼓動の音だけが大きく響いていた。


 ……が、


 顔のすぐ前から、くすくすと笑う声が降ってきた。


「ははっ、ほんと、ソフィアはバカで可愛いね?」


 目を開けると、そこにはニコニコと楽しそうに笑うヴィンセントの顔があった。


「な、な、なっ……!」


 声が少し上ずったのが、悔しい。顔が熱い。耳まで真っ赤な気がする。


 私が手のひらで転がしてやろうと思っていたのに……どうして、どうして私が転がされているのよ!!


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