『ゆうきくん、大好き』と言った彼女の寝言で、校内の【ユウキくん】は眠れなくなりました!
「ゆ……ぅきくん、大好き」
大きな声ではない。だが、よく通る声が教室中に響き渡った。
暖かな陽気の昼下がり。満たされたお腹と子守唄のような現国の授業が、1人また1人と心地良い眠りへ誘う。
隣の席の眠り姫がつぶやいたのはそんな時だった。
クラスのみんなが一斉に目を覚まし、机に突っ伏す少女に注目する。
彼女の名前は小鳥遊水姫。高校2年。中高一貫の我が校のアイドル的存在で、中学部に入学して以来、学祭の人気投票では不動の1位を誇る存在だ。
「ちくしょー!『ユウキ』ってどこの誰なんだよ!」
「うちの学校の生徒なのかな?」
「名前だよな?苗字の可能性もないか?」
「多すぎて誰のことかわっかんねーよ」
放課後。
寝言とはいえ、彼女の爆弾発言は瞬く間に校内に広がり、「ゆうきくん」探しが始まったのだった。
僕はそれを横目で見ながらレポートを回収していると、小鳥遊さんが声をかけてきた。
「田中くん、それ、先生が準備室に持ってきてって」
日直だった僕と小鳥遊さんは集めたレポートを抱えて教室を出た。クラスメートの視線が痛い……。
「……おい、田中って」
「あいつも『ユウキ』、だったな」
そう。僕の名前は田中裕輝。「ゆうきくん」の1人なのだ。
「それじゃ、失礼します」
僕らは準備室を出た。
「田中くん、この後部活ある?」
「今日はないよ」
「それなら、駅まで一緒に帰らない?」
緊張のあまり何も話せない僕に反し、いろいろな話題を展開してくる彼女との時間はあっという間だった。
「バイバイ、田中くん」
笑って手を振る彼女。出席番号や席が近いこともあり、それなりに親しい関係だとは思う。だが、彼女は僕を名前で呼んだことはない。
(違う……多分、違う。絶対に違う!)
彼女の笑顔が頭に浮かぶ。
(でも、可能性はゼロじゃない!!)
そんなこんなで眠れない日が始まったのだった。
あれから1ヶ月が経過した。
全校の「ユウキ」は一様にゾンビのような顔色で登校している。皆不眠症に陥っているようだった。
玉砕覚悟で告白する者もいたようだが、未だ彼女の想い人は判明していない。
「田中くん、ずっと顔色が悪いけど大丈夫?」
小鳥遊さんが心配そうに声をかけてくる。寝不足が限界に達した僕は、ついに倒れた。
彼女の悲鳴と共にクラスが騒然となる。
「誰か先生を呼んでこい!」
「田中、しっかりしろ!」
その時だった。
「いやあ!裕輝くん、死なないで!!」
小鳥遊さんの声に、皆静まり返ったのだった。