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第三章 Session

 最初、神中洲の楽器屋二階のスタジオに集まったとき、普蕭は敢えてドラムセットに座った。

 ドラムスがなくてはバンドにならない。彼はそう考えていたからだ。


「A、Fm、D、E7。シンプルなコード進行で、リフもシンプルだ。まずこれで合わせてみよう」

 普蕭がそう言い、早速音合わせ。

 しかし惨憺たる結果であった。イタルが叭羅蜜斗に噛み附く、

「おい、おまえ、何だ、そのドコドコうるせぇベースは」

「テメーに言われたくないぜ。コードも知らねーギタリストなんて、聞いたこともねーぜ」

 確かにイタルのギターはまったく合っていない。すべてが。ノイズ以下だ。


 しかし叭羅蜜斗もルート音をヘヴィーに響かせるだけで、アンサンブルになっていない。よくこれでステージに立っていたものだ。いままでラフで荒っぽいサウンドのバンドにいたせいでパフォーマンスと思えていたものも、こうして聞くとひどいものだった。すぐ捨てられてしまうのも、もっともなことだ。


 十代前半から何年もやっていながらこの程度では根本的に音楽的センスがないとしか思えない。

 或る意味、イタルの方がましとも言えた。


「待てよ。

 はっきり言って二人、どっちもどっちだよ。叭羅蜜斗、ベースは重低音で迫力を出すためにあるんじゃない。アンサンブルの低音部を構成するものだ。さあ、いいかい? 叭羅蜜斗、まず君からだ。君の方がイタルよりは音楽に近いからね」


 イタルは自分以外なにものも存在しないかのように涼しい顔で和音をなさない弦を押さえ、不快なサウンドのリフを弾いている。

「よし、じゃ、叭羅蜜斗、合わせてみよう」

 ベースとドラムスで曲を演奏する。いくらかましな感じだ。


 そのとき、スタジオに〆裂がストラト・キャスターを担いで入ってきた。

「よお、どうだい?」

 そう言ってさっとギターをアンプに繋ぎ、レイジーなサウンドを奏でる。

 イタルが手を止めて、

「へー。いーじゃん。味だよ」

 そして普蕭の方を向きながら、

「そら、音が狂ってる。だから、いい味だ」

「イタル、君の調弦の狂いとは、ぜんぜん違うよ。〆裂のは少々弦が緩んでるんだ。

 しかしそれがわかるようになったのは進歩か・・・」


 イタルは再び自己流リフを弾き出す。叭羅蜜斗が怒鳴って言う、

「だから何なんだよ、その変なコードは」

 〆裂が豪快に笑った。

「楽しそうだな、叭羅蜜斗」

「冗談じゃねー」

 吐き棄てるように応える。

 普蕭が言った。

「さ、練習だ。A、Fm、D、E7。さっきの繰り返しだ」


 〆裂が提案し、

「具体的に曲をやった方がいい。

 チャック・ベリーはどうだい?」

「そうか。君は古いロックン・ロールしかやらないんだったね」

「そうでもないさ。

 ストーンズぐらいまでならOKだ」

「ああ、じゅうぶんさ」

 普蕭が手を振ってそう応えた。イタルを除く3人が『Carol』を演奏し始める。顔が紅潮し、叭羅蜜斗もすっかりご機嫌になった。

 汗をタオルで拭いながら普蕭が〆裂に言う、

「こんどのコンペ、出ようと思ってるんだ」


 〆裂は鼻先で笑っただけだった。

「コンペ?」

 イタルが訊き返す。


「そうさ。

 毎月、BSで出場権を賭けた競争competitionがあるのさ。そこで勝ち抜かなくっちゃステージには立てない」

 イタルが苦い顔をした。

「おれは嫌だぜ」


 叭羅蜜斗が眼を丸くする。

「何でだよ?」

「メジャーになりたくない」

 叭羅蜜斗は一瞬信じられないという表情で呆気にとられたが、すぐに腹を抱えて大笑いした。


「ばかじゃねえのか、何がメジャーだよ、田舎のライブハウスのステージにアマチュアバンドで立つくらいでよ。

だいたい、そんなに簡単にメジャーになんかなれるかよっ」


 イタルは赤面するどころか、苦い顔つきを、その真剣で冷静な表情をまったく変えなかった。

「嫌なのさ。メジャーになると腐っちまう。外ヅラになっちまうし、社交辞令の塊になっちまう。

オーディエンスや視聴者や読者や取引先や消費者や隣人や公衆や有権者や支援者や親類縁者や恋人やレジのお姉さんにも気を遣う。嘘を吐く。

 それが社会だ」

「意味わかんね~んだが」


 唇尖らせる叭羅蜜斗に、イタルは物憂い目つきで応え、

「考えてもみな。世の中、嘘だらけじゃねえか。

 企業の広告は嘘だらけだ。

〝皆様のために″〝お客様の笑顔のために″って言いながら、イメージアップして金を儲けたいだけだろ? 

 それとも企業は儲けないで全部寄附してくれるのか? 

 あるいはCEOを高級車で送り迎えをさせねーで貧乏人に分けてくれんのか? 年棒数億円ってのをやめて配ってくれるのか? 

 だいたいそいつは一人の人間の一生分を6ケ月で働けるのか? 

 でたらめだぜ。

 へっ、政治家も嘘つきだ。

 市民のため? 国民のため? 暮らしを守る? 総理大臣になりたいだけだろ? 権力が欲しい、利権が欲しい、ただそれだけだろ? 

 官僚も警察幹部も同じさ。

 ただ自分の身のためだ。言ってること、全部嘘じゃねえのか?

芸術家だって嘘つきだ。

あるのはただ肥大した自意識と屈折した自己肯定欲と、自己顕示欲とナルシシスムさ」


「ミもフタもねーヤローだな。

 ま、違っちゃいねーけどな」

「くだらねーことだ。

 つまり嫁が姑に本音を言っちゃ家庭が成り立たねーって程度の話さ。ふ。どいつもこいつも何もわかっちゃいねー。

 自分が誰だかすら知らないのさ」


「じゃ、おまえは自分を知っているのか」

「ふ。

 わかってたまるか」


 叭羅蜜斗が手を振った。

「OK、もういいぜ。

 別にかまわねーよ、BSの件は」


 黙ってギターをいじっていた〆裂が、

「いや。

 俺はいまのイタルの言葉を聞いて気が変わった。絶対、出るべきだな。当分の間、俺も参加するぜ」

 普蕭も静かに言う。

「そのとおりさ。僕の考えは最初から変わらない。やれるところまでやるだけだ」

 イタルはしばらく沈黙していた。


 そしてどうでもいいような口調で言った。

「いいぜ。

 どうなってもしらねーけどな」

 叭羅蜜斗が鼻でせせら笑い、

「ああ、念入りに頼むぜ。

 ベリー・ベリー・ウェルダンVery very well-donにな」


 その数日後、普蕭がBSのコンペにエントリーして帰って来た。普蕭のスタジオに4人が集まる。普蕭は家の敷地内にあった離れを、簡易な録音スタジオに改造してもらっていた。

「来週の木曜日だ」

「オレたち以外は誰がいる?」

 叭羅蜜斗がすかさず訊く。

RZD(リザド)だ」

 叭羅蜜斗が顔を顰め、〆裂がおかしそうに笑った。

 イタルが尋ねる。

「何なんだ」

天之翳廊(あまのかげろう)のバンドさ。

 若造だぜ」

「若造?」

「いや、僕らとタメだ。

 叭羅蜜斗が言いたいのは、イキがってるだけでチャライ野郎だってことさ。しかしそうではないと僕は思う。

 ダークなイメージだけど。

 そう言えば、ほとんど笑ったのを見たことがない。同じ学校だよ。君も知っているだろう。サイケな変わった音楽をやる。ナルシシストなところが鼻につくが、意外に面白いバンドだ」

「へー、それが〆裂が笑った理由か? 

 いったい、何があるんだ」


 叭羅蜜斗が肩をすくめた。

「大したことじゃない。

 奴はクズさ。だからクズ野郎って言ってやったんだ」

「おまえはほんとに暇なヤローだな。

 で、どこで、いつ言ったんだ?」

「奴がステージにいるときさ。

 おまえ、知らねーのか。去年、文化祭で講堂のステージにオレが上がって奴に唾を吐いたのさ」

「おまえ、マジでクズだな。

 ふ」


 普蕭が訊く、

「イタル、君はほんとに知らなかったのか?」

「あたりまえだろ?

 おれが文化祭の日に学校にいたと思うのか?」


 普蕭は手を振った。

「わかったよ。

 さ、練習しよう。BSで演奏する曲を決めるんだ」



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