刎ねる三日月
「あの三日月が見えるか」
「はい」
「戦場でも同じものが見えるだろう。その時これを思い出せ」
貴人を前に首を垂れ、しかし横目で三日月とそれを眺める横顔を見る。
生まれの差を考えれば到底考えられないような時間だ。
2人きり、天守にて月を眺める。
しかし月よりもなにより、お慕いする姫の方が何倍も美しかった。
「戦は民を踏みつけにするもの、長く続いてよいものではない」
「は、戦で親を亡くした某を拾って下った御恩、忘れた事はありませぬ」
「そう、まさにおぬしのような者を増やしたくはない。次の戦……負ければ妾はその次の戦の種となる。潔く自刃しよう」
「姫様それは……!いえ、そのような事にはさせませぬ。今こそ恩を返す時、頂いた刀とその腕で勝利を持ち帰りまする」
孤児から侍へ。
そんな化け方をしたのはひとえに姫様の慈しみゆえ。
生まれ故に揶揄する者が言った犬という呼び方は気に入っている。
拾われた野良犬は剣を覚えて忠犬に。
ならばこれから行うのは奉公というだけではない、これこそ命の使い道。
「命果てるまで戦い、負けた時……場所は違えど死ぬ時は共に」
「頼もしいな、我が忠犬は」
コロコロと笑う声と共に、伏せた頭に触れるもの。
後頭部を撫で付けるのは細い指、白魚のような繊細な手。
優しく後頭部から首筋まで撫でるその手は、こそばゆいが何と良い心地か。
これを生涯忘れる事はないだろう……
◆◆◆
しかし俺は死に損ね、勝者に飼われる事となった。
これもひとえに剣の腕の賜物、首を落とす能力を買われて処刑人としてだ。
前の飼い主の躾が良かったのだろう。
戦場で挙げた首級より多く、罪人を斬った。
今の飼い主に逆らった愚か者を淡々と斬り続ける。
これもひとえに臆病ゆえ、野良犬は所詮野良犬という事だ。
そんなある日、運ばれてきた巻藁は少し特別だった。
新しい支配者に異を唱え、賊に身をやつした1党だとか。
すなわち前の飼い主。
これはつまり「今後も飼われたくば……」というやつだ。
逆らう道理もない、次々斬る。
その中に1人、女が居た。
深く伏せた顔は伺う事が出来ないが、長い髪は使い込んだ筆のようで、しかしかつての美しさの名残があった。
つまり彼女も自刃出来ずに生きさらばえたという事。
俺だけが約束を守れていなかった訳ではないと安堵する。
これも変わらず落とせばよい。
いつものように振り上げて、狙い違わず首へ落とす。
その刹那。
振り下ろされた刀の輝きに、あの日眺めた三日月を見た。
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