隣の席の女の子が幼馴染だったらしい…覚えてないけど。
僕、結城 翔二は今年から高校に入学した、普通の高校生だ。だいたいこういう語りから入るやつは超天才だとか、実は昔なにかで活躍してたとか、そういう大層な過去を持ってるものだが、もちろん僕は違う。
運動は平均、学力は学内なら平均ちょい上、運は悪い。そんなどこに出しても恥ずかしくない普通の男子校高校生、それが僕だった。
今日は入学式。式典の校長の話はリオ○ウスが空にいる時間より長いと相場が決まっているが、我が校のそれは短く、在校生にも好かれているようだった。
入学式を終えれば、教室で生徒のみんなとご対面だ。僕は交友関係も普通(友達の数という意味だ)なので、高校でも仲の良い友達が数人できれば十分だと思っている。
恋愛もいつかはしてみたいとは思うが、今のところそんなことを考えたことはなかったし、まだそのつもりもなかった。
さて教室に入り席を確認すると、僕の席は窓側一番うしろ、ラノベ主人公専用席だった。僕がこの席に座るのはおこがましい気がしないでもないが、名前が結城なんだからこんなこともあるだろう。
「しょう君?」
人生一度きりの高校生活、せめて悔いのないように過ごさないとな。
「しょう君だよね?」
隣の席の人はひとりごとが多いな。ちらと視線だけでそちらを見ると、至近距離に可愛い女の子が。いや、え?
「無視しないでよ!!悲しいじゃない!結城翔二くんでしょ?」
「うん、そうだけど…」
「私よ!野花 桃子!昔一緒に遊んでたでしょ?すぐに引っ越しちゃったけど…」
「ああ〜!」
「やっと思い出した?高校でもよろしくね!しょう君!」
「ええと、やっぱどちら様ですか??」
「え?」
* * * * *
僕とこの子、桃子ちゃんは昔からの幼馴染みだったらしい。おかしい、全くそんな記憶がない。でもこの子は僕の名前と昔のあだ名を知っているし、昔好きだった食べ物と小学校の頃の友達の名前まで知っていた。
流石にここまで話を聞いて信じないわけにもいかないだろう。というか覚えてないことに罪悪感が湧いてきた。
「ごめん、憶えてなくて。これからよろしくね、野花さん。」
「うん!またよろしくね!しょう君!」
なんか昔知り合いだったとはいえ好感度高くない?心配になってくるな…
でも忘れてるのが全て悪いので何も言えない。
「野花さ」
「ももちゃん」
「え?」
「ももちゃんって呼んで?昔はそう言ってたから!」
「それはちょっと…せめて桃子じゃ駄目?」
「んー、まぁいっか!」
納得してくれたみたいだ。どうもこの子といると距離感がバグる。パーソナルスペースが狭くて人懐っこい性格のようで、割とスキンシップが多くこちらもドギマギしてしまう。勘違いしないようにするのが大変そうだ。いや少なくとも悪い印象は持たれていないようだから勘違いというのも変な話かもしれないけど。
入学してから一月経った。それはつまり桃子と会ってから一月ということでもある。この期間で仲良くなった自覚もあるし、僕自身もかなり気を許していると思う。
しかしここ最近になって時折見せる桃子の思い悩んだ表情が僕の心を揺さぶっていた。
* * * * *
ゴールデンウィークに入り、暇な日が増えた。まだ一年生であることから課題も少なく、密かな趣味であるゲームをして時間を潰していると、桃子から連絡が来ていた。(連絡先はいつの間にか登録されていた)
「しょう君、明日暇?」
「暇だけど、どうかした?」
「よかったら私と遊園地いかない?」
「最近知ったんだけど、親が株主みたいで」
「いかなきゃもったいないじゃん!」
「良いなら明日朝九時に駅に来てね!」
怒涛のラッシュだ。返信する暇もない。もちろん僕は暇なので行かないという選択肢はない。しかし、これはいわゆるデートというやつなのではないだろうか…最近読んだラブコメで友人キャラが「男女で一緒に出かけたらそれはもうデートだぜ!」とか言っていた気もする。
桃子は美少女であることに間違いないし、あまり気にしてはいないがクラスのみんなからの人望も厚い。そんな子から遊園地に行こうと言われてしまってはテンションが上がるのも仕方がないことだろう。一応男子高校生だ。思うこともある。
翌朝、集合の五分前に駅に着くと、既に桃子が待っていた。さすがにチンピラに絡まれたりはしていないようだ。ラブコメでヒロインがチンピラに絡まれる確率はほぼ100%と言い切っていいと思っていたが、やはり僕の場合はそこも普通で少し安心した。
「お待たせ」
「私も五分くらい前に来ばっかりだから気にしないで!それじゃ行こっか!」
桃子は僕の手を引いてどんどん進んでいく。元気だなと微笑ましくも照れ臭くもある反面、どこか焦っているようにも思えた。
夜10時、遊園地で丸一日遊び尽くした僕たちは、帰り道駅の近くの公園のベンチに座って話していた。
「今日は楽しかったよ!来てくれてありがと!」
「こっちこそありがとう。ただで遊園地に来れるなんてラッキーだよ」
忘れかけてたが今日の遊園地は桃子のおごりみたいなものだ。こんな可愛い子とただで遊園地に行ったなんて知られたら恨まれそうだな。
「しょう君」
「ん?」
「今日はね?しょう君と遊園地に来たかったのもあるけど、言わなきゃいけないことがあるの。」
桃子は急に神妙な表情を見せるとそう言った。月が雲に隠れ、あたりが一層暗くなった。普段の桃子とは考えられないほど重い雰囲気だ。
「私・・・なの・・・」
「え?ごめん、聞こえなかった」
「私、しょう君にずっと嘘ついてた悪い子なの‼」
桃子は大声でそう叫ぶと急に背を向けて走り出した。
まずい、前が見えてない。桃子は下を見ていて気付いていないが、走っていった先は道路だ。このままだと危ない!
「桃子!」
僕は精一杯手を伸ばし、桃子を抱き寄せた。そのすぐ前をトラックが走り去っていった。
「桃子、大丈夫か?怪我はない?」
「うん・・」
どう見ても大丈夫ではなさそうだ。顔色も悪いし、いつの間にか顔が涙でぐちゃぐちゃだ。とりあえずカバンに入れていた予備のハンカチを渡す。
「それで、どうしたんだよ」
「……」
その10秒にも10分にも思えた静寂は、桃子がゆっくりと口を開いたことで破られた。
* * * * *
私の一目惚れは、小学校一年生のときだった。いや、今思えばその時はまだその感情に名前はついていなかったのかもしれない。ただ、私がしょう君のことを入学当初から目で追っていたのは確かだったし、ほとんど話したこともないのに頭の中で勝手にしょう君と呼ぶくらいには私の中でのしょう君の好感度は高かった。
そんなある日、私がしょう君をぼーっと見つめていたら、クラスのよく騒いでいる男子グループに絡まれた。ものをとられたり、よくわからない噂を吹聴されたり、そんな具合だ。
理由はよくわからない。私の昔の性格が引っ込み思案だったせいかもしれないが、ほとぼりが冷めた頃に友人に聞いたら、「あ〜まあ桃子だしね〜」と軽く流された。
それはともかく、そんな時助けてくれたのがしょう君だった。当時ほとんど話したこともなかった私を、クラスの中心にいたグループから守ってくれた。そんな小さいことでも、既に崩れかけていたわたしの壁は簡単に崩れた。
当時口数も少なく話しかけることもできなかった私は、それでも頑張って話しかけようとしたものの、できないまま、私の親の都合で引っ越してしまった。
高校入学と同時に帰ってきた私は、同じクラスに見知った名前を見て驚いた。やっぱり驚いたという表現では表せない。ドキドキして心臓が裂けそうになった。
あんなに好きだったしょう君が同じクラスにいるのだ。顔も変わってないし、間違えるはずがない。でも、小学生の時のことなんて、しょう君は覚えてないだろう。それなのに急に話しかけてアピールしても逆に警戒されてしまうかもしれない。
そう思った私は、幼馴染みだったという嘘を使ってしょう君に話しかけた。昔のしょう君の事はずっと話に聞き耳を立てていたから少しは知っているし、引っ越していた期間で可愛くなった自覚はあるし努力もした。
罪悪感はあった。でもそれより何倍もしょう君と一緒にいたいという気持ちと、今嘘を打ち明けて嫌われてしまうのが怖くて、この関係を続けてきてしまったのだ。
遊園地に誘った理由は、この嘘をついていたことを謝って、昔のお礼をしたかったからだ。でも打ち明けようとした途端、怖くなってしまった。
しょう君に嫌われるのが怖くて、関係が崩れることが怖くて、あろうことかしょう君から逃げ出してしまった。勝手なのはわかってる。最初から、しょう君に嘘をついて近づいたのも私のエゴだ。だから私は、悪い子なんだ。
* * * * *
そっか。桃子の話を聞いて、最初に思ったのはそんな幼稚な納得だけだった。前から疑問は抱いていても気づかないようにしていた。そりゃクラスの可愛い女の子とあんなに仲良くしていて嬉しくないわけはなかったが、不自然ではあったのだ。確かに小学生の頃いじめられていた(と当時は思っていた)女の子に声をかけた気はする。それがこんなことになる理由にはならない、とは言えない。体験ではないが、小さなことが自分の中では大きな意味を持つこともあるというのはよく分かっている。
桃子は今、苦しんでいる。自分がしてしまったことと自身の気持ちに両側から引っ張られているんだ。だから今、僕がすべきことは今感じた気持ちをそのまま、ありのまま伝えてあげることだ。
「ねえ、桃子」
「・・・」
「僕は君が好きだ」
「え?」
桃子の顔が弾かれたように上がる。言われたことを消化しきれていないのだろう、そんな様子に苦笑しながら、翔二はまた言葉を紡ぐ。
「だってそうだろ、一ヶ月可愛い女の子とこんな関係を続けて、好きになるなってのも変な話だろ?こっちはちょろくてモテない男子高校生だ」
「でも、私は最初からしょう君に嘘をついてたし、一緒にいた時は私のいいところだけ見てもらおうって・・」
「そんなん普通のことだろ。誰だっていいように見られたい、誰かに嫌われたくないって思うもんさ」
「でも、でも・・・」
「許すよ。桃子が僕についた嘘も、昔お礼を言えなかったことも。そもそも悪いとは思ってないけどさ、でも、それでも許すよ」
それは今、桃子が一番欲しい言葉だった。許して欲しい、なんて言えなかった、言いたくなかった。でも他でもない翔二に許して欲しい、そしてまた仲良くなりたい。そうした気持ちは確かに桃子の中にあった。だから今、翔二の言葉は、桃子の胸に深く、深く突き刺さった。
「うっ、ぐすっ」
「泣くなよ、泣かしてるみたいじゃん」
「みたいじゃない、泣かしてるのっ」
桃子はなりふり構わず、翔二の胸に飛び込んだ。もう顔も感情もぐちゃぐちゃで、自分が何をしているのかもよくわからない。それでも確かに軽くなった心と、十年近く抱え込んでいた恋が桃子の体を動かしていた。
「好きです」
「ずっと、ずっと好きでした」
「付き合ってください」
数秒、場を静寂が支配する。聞こえてくるのは時たま通る車の音と、二人の息遣いだけ。
「なんでそんな緊張してるんだよ。僕の答えはさっき言っただろ?」
「もう一回、しょう君の口から聞きたいの・・ちゃんと聞いとかないと、自分が信じられないから」
「僕も、好きだよ。こちらこそ、付き合ってください」
桃子は、翔二の腕の中でびくっと震えたかと思えば顔をあげ、顔を真っ赤にしてまた俯いた。
「もしかしなくても、照れてるだろ」
「だって、だってぇ・・」
「分かったよ、好きなだけこうしてな」
「うん、ありがと」
二人は、そうして満足するまで抱き合っていた。
* * * * *
この日から僕たちは晴れて恋人という関係になった。ももちゃんは明るいし、今はより毎日が楽しいと思える。いいことづくめだと思っていたけど、一つ問題がある。クラスの連中に思いっきり冷やかされることだ。でもまぁ、悪いものではないみたいだし、ももちゃんも満更じゃないみたいだし。うん、やっぱり、自信を持って言える。今の僕たちは幸せだって。




