第21話 二つの本
ジルは少しずつではあるが、日々の生活にも慣れてきて、そしてソフィ達への接し方も変わってきた。
それまでよそよそしかった様子が少し柔らかくなったような、気を許し始めたようなそんな雰囲気に変わっていった。
「ソフィ、そこにあるミルクを取っていただけますか?」
「ええ、珍しいわね」
「え?」
「だって、ミルクが昔から苦手だったのに……味覚は変わるのかしら」
「そうだったのですね、最近カフェオレの美味しいお店を教えてもらって、それで好きになったんです」
そう言いながらミルクをたっぷり入れたカフェオレを飲む。
幼い頃から、ミルクは嫌だ!と駄々をこねていた時を知っているからこそ、なんだかソフィは不思議な感覚に陥る。
(大人になってから味覚が変わることがあるっていうけど、記憶がなくなってかわることもあるのね)
そんな風に思いながらソフィはストレートの紅茶を一口飲んだ。
そう言えば、という感じで思い出したソフィはジルに問いかける。
「ジル、この後街に出かけない?」
「すみません、今日は少し用事がありまして」
「そう……じゃあまた今度行きましょう」
最近楽しそうに街に出かけるジルをよく見かけていたけど、何か刺激になったのかしら、とソフィは思っていた。
ソフィと街に行った以来、よく外出もしていたため、積極的に思い出そうとしているのだと、感じている。
◇◆◇
いつも通り紅茶を飲みながらゆっくりと一人で本を読んでいた時、いつもの本屋に本の取り寄せをお願いしていたことを思い出した。
「あっ! そろそろ届いたかしら!!」
気分もどんどん高まり、ソフィは外出準備をしていつもの本屋に行くことにした。
馬車に揺られているときも取り寄せしていた本のことを思い出してワクワクする。
取り寄せしていた本は二つあり、一つはソフィが国内では絶版となってしまったものをそこの本屋の伝手で取り寄せてもらっていた物語の本。
もう一つはジルのためにと、新刊の物理学の本を取り寄せしていた。
自分の本も楽しみだが、その本を渡した時のジルの笑顔が見れることが楽しみで、想像するだけで気持ちが高ぶる。
足取りも軽く本屋に行くと、なんとCLOSEの看板が出ていた。
(あら、珍しい……)
ここの本屋はめったに休みを取ることがなかったため、今日もやっているだろうと思っていたのだが、運が悪かったようだ。
また出直すしかない、とふと馬車のほうに向いたその時、ソフィの視線の先に、二人はいた──
「なんで……」
馬車の後ろには最近出来たカフェのようなものがあり、そこではジルともう一人、先日会った本屋のオーナーの孫である女性がお茶をしていた。
二人は仲睦まじそうに笑いあっており、カフェの椅子も心なしか距離が近い。
ああ、そうか、先日のざわざわっとした感情はこれの前触れだったのかもしれない。
ソフィはしばらくその場所から動くことができなかった──
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