第20話 本屋での出会い
ソフィとジルは馬車に乗り、比較的近くにある街へと向かっていた。
ジルはぼうっと外を眺めながらもどこか街に出ることに緊張を覚えているようなそんな面持ちをしているようにも見える。
「不安?」
「いいえ、あなたとの外出が楽しみで」
「──っ!!」
ソフィは思わぬジルの言葉にドキっとして少し顔を赤らめてしまう。
(ジルはそんな気なんてないはずなのに、前のジルを思い出してしまうわ……)
記憶がなくなって前までの婚約者の意識があるジルではないのに、ふとした時に優しくてほんのり甘い言葉をかけるところにいつものジルを感じてしまう。
馬車の外を見つめて少し微笑んでいる横顔に、ソフィは思わず見とれてしまう。
(でも、こんなに近くにいるのに、少しだけ寂しいなんて。贅沢よね……)
本心では記憶がなくなってしまったことに寂しさを覚えてしまい、それでも、そんな気持ちをぐっと押し込めてしまうソフィだった──
◇◆◇
馬車は一件の本屋の前で止まり、ソフィは本屋の扉に手をかけてゆっくりと開く。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
ソフィはいつもと違う雰囲気で迎えられたことに気づき、言葉を続けた。
「あら、いつものおばあ様は……」
「あ、もしかして、ソフィ様でしょうか? オーナーは少し店を離れておりまして」
「そうでしたか」
すると、ソフィたちを迎えた少しソフィたちより年上の女性はもしかして、というように眼鏡をくいっとかけ直して尋ねる。
「ソフィ、様でしょうか?」
「え? ええ、そうです」
「そうでしたか! 実はオーナーは私の祖母でして、祖母からソフィ様のお話をたくさん聞いていたのです!」
「お孫さんでしたか。いつもおばあ様には大変お世話になっております」
「こちらこそっ! お世話になっております!!」
お互いに深々とお辞儀をすると、ソフィはジルに声をかける。
「いつもここのおばあ様にお世話になっていてね、ジルもよくここで本を選んでいたのよ」
「そうでしたか。少し見て回ってもいいでしょうか?」
「ええ」
ジルはそう言うと店内にある物理学の本があるコーナーへと真っ先に向かって行く。
コーナーといっても、小さめの本屋であるため数百冊もなく、あっても十冊程度なのだが、常に新しいものや珍しい本を仕入れているため、本好きには有名な場所だった。
もちろんソフィもそんなこの本屋が大好きで通っており、挨拶を終えると昔の物語や伝記を記した本のあるコーナーへと向かった。
この本屋の特徴と言えば店主が背の低い妙齢の女性だったからか、女性でも手が届く範囲や高さに本が陳列されていること。
ソフィはいくつかの本屋を巡っていても、自分で取れない本もあり、その都度店主の男性やジルに取ってもらうことが多かった。
(ジル、いつも本を取ってくれたのよね……)
そんな思い出が自分の中で色褪せずにあることが嬉しくもあり、今は自分に背を向けて熱心に本棚を見つめる彼の背中を見て寂しくもあった。
「物理学がお好きなんですか?」
「ええ、そうだったようです」
「?」
(あ、記憶がないということを知らないから困ってるんだわ)
ソフィは慌ててジルと女性に話しかけようとすると、意外にも少女はそのまま話を続ける。
「記憶がないのですか?」
「ええ、でもなぜ……」
「先程からのソフィ様との会話やあなたの行動からなんとなく……半分は確信がなくて聞いてみたのですが」
「はい、先日事故の衝撃で記憶を失ったようで」
「私は元々この街から離れた地で医師をしておりまして、もし困ったことがあればいつでも言ってくださいね」
「そうでしたか、ありがとうございます」
医師と名乗る彼女の存在に安心を覚えたソフィだったが、なぜか心がぞわぞわとした。
(なに? この気持ち)
楽しそうに会話を続ける二人を見ながら、胸を押さえて、そして目を逸らしてしまうソフィだった──
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