第18話 失われた記憶
「おそらくショック性の記憶障害ですね」
「記憶、障害……」
ソフィは医師の診断を聞き、目の前が真っ暗になるようなそんな気がした。
ジルはあの日無事に家に戻ってきたが、ソフィのことどころか家のこと、そして自分自身のことも全て忘れていた。
「それは治るんでしょうか?」
「我々にはなんとも。記憶障害に関しては治療薬がありませんので、ジル様の回復を祈るしか」
「そうですか……」
ソフィは医師がジルの診察を終えて部屋を後にすると、その場で倒れ込むようにしゃがんだ。
「ソフィ様っ!」
メアリーがさっとソフィの身体を支えるようにしながら、背中に手をあてる。
「ごめんなさい、ちょっとめまいがしただけ」
そう言いつつも、ソフィはジルの心配をして寝ずに祈るようにして彼の帰りを待っていたこともあり、身体が疲れを感じていたのは確かだった。
さらに言えばそこに記憶障害という大きな問題も判明し、ソフィはこの先どのようにすればよいのか、という不安に押しつぶされそうになっていた。
「(でも、私がしっかりしなければ。ひとまずおじ様とおば様に相談して……)」
ソフィはジルの両親のもとへと急いで向かい、ジルについての相談をすることにした。
◇◆◇
「ジル、入るわね」
「はい」
ソフィはノックをしたあとにジルのいる部屋へと入る。
ジルは自分が何者かもわからず数日は困惑していたが、その後はなんとか自分が公爵令息であることは理解した。
しかしながら、もちろん今までの育ってきた思い出、人との関係、家族との関係、そして婚約者であるソフィとの関係も彼の中では今はないため、他人のようなよそよそしい会話がなされている。
「明日からは食事はみんなでダイニングでどうかしら? そのほうが何か思い出すかもしれないし」
「はい、僕は問題ございません」
「ええ、じゃあそうしましょう」
いつも聞いていた『僕』とは明らかに違う、どこか自分に自信のないようなそんな弱々しい言い方にソフィは胸が痛んだ。
「そうだ、これ退屈しないようにって本を持ってきたの。よかったら読んで」
「ありがとうございます。読んでみます」
ソフィは持ってきた分厚い本を3冊ほど渡すと、ベッドの横にある椅子に座って話を続ける。
「もうどこも痛くない?」
「はい、皆さんのおかげですっかり良くなったようです。ただ、何も思い出せず、申し訳ございません」
「いいえ、大丈夫よ! すぐに思い出すわ」
「早く幼馴染であるあなたのことも思い出せるといいのですが……」
「無理はしないでいいから、ゆっくりよ」
そう言いながら窓の外を眺めるソフィ。
外にはいつも庭を手入れしている庭師のひとが作業をしており、庭師のひとがソフィに気づいて深くお辞儀をする。
しばらく静かな時が流れたあと、ふとジルが呟いた。
「僕のこの指輪は婚約指輪でしょうか?」
「え?」
思い出したのかもしれない、ソフィは期待を胸にジルのほうへと振り返った。
まじまじと自分の指にはまる指輪を見て、苦しそうな表情を浮かべる。
「僕は大切な恋人の存在さえ忘れてしまったのですね……」
その言葉にソフィは何も言えず、ただジルの手を握っていることしかできなかった──
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