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ヘタレ魔王は今日もイキりたい。

 

 次の日。

 使えるようになった勇者の指輪で、僕たちが向かったのは、なんと魔王領(エルケニアート)だ。相変わらずの派手な入口に、目がチカチカしてくる。

 ちなみに剣士たちは明け方に別れたから今はいない。


「ここって……」


 シスターが両手に子供を連れたまま、辺りを物珍しそうに見渡している。なぜか魔法使いが自慢気に両手を広げた。


「なんと聞いて驚け!ここは……あー、知り合いが治める領地だ」

「なんか歯切れの悪い答えだねぇ。大丈夫なのかい?」

「ボランティア大好きな奴だから、助けてくれるさ」


 確かに、あいつなら困ってる人を、特に子供なんかは放ってはおかないと思う。それにしたって、いつも都合よく使いすぎだとは思うんだけど。

 初めて見る光景に、子供たちは皆目を輝かせている。確かに喜びそうな装飾や建物がいっぱいだけど、遊ばせるにはお金が……と考えていると。


「団体さんが来たと聞いて来てみれば……。なぁにが“助けてくれるさ”ですかぁ。俺を誰だと思ってるんですかぁ」

「あ、魔法剣士さん!」


 いつもの爽やか笑顔でなく、すごくすごく面倒くさそうな顔の魔王が、賑やかな街から歩いてきた。どう見ても嫌そうだけど、子供たちを見てそれとなく事情を察したのか、近くの受付嬢に何か言っている。受付嬢は笑顔で頷いて、


「いい子の皆!お姉さんが楽しい楽しい娯楽の国を案内しちゃうよ!」


 と元気に手を上げて、子供たちを街中へ誘導していく。それをシスターは少し不安げに見送っていたけど、その視線が魔王へと移動した瞬間、その目が大きく開かれた。


「アンタ……」

「……げ!し、ししししし師匠!?」


「師匠!?」


 全員の声が揃った。

 てか、どういうこと?シスターが魔王の師匠?つまり……超魔王ってこと?

 魔王が面倒くさそうな顔から、途端に余裕が消えて、額から汗が吹き出してくる。視線をシスターに合わせようともしないし、余程シスターが苦手なのかも。


「おおおおお久しぶりですねししししし師匠」

「アンタあれからどうしてたんだい!先代魔王を倒したの、アンタらなんだろ?“白の国”のお偉方は、名のある騎士が倒したとかなんとか御触れを出していたが、あんな腑抜けどもにそんな大層なことが出来るもんかい!」

「まままま待って師匠!言わないでぇぇえええ!」


 魔王は頭を抱えて座り込んでしまった。

 ん?先代魔王を、倒した……?


「シスターババア、何言ってんだ。こいつは今代の魔王で、ただの腑抜けた見栄っ張りだぜ?」


 ため息をつく魔法使いを、武闘家が腰に手を当てた格好で睨みつけた。


「ちょっと魔法使いさん。確かに魔法剣士さんは見栄っ張りでヘタレですが、本当のこと言ったら傷つきますよ」

「武闘家、武闘家。もう傷ついてるよ」


 コソコソと話す勇者の声ももちろん聞こえてる。魔王は恨めしそうに勇者をちらりと見て、それからシスターを恐る恐る見上げた。


「師匠。なんでこの子たちと一緒にいるのさ」

「なんでも何も、孤児院が燃えちまってね。そしたら、この馬鹿がアテがあるって言うから来たんだよ。勇者の指輪、白髪の坊やのだろ?まさかとは思ったんだけどねぇ」

「まじかぁ……、まじか……」


 これまで見たことないくらいのヘタレっぷりを見せつけて、魔王は「いいよ、面倒みるよ……」と深くため息をついた。それから立ち上がって街を指差しながら、


「とりあえず、こんな場所で話すのもなんだし、よければどこか入ろうか。今日は予約入ってないし、特に予定もないからね」

「あー、つまり暇人なわけだ、魔王サマは」

「君さ、もうちょっと年上を敬うことを覚えようよ。あと五センチくらいの気持ちでいいからさ」


 それを言われて魔法使いが聞くとは思えないけど、魔王には魔王なりのプライドがあるんだろう。てか五センチくらいの気遣いってなんだ?


 適当なカフェに入ると、魔王は店員に「奥を使わせてもらうよ」と僕たちを案内してくれた。好きなものを頼んでいいと言われたから、各々飲みたいものや食べたいものを注文していく。魔法使いだけが遠慮なしに頼んでいくのを見て、魔王が深くため息をついた。

 注文したものが揃ったところで、魔王は「それで」と話を切り出した。


「孤児院が燃えたのはわかった。そのことと、なんで師匠が関係あるのさ」

「そりゃあアタシが面倒見てるからに決まってるだろう。アンタらと別れた後、アタシはある村でこの馬鹿を拾ってね。強くなりたいって言うから一緒に生活しつつ、同じような子たちを集めて孤児院を開いたんだよ」


 魔王は「へぇ……」とジト目で魔法使いを見た。当の本人は食べることに夢中だ。エルはスイーツに囲まれてご満悦だし、武闘家もでっかい“ぱふぇ”なるものに満面の笑顔だ。


「あの、魔法剣士さんとシスターはお知り合いなんですか?」


 勇者がパンを千切りながら二人を見る。「あぁ、まぁ……」と答えたくなさげな魔王とは反対に、シスターは「そりゃそうさ」とカップに口をつけた。


「十年前、少しの間だけだったけど、一緒に旅をしていたからねぇ。弱くて自分の身すら守れないガキだったから、鍛え直してやったのさ」

「あ、あの師匠、その辺で……」

「弱っちいくせに口だけは一人前でねぇ。魔法の“魔”の字すら使えないのに、よく“僕の魔法は勝利の魔法だ”なんて言っててさぁ」


 シスターの言葉に、魔法使いが吹き出した。武闘家が「魔法使いさん!」と怒鳴るけれど、魔法使いはそれどころじゃない。


「おいシスターババア!どーゆーこった!」

「どういうも何も、あの絵本はアタシが書いたもんだからねぇ。モデルはそこの魔法剣士さ」

「ねぇ師匠、ちょっと語弊があるよ?あれ一回しか言ってないよね?ねぇ!?」


 なんだかもうゴタゴタしてるけれど、つまりはあれだ。

 魔法使いは絵本の主人公に憧れてて、そしてその主人公は、散々ヘタレだの見栄っ張りだのと馬鹿にしてきた魔法剣士だったわけだ。うわぁ……、色々知りたくなかったなぁ。


 勇者が千切ったパンをミルクに浸して、それからそれを食べやすいように別の皿へ移した。僕に「賑やかだね」と笑う姿は、何も考えてないのか。それとも内心、魔王の恥ずかしい過去を知れてシメシメと思っているのか。

 パンをもぐもぐしながら、僕はこの、何を考えているのかわからない笑顔を見つめた。


「ところでシスター、さっきの魔王を倒した話なんですが……」


 どうやら覚えていたらしい。サラダを取り分けながら、勇者はシスターに首を傾げてみせた。


「あぁ。まぁ、華々しい凱旋をしたわけでもないしね。いつの間にか魔王は倒されて、そしてそれは、五人の若者によって成し遂げられたと言われている」

「でも“白の国”では、その若者は騎士だったと御触れが出たんですよ。もちろん各国では、そんなはずはないと様々な意見があったのですが……」


 ぱふぇを完食したらしい武闘家が「ごちそうさまでした」と手を合わせた。黙って話を聞いていた勇者の顔が、次第に明るくなっていく。


「ま、まさか、まさか魔法剣士さんって……!」

「ふっ……、まぁバレたものは仕方ないか。そうだよ、俺があの魔王を倒した勇」

「勇者様の仲間なんですね!」

「え!そっち!?」


 魔王がテーブルを両手で叩く。反動で一瞬物が浮いた。


「そーだよなー。こんなヘタレが先代勇者なわけねーよなー」

「それでもすごいじゃないですか!だって一緒に旅したんですよ!魔王を倒したんですよ!」

「うわぁうわぁ……!先代勇者様のお話、聞いてもいいですか!?」


 盛り上がる三人を見て、魔王が恨めしそうにシスターを見る。


「ねぇ師匠。俺そんなにオーラないのかなぁ」

「オーラ?何言ってんだい。アンタは昔からそんなの無かったよ」

「うっ……」


 半分泣きそうな魔王を他所に、皆は先代勇者について話している。

 でも、でもさ。


 たぶん、こいつがそうなんじゃないの?と、僕は思ったのだ。




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