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思い出を残して、新たに刻む。

 

「離せ!中にガキ共がいんだろ!離しやがれ!」


 孤児院の前で、僧侶に羽交い締めにされた魔法使いが、足をバタバタさせながらそう叫んでいた。いつもはどちらかと言えば冷静(脳筋気味ではあるけど)な魔法使いのその姿に、僕だけでなく勇者も一瞬息を呑んだ。


 けれど仕方ない。

 だって、孤児院が、孤児院が……!


「燃えてる……」


 木造のそれは火の回りが早く、既に玄関なんかは崩れていて中へは入れそうにない。窓は熱さで割れているけれど、割れた窓から火が出ていて、とてもじゃないけど近寄れない。

 その中から、聞こえるんだ。

 必死に助けを呼ぶ子供たちの声が。

 それに我に返った勇者が飛び出そうとして、でも聞こえてきたエルの声に足を止めた。


「くるくるくる~。回れば楽しい~、皆で楽しい~」


 エルの持つスティックが水色に染まっていく。


「ザブザブザッブ~ン。流れに乗って~、気分も上々~。沛雨(はいう)~!」


 スティックの先から水の渦が発生する。

 それは一直線に孤児院へ向かって、ぶつかった!流石に消えるよね?ね!?


「そんな……」


 ぶつかったように見えた渦は、熱で蒸発してしまったのか、火の勢いは全く衰えていない。それどころか、どんどん燃え広がって強く激しくなっていく。


「エルちゃん、僕と一緒に!」

「駄目なのです~。これは魔法だから、これ以上の魔法力をぶつけないと……」

「じゃ、僕と僧侶とエルちゃんなら……!」

「駄目よ」


 魔法使いを羽交い締めしたままで、僧侶が申し訳なさそうに首を振った。


「それでも足りないわ。せめてあと二人、ううん、水の魔法が得意な人がいれば……」


 剣士たちの姿が頭をよぎる。

 でも後始末をしておくと言っていたし、来るとしてもそれからになるだろう。駄目だ、それじゃ間に合わないよ!


 勢いを増していく火を見ていた勇者が、隣で途方に暮れているエルに目線を合わせた。


「エルちゃん。沛雨を玄関に向かって撃ってほしい」

「で、でも、そんなんじゃ火は消えないのです~」

「大丈夫。頼んだよ」


 そう言って優しく笑うと、勇者は僕を懐に入れた。

 なんだ?なんだなんだ?


「ゆうちゃ?」

「フロイ、君がいてくれれば、僕は頑張れる気がする。だから一緒に来てほしい」

「へ?いっちょ……?」


 嫌な予感、が……。


「よし!エルちゃん!」

「おまかせなのです~!ザブザブザッブ~ン。流れに乗って~、気分も上々~。沛雨!」


 再び水色に染まったスティックから渦が飛び出す。同時に勇者も走り出す。

 渦は勢いをつけて玄関にぶつかると、バキリという音と共に塞いでいた木材を吹っ飛ばした!


「ありがとう!」


 一瞬だけ開いた玄関から、勇者は身体を滑り込ませるようにして中へ入った。


「待てこら!」

「へ?」


 振り返ると、僧侶を振り解いたであろう魔法使いが、玄関がまた木材で塞がる前に滑り込んできたのだ。


「けほっ……、てめーだけに任せてられるかっての」


 口元を手で塞ぎながら、魔法使いがにやりと笑った。それに勇者も頷き返して、僕たちは煙たい孤児院内を歩いていく。


「シスター!聞こえますか!……げほっ」


 大声を出して煙を吸ったのか、勇者が激しく咳込んだ。僕もなるべく煙を吸わないように、懐から出ないようにする。


「あぁ、アンタたちかい!お風呂場にいるよ!」


 なんとか聞こえた声を頼りに、僕たちはお風呂場へ向かう。魔法使いは場所を知っているはずなのに、崩れた場所が多くて思うように進めない。

 早く行かなきゃいけないのに、あちこちから火の手が上がっている。

 やっとの思いでお風呂場まで着いたけれど、そこの扉は燃え盛る柱によって塞がれていた。


「クソッ。これをどかさねーと入れねーぞ!」

「剣で斬れれば……!でも向こう側がどうなってるかわからないし」


 この邪魔な柱だけを斬れればいいんだけど、生憎、そんな便利な剣なんて……剣、なんて……。


 あるじゃないか!

 僕は煙いのを我慢して、懐から顔を覗かせる。


「ゆうちゃ!けん!おもい!」

「え?いや、剣は重くないよ?」

「ちがう!りーぱ!うで!」


 察しが悪いな!

 お前の思いを、その剣に乗せるんだよ!


「けん!」

「リーパー……っ、ありがとう、フロイ!」


 勇者があの剣を構える。


「魔法使い、僕を信じて!」

「頼んだぜ、勇者!」


 横に払ったその切っ先が、勇者の思いに応えて柱だけを綺麗に真っ二つにした。姿を表した扉を魔法使いが力任せに開く。


「ガキども!」

「シスター、無事ですか!」


 なだれ込むように入ってきた僕たちを見て、子供たちの泣き声が更に大きくなる。シスターは子供たちと一緒に、隅のほうで固まっていた。


「アンタたち、よかった。さ、早く子供たちだけでも……」


 先に子供を僕たちに任せようとするけれど、お風呂場の出入口が音を立てて崩れるのを見て、シスターだけでなく勇者も真っ青になった。


「ご、ごめん。僕が崩したから……」

「今そんなこと言ってる場合か!出る方法を考えるんだよ!」

「そうだね……!」


 だけどどんどん煙は濃くなっていくし、子供たちも強く咳込み始めた。どうしようと勇者が口元に手を当て考えていると、


「おや?その指輪は……」

「あ、あぁ、これは知り合いからもらったもので」


 勇者が説明しようとするのを遮って、シスターが勇者の手を取った。


「外の景色を強く思い浮かべるんだ。アンタにしかこれは使えない。アンタが穴を開くしかないんだ」

「穴?そういえばリーパーがそんなことを……。よし、皆を助けたいんだ!開いてくれ!」


 指輪を嵌めた手を高く掲げた。

 すると、リーパーがよく出入りするあの穴が、僕たちの前に現れたのだ。


「よし、皆手を繋いで!しっかり掴んで離すんじゃないよ!」


 シスターが声をかけて、手を繋げない子供は魔法使いが片手ずつ持ち上げる。勇者も出来る限りの子供の手を握ると、その穴へと足を踏み出した。





 出てきたのは、孤児院に入る通りの入口辺りだった。

 目の前では孤児院が燃えているのが見える。それを魔法で消そうと、駆けつけたであろう剣士たちが手伝っている。


「皆……」

「勇者さん!それから皆さん!」


 急に後ろから現れた僕たちに、武闘家は少し驚いたようだったけど、すぐに安心したように胸を撫で下ろした。僕たちに気づいた剣士が「出られたのか」と薄く笑う。


 それでも消火はしないと危ないから、魔法力のある皆でなんとか火を消した。それから、殆ど形の無くなった孤児院をどうしたものかと眺めていると、


「こ、これは一体……!」


 慌てた様子の協主が来て、形の無くなった孤児院を呆然と見つめる。


「……協主サマが何の用だ?」


 怯える子供たちを背に、魔法使いが協主を睨みつける。僕も勇者に引っついて、エルは僧侶の体に隠れる。


「火事だと聞き、こちらの方角から煙が上がっているのを見て来たのです。あぁ、どうやら“誰も”傷ついてはいないようで……、何よりです」


 協主は落ち着くようにひと呼吸おいて、魔法使いに優しい笑みを向けた。


「どうでしょう。是非建て直しの寄付をさせて頂きたいのですが」

「いらねーよ。誰かさんにとって都合のいい建て直しなんざ、誰が受けるかってんだ。なんなら寄付ももういらねー」

「そうですか、それは残念です。何かお困り事があれば、是非また仰ってください」


 魔法使いが「ケッ」と舌を出した。けれどそれに気分を害した様子もなく、協主はそのまま姿を消してしまった。


「……で、アンタ。アテがあるから啖呵切ったんだろうね」

「ったりめーよ。孤児院の建て直しも、それまでの衣食住だってどんと来いだ。ま、明日じゃねーと連れていけねーから、ちと今日は野宿ってことで」


 ひひひと笑う魔法使い。あの笑い方をする時、奴はろくなことを考えていない。

 初めての野宿に心踊らせる子供たち。

 見張りや火の番は、僕たちと剣士たちで交代することにして。

 とりあえずその日は、こうして幕を閉じた。



 ※



 その男は、心酔しきった目を協主へ向けた。僅かに血走ったその瞳は、私欲が溢れんばかりの輝きを放っている。


「きょ、協主様!どうですか、やってやりましたよ!わ、私でも、やれば出来るんです!」


 男は当然、協主からは労いの言葉をかけられると思っていた。それもそうだ、言われた通り“穢れ”を焼き払ったのだから。

 だがしかし、向けられた視線も、かけられる言葉も、男が思っていたものではなかった。


「子供を巻き込むとはどういう了見ですか」

「はい……?」

「貴方は子供、つまり人間に害を成した穢れとなりました。悲しいですが、ここでお別れのようです」


 男は意味が理解出来ず、協主をただただ見つめている。そんな男に、協主は慈悲を讃えた笑みを向け、その頭に優しく触れ――。

 男の姿が嘘のように消えた後、にやりと笑うのは、あの狂った吸血鬼(ヴァンパイア)だ。


「よぉよぉ協主サマ、ご機嫌はとっても麗しくないようで。そぉんなにガキ共が大切かぁ?」

「何を当たり前のことを言っているのです?子供は宝です、守るのは当然ですよ」

「ガキを非人間どもから守る為に焼き払うたぁ、相当狂ってんなぁ、ココが」


 自分の頭を指し、それから吸血鬼は「ヒヒヒ」と薄気味悪い笑みを浮かべる。


「狂って、いる……?私はただ、人間の世を守りたいだけですよ。そこに彼らは必要ない、というだけで」


 穏やかなその笑みを見て、吸血鬼はこう思うのだ。

 ――それが狂ってる意外に、何があるのか――と。


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