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ケーキの残骸。

 あまり土地勘のない僧侶とエルは、孤児院の周辺を。

 ここで育った魔法使いに連れられた武闘家は、町の裏通りを。

 そして僕たちは、まず妹ちゃんが向かったというケーキ屋へ行くことにした。


 騒がしくなった通りを、妹ちゃんを探しながら歩く。けれども、そのどこにも妹ちゃんらしき人影は見当たらない。


「いないね……。あ、ケーキ屋さん、ここみたいだ」


 三角のケーキが書かれた看板がぶら下がるお店。

 ちらりと中を見ると、美味しそうなケーキがずらりと並んでいる。こんな時でなければ、勇者にひとつ買ってほしいとおねだりするところだ。

 扉を開けると、カランカランと乾いた音が鳴った。


「すいません」

「いらっしゃいませ、何をお求めですか?」


 魔法使いがいたら喜びそうなお姉さんが、僕と勇者ににっこりと笑いかける。勇者は少し申し訳なさそうにしながら、


「あ、えっと……、ここに孤児院の子がケーキを買いに来ませんでしたか?」

「孤児院の?あぁ、来ましたよ。でも結構時間経ってますが……」

「寄り道するとか言ってませんでしたか?」

「いえ、何も」


 素っ気ない返事に、勇者は気分を悪くすることもなく、むしろ「ありがとうございます」と朗らかに笑うと、


「フロイ、一個だけ買っていこうか」


 と僕にケーキを選ばせてくれたのだ。意外な出来事に驚きつつも、僕は並んでいるケーキを少しだけ眺めてから、


「……これ!」


 と一番お高いケーキを選んでやった。


「ありがとうございました」


 またカランカランと扉を鳴らして外に出る。

 勇者の左手には、買ったばかりのケーキが入っている箱が握られている。僕は早く食べたくて、勇者の頭から降りて、箱の上で軽く跳ねた。


「ゆうちゃ、けーき!」

「あわわ、箱が潰れちゃうよ。妹ちゃんを見つけたら食べようね」


 まぁ、それぐらいなら待ってやらんでもない。だけど、こっから先、妹ちゃんがどこへ行ったかの手掛かりなんてまるでない。

 道行く人に勇者が聞いてみるも、どの人も知らないのか、それとも関わりたくないのか“孤児院”と聞いただけで話すら聞いてくれなかった。


「ううん、どうしよっか。……っと、あぁ、すみません」


 後ろから歩いてきた人にぶつかって、勇者は咄嗟に謝った。少しふくよかなその男は、勇者が謝るのにも構わず「この町は人間のものだ……」とブツブツ呟きながら行ってしまった。

 それを見送って、勇者は「よし」と手を叩く。


「一旦、孤児院に戻ろう。もしかしたら帰ってるかもしれないし」


 孤児院への道を歩いていると、血相を変えた武闘家が走ってくるのが見えた。魔法使いがいないところを見るに、何かあったのかもしれない。


「武闘家!」

「ゆ、勇者さん!よかった、見つかって……」


 息が切れているのをなんとか整えながら、武闘家は落ち着かせるように深呼吸をひとつした。


「妹さんの手掛かりが見つかって、魔法使いさんがそこに向かったのですが、勇者さんにも助けをと思いまして……」

「見つかったのかい!?わかった、そこへ行こう!」


 先導する武闘家の後に走り出す。

 けれど待って!ケーキの箱!箱!そんなに揺らさないで!崩れるー!




 どうやらそこは、町外れの倉庫のようだった。

 倉庫内に入らないのか、外にはたくさんの荷物が置きっぱなしになっている。でも人影のひとつも見当たらないし、もしかしたらもう使っていないのかもしれない。


 その倉庫内から「ふざけんじゃねーぞ!」と、怒りに震える魔法使いの声が聞こえた。

 勇者はケーキの箱を武闘家に押し付けるように渡すと、躊躇いなく倉庫の扉を力任せに開いた。


「魔法使い!妹ちゃんは無事かい!?」


 僕たちが最初に見たのは、半泣きになりながら魔法使いにしがみついている妹ちゃん。それからものすごく怒っている魔法使い。

 それから倒れている何人かの大柄な男たちに、それからそれから、


「……剣士?」

「お、ガキじゃねぇか。武闘家の嬢ちゃん、ちゃんと呼んでくれたんだな」


 そう。これまた何度も出会ってきた(別に出会いたくない)剣士御一行だ。

 勇者は魔法使いと剣士を交互に見て、それから首を傾げた後、何かわかったのか手をポンと叩いた。


「あぁ、喧嘩?」

「ちげぇ!俺様たちはその妹ちゃんを助けたんだ」

「嘘つけ!じゃ、なんでこいつが泣いてんだよ!」


 皆言いたいことを言っているせいでよくわからない。ただわかるのは、妹ちゃんに何かがあったってことだ。


「魔法使いさん、落ち着いてください。ほら、勇者さんからも何か言ってください」

「ううん……、とにかく事情がわからないなぁ」


 そう言って、勇者は困ったように頭を掻いた。

 そんな僕たちを差し置いて、妹ちゃんが魔法使いの頭をガスガス叩いている。


「お兄ちゃん、何度も言ってるけど、この人たちは私を助けてくれただけなんだってば」

「じゃ、なんで怪我してんだよ!」

「だからこれは、私を襲ってきた人たちのせいで、僧侶のお姉さんは直そうとしてくれたんだってば!何回言えばいいの!お兄ちゃんの馬鹿!」

「バカじゃねー!」


 なんとなく話が読めてきた。

 妹ちゃんは誰かに襲われて、それを剣士たちが助けたと。そこに駆けつけた魔法使いが、なんか先走って勘違いしているわけだ。

 でも、あれ?こんな時に場を収める人形使いはどうしたんだ?勇者も同じことを思ったのか、更に奥を見てみる。


 いた。

 倒れて気を失っている。そしてそれを介抱するわけでもなく、ゆる子と狩人が人形使いを冷めた目で見ている。


「人形使いはどうしたんだい?」

「あぁ、これぇ?役立たずのくせにぃ、真っ先に飛びかかってぇ、やられちゃったのぉ。だからお仕置き放置中なんだぁ」

「力量、測れない。クズ」


 相変わらず人形使いに対して辛辣だな。てか、人形使いも、出来ない肉弾戦よりあのすごい魔法を使えばいいのに。


「魔法使い、魔法使い」


 勇者が魔法使いの肩を叩く。


「あん?」

「おりゃあ!」


 振り返った魔法使いの顔面に、勇者は容赦ない拳の一撃を放った。それで魔法使いが吹っ飛ぶことは無かったけど、頭を冷やすことには成功したみたいだ。見ていた妹ちゃんも、剣士も、ポカンと見ている。

 殴ったほうの勇者が「いてて」と手を擦りながら、いつもの朗らかな笑みを魔法使いに向けた。


「どう?落ち着いたかい?」

「……おめー、それで手を痛めてたら元も子もねーだろ」

「まぁ、ね。でも効いただろ?」


 魔法使いは吹き出して、それから苦笑いをした。


「で?俺様には謝罪はなしかよ」


 剣士は呆れたように腕を組むけれど、別にこいつが本気で謝罪を求めてるわけじゃないのはわかる。だから魔法使いは、嫌味に舌を見せてから、


「へいへい、どーもすんませんでした、剣士サマ」

「チッ。まぁいい。家族を心配する気持ちは、わからんでもないからな」


 剣士はまだ伸びたままの人形使いに近づいて、容赦なく身体を蹴り上げた。鈍い悲鳴が聞こえた後、もぞりと人形使いが起き上がった。それを助け起こしながら、


「妹ちゃんから聞いた。誕生日なんだろ?後始末は任せて早く帰んな。ま、ケーキは潰れちまったようだが」


 と転がったままの箱を示した。箱ごと潰れていて、中身が無惨に変形して飛び出している。


「いえ、いいのです。剣士様がた、本当にありがとうございました」


 頭を下げた妹ちゃんは、半分以上潰れてしまった箱を大事そうに拾うと、魔法使いの手を「帰ろ?」と笑って握った。魔法使いは適当に返事をして、勇者と武闘家に外を示す。


「皆待ってるよ。早く帰ろう」


 勇者も笑う。僕もやっとケーキが食べれるとワクワクしながら外に出ると、


 何かが爆発するような音が聞こえた。


「……は?」


 音のしたほうを見る。

 真っ黒な煙が見える。

 風に乗って、何かが燃える嫌な臭いがする。


「あの方向って……」


 口に手を当てた武闘家が言い切る前に、魔法使いが妹ちゃんの手を振り解いて走り出した。


「お兄ちゃん!」


 妹ちゃんが引き止めるけれど、魔法使いの背中はどんどん小さくなっていく。


「武闘家、後から妹ちゃんを連れて追いかけてきて!僕とフロイは先に魔法使いを追いかけるから!」

「え?ゆ、ゆうちゃ!?」


 僕も!?

 今からケーキタイムだと思ったのに!


 勇者の頭に引っ付きながら、僕は武闘家の手に握られた箱を、ただただ恨めしく眺めていた。



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