なんてことない、よくある話。
孤児院で一夜過ごした僕たちは、協主について少しでも情報を集めようと、町へ繰り出すことにした。
シスターに、力仕事を手伝ってほしいと頼まれた勇者と僧侶は、たぶん今頃荷物運びでもしてるんじゃないかな。
だから今いるのは、僕と魔法使い、武闘家にエルだ。自分で歩くのが少し億劫なのか、それほど歩いてないのに、エルが魔法使いに「おんぶなのです~」と駄々をこね始めた。
「はー?そんぐらい自分で歩け」
「魔法使い意地悪なのです~!エルちゃんが疲れたって言ってるんですよ~?」
ついには地面に座り込んでしまうエル。
まだ朝方とはいえ、決して人通りは少なくない。その中で、いくらエルが百五十歳といっても、見た目でいえば子供が泣いている姿は余りにも目に付きすぎた。
「見て、あんなに小さい子泣かせて……」
「おぶってあげればいいのに」
通り過ぎていく大人たちからの心無い言葉は、魔法使いには結構くるものがあったのか、大きくため息を吐いてから、仕方無しに背を向けて屈んだ。
「ほれ」
「わ~いなのです~」
おぶられて上機嫌になったエルは「あったかいのです~」と魔法使いの首筋にすり寄る。魔法使いは舌打ちをするけれど、“赤の国”の時みたいに、エルを振り解こうとはしない。
「慣れてるんですね、“お兄ちゃん”」
「おいおい、いつもの仕返しか?」
「違いますよ?」
武闘家は優しく笑って、それから「聞いてもいいですか?」と切り出した。
「あ?何をだよ」
「ご両親のこと、とか。嫌ならいいんですが……」
最後のほうは少し小さくて、頭に乗っている僕が聞き取れるくらいの大きさだった。それでも魔法使いは汲み取ったのか、歩きながら何かを思い出すように視線を上にやって、
「“白の国”には王サマの為の立派な騎士団とやらがいるんだろーが、生憎“緑の国”にはそんなもんは無くてな。少しでけー町なら、衛兵だの傭兵だのいたんだが、オレの生まれたちんけな村には、そんなもんはいなかった」
走ってくる子供を避けて、魔法使いは少し悲しそうに目を伏せて話を続ける。
「魔物が来たらなんとかして追っ払う日々。けどある日、四天王と名乗る奴らの一人が来てな。簡単に村を焼いちまった」
「何が、目的で……?」
「暇潰しだとよ。四天王間で、誰がいくつ町や村を無くせるかって遊んでたみたいだぜ。胸糞わりー話だろ?」
昨日鶏肉を買った出店を通り過ぎる。朝からいい匂いのはずなのに、ちっとも美味しそうだと思えない。
魔法使いは首を振って、それから自嘲するように口元を歪めた。そんな魔法使いの袖を、武闘家が小さく掴んだ。
「……ごめんなさ」
「やめろやめろ。ま、そん時に一介の冒険者だったシスターに助けられてな、そっからは世話になりっぱなしよ」
重さで下がってきたエルを背負い直して、魔法使いは「ガラでもねーなー」と乾いた笑いを浮かべた。
「ほれ、協主サマについて調べるんだろ?オレよりおめーのほうが向いてんだろ。適材適所ってな」
「もう……、本当に都合がいいんですから」
魔法使いの軽口に、武闘家もいつもみたいに笑い返して、僕たちは賑やかになってきた通りを抜けていった。
わかったことがいくつかある。
それは“何もわからない”ということだ。
それでもひとつわかったのは、協主というのは、どうやら代替わりをしているようで、今の協主は五代目に当たるらしい。先代の協主は、十年前、とある村を襲った魔族から村人を守る為に駆けつけて、そのまま巻き込まれて死んだんだって。
今の協主は、その時の側近だった奴らしい。
そうやって調べ回って、お昼過ぎになった頃。
孤児院で働かされているであろう二人を誘って、遅めの昼食にでもしようかと話しながら帰路に着く。
朝通った道を逆に辿って、少し薄暗い通りを抜ければ、昨日見た小さな遊具がある孤児院が見えてきた。そこに、昨日は見なかった人影が見えて、魔法使いは少し怖い顔のまま立ち止まった。
「おや……?」
人影が振り返る。
魔法使いよりも少し背の高い、小太りの男だ。柔和な笑顔を浮かべていて、一目でこいつが協主なのだとわかった。
「貴方は、ここのかたですかな?」
「……ここはオレの育った場所だ。で、なんか用か?協主サマ?」
魔法使いが鋭く睨んだ。
それに対して、男は特に動じることもせず「いやはや」と困ったように頭を掻いた。
「名乗る必要すらないとは。ワタシも有名になってしまったものです」
そんな態度の協主に、魔法使いは鼻で笑ってみせると「で?」と先を急かした。
「聞いているとは思うのですが、ここに寄付していまして。孤児院も老朽化が進んできたので、建て替えを検討して頂きたく、こうして足を運んだのです。少し穢れてしまったようですし……」
「ほー、それはそれは。協主サマ自ら、ご苦労さまなこって。建て替えなら必要ねー。早く帰んな」
顎で町中のほうを示して、魔法使いは帰れと言わんばかりに、通りやすいように道を開ける。武闘家が「ちょ、ちょっと」と言いかけたけれど、きつい魔法使いの視線に、何も言えなくなる。
「そうですか。もし必要になったらまた仰って下さい。あぁ、それから……」
「あん?」
「最近、この辺りは物騒だとお聞きしました。どうかきちんと戸締まりをしますよう」
「……言い聞かせておくよ」
協主は魔法使いに気を悪くする様子もなく、最初から最後まで柔和な笑みを浮かべたままだった。
でも。
それは協主が武闘家の横を通り過ぎる時。
「……!」
僕とエルを見る目が、とてもとても冷たくて、全身の毛が逆立つのを感じた。
ぶるぶると震える身体を抑えようとするのに、ちっとも震えは止まってくれない。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
息さえも出来ない空間に潰されそうになった時、まるで気づいたように、魔法使いが僕を優しく摘んでそのまま肩に乗せてくれた。
「ま、まほうちゅか、い……」
「怖いもんはもう行ったよ。おら、エル公も顔を上げろ」
言われて背負われたエルを見れば、魔法使いの肩口に顔を埋めたまま、僕と同じように震えていた。
そっか、僕もエルも“人間”じゃないからだ。だからあいつは僕たちにあんな目を向けてきたんだ。
それが悔しくて、でも同時に怖くて、また震えていると。
「う、うわ~ん!」
緊張が解けたのか、エルが大声で泣き出した。
と同時に、魔法使いの足元から湯気が立ち昇る。
「……まじか」
魔法使いは、濡れてしまった服と足元を見て、それでも嫌そうな顔はひとつもせず、とりあえず武闘家にシスターを呼んでくれと頼んだのだった。