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人気者は激つらし。

 市場町。

 そこは“緑の国”の流通の中心地で、欲しいものがあれば大抵ここで揃うってくらい、品揃えが豊富な町だ。


 実は他の国と比べても、“緑の国”は町や村の数が一番多くて、資源や自然も格段に多いんだって。だからこそ森妖精(エルフ)が住んでるってのもあると思う。


 あ、そうそう!

 実は僕と勇者が他の三人に会ったのも、この町なんだ。ま、それはまた機会があれば話すとして。


 ガヤガヤと騒がしい町に入ると、妹ちゃんは僕たちをくるりと振り返った。


「すぐ帰るの?」

「一通り見てから帰るって言っといてくれ」

「そう?なるべく早くね。日も傾いて来てるんだから」


 朗らかに笑いながら消えていく背中を見送って、魔法使いは伸びをひとつした。


「変わってねーなー」

「そうですね、懐かしいです」

「もうちょっとで一年半経つのかな?」

「……」


 感慨深そうに町並みを眺める。

 家々から漂ってくるパンの焼ける匂いだとか、少しせわしなく歩き回る人とか、店に呼び込みする声だとか。あの時から何も変わっていなくて、それにどこか安心した。


 その中を歩きつつ、途中の出店で鶏肉を串に刺したものを買って食べながら、勇者は魔法使いに並ぶ。


「孤児院はどこにあるんだい?」

「町の隅に、昔集会所で使っていた建物があってな、それを孤児院として使ってんだよ」

「前からあったんですよね?」


 武闘家がエルの食べ終わった串を受け取りながら言う。


「あったぜ。ただ、普通はあんなとこまで行く用事もねーし、行くとすれば孤児院に用がある奴か、憂晴らししたい奴だけだな」

「憂晴らし……?」


 疑問に思う武闘家を置いといて、魔法使いは「こっちだ」と少し入り組んだ道を入っていく。確かに普段だったら、こんなややこしい道を通ることなんてしないだろう。


 そうして抜けた先に、少し古い木造の建物が見えてきた。広いとは言い難いお庭もあって、そこには小さなブランコと、小さな滑り台が作られてある。


 そこで遊んでいた何人かの子供たちが、魔法使いを見て一瞬目を丸くした後、パアッと顔を明るくさせた。


「兄ちゃんだ!」

「お姉ちゃんの言った通りだ!」

「お兄ちゃんお帰り!」


 魔法使いはすぐに子供たちに取り囲まれてしまった。一人一人の頭を優しく撫でてから、魔法使いは一番小さな男の子を肩車して、両腕に女の子をぶら下げてみせる。


「よー、元気だったか?ちゃんと飯食ってるかー」

「兄ちゃん!次俺な!」

「違うもん、私だもん!」


 やんややんやと人気者の魔法使い。その光景に気後れしていると、けたたましい音がして、孤児院の玄関が開かれた。

 立っていたのはすごく美人のお姉さんだ。魔法使いが喜びそうなその体型を、黒の質素なワンピースとピンクのフリフリエプロンで可愛らしくしている。


「げ」

「アンタ……、どこ行っとったんじゃワレェ!」


 魔法使いに抱きついていた子供たちが、蜂の子を散らすように離れていって――。

 骨が折れたんじゃないかってくらいの音がして、お姉さんに殴られた魔法使いが吹っ飛んでいった。






「いやぁ、本当にゴメンねぇ。お客様がいる前でこんなことしちゃって」


 お姉さんに招かれて孤児院に入った僕たちは、妹ちゃんに手当てされている魔法使いを横目で見て、それから目の前で可憐に笑うお姉さんに視線をやった。


「相変わらずの馬鹿力だなー、シスターババア」

「なんだって?」


 ギロリと睨まれて、魔法使いは小さく舌打ちした。でも何も言い返さずに、大人しく手当てをされている。

 そろそろ夕ご飯の時間だったみたいで、僧侶と武闘家はその手伝いをしている。エルは子供たちと一緒だ。


「魔法使い、こんなに綺麗な人をそんな風に言っちゃ駄目だよ」

「はんっ。シスターがいくつか聞いたら驚くぜ。なんたってババアは」

「また殴られたいのかい?」


 お姉さん、いやシスターが指を鳴らすのを見て、魔法使いは「まさか」と苦笑いをした。怖いから突っ込まないけど、こう見えてシスターは年配なのかもしれない。

 手当てが終わった妹ちゃんが「それにしても」と笑いを堪えるように、魔法使いのほっぺをつつく。


「お兄ちゃんが“魔法使い”だなんてねぇ。やっぱりあれ?あの絵本に影響されたの?」

「絵本?」

「おい、やめろ!言うんじゃねー!」


 焦りを隠す様子もなく、魔法使いはつついていた指を叩いてから妹ちゃんの口を手で塞いだ。


「あぁ、そういやアンタ、絵本が大好きだったねぇ。なんだったかなぁ、主人公が魔法使いで、確か決め台詞が……」


 思い出そうと視線を彷徨わせるシスターの後ろから、数人の子供たちが、ボロボロになった絵本を抱えてやって来た。


「“僕の魔法は勝利の魔法だ”だよ!」

「この絵本、ぼくたちも好きだからたくさん読んだんだ!」

「兄ちゃん、また読んでよ!」


 子供たちの目はキラキラしていて、決して悪意はないんだろうけど、魔法使いにはダメージが大きいみたいで「あーあーあー!」と声にならない叫びを上げている。

 少し遅れてやって来た武闘家が、そんな魔法使いを嘲笑うように見下して、


「あぁ、あれ、絵本だったんですか。そうですか、ふぅん」


 と悪戯を見つけたように笑っている。これはきっと次から遊ばれるんだろうな。まぁ、僕もいい玩具にさせてもらおう。

 魔法使いは屈辱そうに武闘家を見たけど、当の武闘家は子供たちに「さ、ご飯ですよ」とにこやかに笑いかけて台所へ戻っていった。




 子供たちがご飯やお風呂に入る間、僕たちはシスターから話を聞くことに。


「シスター、最近協会から寄付されていると聞いたのですが……」

「なんだ、そんなこと聞きに来たのかい。協主様が来てね、是非支援させてほしいって言ってきたのさ」

「本当にそれが目的か?なんかあるんじゃねーの?」


 出されたサラダを摘みながら、魔法使いがじろりとシスターを見つめる。


「アンタねぇ、誰でもかんでも疑うのやめな。そりゃアタシも最初は疑ったさ。町でも浮いてるここを支援させてくれだなんてさ。だけど、この半年ほど特に問題もなく、むしろ食い物に関しては前より食わせてあげられてるくらいさ」


 シスターが出してくれたパンを小さく千切って、それを勇者がお皿へ並べてくれた。千切られたパンをもぐもぐしながら、僕は見たことない協主の姿を思い浮かべた。

 優しい奴なのか?でも協主は僕たちみたいな魔物や、エルみたいな妖精は排除するって言ってた。つまり、人間の子供がいるこの孤児院を支援したいって言うのは、嘘偽りない本心なのかもしれない。


「ゆうちゃ、おかわり」

「お腹空いてたんだね。僕の分をあげるからね」


 空のお皿を勇者に押しつける。勇者はのんびりした手つきでまた千切って、お皿に少しばかりのパンを盛ってくれた。


「協主、かぁ。僕たちも会えないかなぁ」

「なかなか姿を見せる人じゃあないからね。さぁさ、アンタらも今日は泊まっていくといい。と言っても、こんな小さくて小汚い場所じゃ、勇者様には不釣り合いかもしれんがね」

「そんなことないです!」


 勇者が強く否定して立ち上がった。その衝撃で、お皿のパンが一欠片ぽてりと落ちた。


「ぱん……」


 落ちたパンをじっと見ていると、勇者が慌てた様子で僕とパンを交互に見て、


「ああ!ごめんよフロイ!どうしよう、僕の、僕の……もうないんだった!」


 と空のお皿を何度もひっくり返している。それを見ていた魔法使いが「くっ……」と吹き出してから、自分のお皿を勇者に突き出した。


「ははっ。ほらよ、これやるから落ち着きな」

「え!?魔法使いがご飯をくれるなんて……、風邪でも引いたのかい!?」


 更に慌てだす勇者に「ちげーよ」と笑ってから、魔法使いは席を立った。廊下からすぐに「兄ちゃあん!」と何人かの声が聞こえる。


「人気者はつれーな。ババア安心しろ、こいつは小せーことを気にするよーな奴じゃねーよ」


 すぐに廊下へ出て「待たせたなー」と魔法使いが話している声がしたけれど、それは子供たちの声と一緒に、次第に聞こえなくなっていった。


「……勇者様」

「は、はい!」


 シスターに名前を呼ばれて、勇者はびくりと肩を震わせた。


「あの子のこと、ありがとね。あの子があんな風に笑う姿、久しぶりに見たよ。一番年上だからか、いつも気を張ってばっかりだったからね」

「魔法使いが……」

「ある日急に“オレが皆に楽させてやるんだ”って息巻いて出ていったきり、たまにお金が入ってくるだけで連絡のひとつもよこしやしなかったし……」


 シスターは身体を重そうにしながら立ち上がると、勇者にふんわりと笑いかける。


「どうかこれからも、あの子と友達でいておくれ」


 それがとても穏やかで、でも僕には、何か嫌な予感の前触れのように思えたんだ。




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