開く鍵、惑いの言葉。
どれくらいかぶりの“緑の国”。
覚えてない人のためにも少し説明をすると、この“緑の国”は、東に森妖精の里があって、それを抜けると小さな港がある。やや中央に勇者の町があって、それから西へ進むと、農村がぽつりぽつりとあって、一番西に鉄道のある町がある。
そして僕たちは、リーパーの魔法で、とある町の近くまでやって来ていた。
「それじゃ、ね。怪我、しないよう、に」
「リーパーはどうするんだい?」
「ボクは、ちょっとお花の様子、を見に帰らないとだし、そうちゃんを、一人には出来ない、から。それと、これ」
リーパーが勇者に渡したのは、小指にはめるくらいの小さな指輪だ。
「これは?」
「ボクが、仲間に渡してるのと同じやつ、でね。一日に、一回だけ、強く思い浮かべた、場所へ通じる、穴を開くこと、が出来るんだ」
「わぁ、ありがとう!」
無邪気に笑う勇者に、リーパーもまた優しく微笑んで、出てきた時と同じようにして穴へと戻っていく。ああ見えてあいつは忙しいらしい。一緒にいければ心強いんだろうけど、まぁそれは仕方ない。
勇者が手を振って、穴が無くなるのを確認してから「さて」と皆の顔を順番に見ていった。
「ここって、どの辺だろう」
「森妖精の里近くな気がするのです~。懐かしい感じがするのです~」
寝起きなのか、目を擦りながらエルが肩車されたまま伸びをした。エルの言う通りなら、ここは東のほうになるけれど、でも孤児院なんてあったかな?
「魔法使いさん、貴方ならわかるのでは?」
「まー、な。オレらが出会った市場町があったろ?孤児院はあそこだ」
「そうなると、ここから西へ向かわないといけないね」
空はまだまだお日様が元気な時間だけれど、西へ向かうとなると、勇者の町を抜けて、その先の市場町へ行かなきゃいけない。勇者のじじいとばばあに世話になればいいのにって思ったけれど、それは勇者が頷かなかった。
なんでも「急ぐからね」とのことだ。確かにあの家に帰ったら、いつまでも滞在してしまいそうだし、魔王がそれこそ、怒りを爆発させて、魔法で町ごと消しちゃうかもしれないし。
「じゃ、早速向かうとするかね。日の出てる内に歩いたほうがいいだろ」
「ここがどこかははっきりしないけど、たぶん、海が近いと思う。だから、町を抜けずに、このまま西へ向かおう」
勇者の意見に誰も反対することなく、僕たちは西へ向かって歩き始めた。
穏やかな“緑の国”は、町と町を繋ぐ街道は結構整備されているし、街道から外れても、草原が続くだけで、それほど歩きにくい場所はない。森妖精の里近くが異常なだけだ。
「魔法使い、君は孤児院をよく知ってるのかい?」
「オレが育った場所だからなー。ま、知ってるだけだよ」
そんな会話をしながらどんどん歩いて、太陽がてっぺんになった頃。
「腹減った」
「貴方は……、こんな時まで……」
そう、魔法使いのお腹が盛大になったのだ。
でも考えてみれば、まともなご飯なんて食べていないし、むしろここまで保ったことを褒めるべきだと思う。
「食料、買ってなかったね」
苦笑いをする勇者からも、いつもは聞こえないお腹の音が鳴った。
僧侶が薬草を差し出すけれど、それで膨れればそもそもご飯を食べなくてもいいんだよなぁ。まぁ、そんな怖い薬草なんて食べたくないんだけど。
「ん~、あっちから波音が聞こえるのです~」
エルの尖った耳がひくひくと動く。
流石、僕たちより大きい分よく聞こえるらしい。
「魚かー。釣るか」
「釣り竿も餌もないよ?」
「餌ならそこにいるだろ」
魔法使いが指差したのは、やはりというか僕だった。
「なりきん!」
「こーゆー時こそ役に立て。じゃねーと食うぞ」
「いーやー!」
僕はもちろん抵抗した。
でも魔法使いは軽々と僕を摘んで、波の音がするという方向へ歩いていく。ふと勇者を見る。
にこにこと笑顔を浮かべていた。え、何あいつサイコパスか何かなのかな、こわっ。
草原から一転、砂浜が広がって、そして海が見えてきた。潮の匂いは“白の国”でも嫌というほど嗅いできたし、そりゃ慣れたものだ。
そこに、砂浜に座り込んで何かをしている女の人がいた。おねぃさん大好きな魔法使いがほっときわけがない。
魔法使いは僕をポイと後ろへ投げると、その女の人の隣で膝をついた。ちなみに僕は勇者にナイスキャッチされて助かった。
「お嬢さん、何かお困りごとでも?」
いつもよりカッコつけた物言いに、武闘家の顔から表情が消えた。
そして、いきなり話しかけられたことに、というよりも、魔法使いの顔を見ておねぃさんは目を見開いた。次に魔法使いが「げ」と女の人には見せたことがないような顔になる。
「お、お……」
「あー、なんだ、その、でっかくなった、なー。なんつって……」
「お兄ちゃん!!!」
お兄ちゃん!?
僕だけでなく、一斉に全員が魔法使いを見た。
「……貴方、妹さんにまで手を出すんですか?」
「ちげー!さっき話した孤児院で一緒に育った奴だよ!そんな奴に手を出すかっつーの!」
魔法使いが抗議するも、武闘家は白い目で「へぇ」と冷たく見るだけだ。
「お兄ちゃん、黙って出てったと思えば……、皆心配したんだよ?粗野で乱暴でデリカシーもないお兄ちゃんだから、まともな職にも就けないだろうし、一体どうするつもりなのかなって」
見た目とは逆に、結構辛辣な言葉をつらつらと並べてから、妹ちゃんは「あら」と僕たちに笑顔を向けた。
「お兄ちゃんのお友達ですか?」
「こんにちは。僕は勇者、それから武闘家に、僧侶、エルちゃん。この子はフロイ」
僕が乗った手を妹ちゃんにずいと出して、勇者は「よろしくね」と微笑んだ。僕は妹ちゃんに跳ねてみせてから、
「よろしく!」
とドヤ顔をしてみせた。伝わったのかはわからないけれど。
妹ちゃんも「こんにちは」と僕をひと撫でしてから、少しほっとしたように魔法使いをまた見る。
「でもよかった、お兄ちゃんが無事で」
「おめーは人のことより、自分のことでも心配してろ……ったく」
そう言って、魔法使いは妹ちゃんの頭を撫でた。それは魔法使いが、武闘家やエルにするそれに似ていて、だからこいつは女の子に対して慣れているのかと納得した。
魔法使いは、妹ちゃんが持っていた籠に目をやると、
「んで?それはどーした?」
「あぁ、これはね、もうすぐ今月誕生日の子たちを祝うから、少し豪華に貝類のスープでも作ろうかなって」
「協会が寄付してるって聞いたぞ。足りてねーのか?」
妹ちゃんは「違うよ」と首を振る。
「十分に寄付して頂いてるけど、それにばかり頼るわけにはいかないし。魔物や魔族が少なくなったって言っても、新しい魔王軍もいるしね」
「あ、妹ちゃん、そのことなんだけど」
勇者が魔王軍に関して訂正しようとした。けれど、魔法使いが手で軽く制したから出来ず、勇者は魔法使いを不思議そうに見ただけだった。
「そーだな。どこも安全とはいかねーなー。あ、久しぶりに帰っても大丈夫そうか?ガキ共の様子も見てーしな」
「シスターから大目玉もらっちゃうよ?」
「へいへい、覚悟してますよっと」
妹ちゃんは可笑しそうに笑った後、少し後ろにいた武闘家とエルを見て「行きましょう」と手招きをした。
同じくらいの武闘家と妹ちゃんはすぐに打ち解けて、先頭を歩きながら、何やら魔法使いについて話している。その後ろを歩く僧侶は無言だけれど、時々相槌を打つように頷いている。エルもはしゃいでいるし、楽しそうな雰囲気だ。
それを少し後ろから眺めながら、勇者が隣を歩く魔法使いに耳打ちをする。
「魔法使い、魔王のこと言わなくていいのかい?」
「協会が何考えてるかわかんねーからな。それに孤児院の奴らは、魔物や魔族に家族を殺られたガキばっかりだ。いくら今の魔王軍がいい奴らでも、不安にさせたくねーしな」
「そっか、わかったよ」
しっかり頷く勇者に「ありがとな」と魔法使いが苦笑いをする。先を歩く武闘家から「遅いですよ!」と手を振られて、僕たちは少しだけ急ぎ足になった。