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パリッと焼けて、いざ出発!

 

 男爵の家にとりあえずは帰って、僕たちはのんびりご飯を頂いた後、明日には“緑の国”へ旅立つことを伝えた。

 復興の手伝いが中途半端になってしまうことを、勇者は申し訳なく思ったみたいだけれど、男爵はむしろ「やることがあるのなら、そちらを優先すべきだ」と快諾してくれた。


 ちなみに魔王軍も今日は泊まるらしく、女王(クイーン)、いやお嬢は武闘家と(ついでにエルも)お泊まりだとはしゃいでいた。

 僧侶はまた戦士とどっか行ったし、舞手は街へ行くと伝えたきり姿を見ていない。魔法使い?どっか行ったんじゃないかな。


 そして僕はというと、勇者と一緒に夕焼けに染まる街を歩いていた。


「だいぶ復興が進んできたねぇ」

「ゆうやけ!」

「あはは。フロイはこういう景色が好きだもんねぇ」


 のほほんと笑う勇者の頭で、僕は見えなくなっていく夕日を眺める。

 好きか、と聞かれれば、たぶん、と答える。これ以上に綺麗な景色を見てきたし、これからも見ていくと思う。だから、たぶん、だ。


「武闘家たちは今頃何話してるんだろう」

「りーぱ!」

「確かに。女の子には女の子の悩みがあるもんねぇ」


 ろくな悩みじゃないだろうけど。

 そこらの民家からは夕ご飯の美味しそうな匂いがしてくるし、街の宿屋には観光客や旅人が次々に入っていく。その中に。

 もう見慣れてしまった二人組を見つけて、勇者は少し早足になって歩いていった。


「魔法剣士さん、リーパー」

「あぁ、少年。どうしたんだい?今日はゆっくりするんじゃなかったのかい?」


 相変わらず爽やかだけれど、こいつが本当は情けない奴ってことを知っている。いやでも、雪女(スノウレディ)の件で見た魔法はすごかったし、案外強いのかもしれない。


「明日には発つし、折角なので街を見て回ってるんです」

「観光気分で?」

「はい!」

「それはいいね。あ、じゃ、ちょっと時間いいかな?」


 魔王は勇者とリーパーを交互に見て、それから街の外へと歩き出した。理由はよくわからないけれど、魔王のことを悪い奴だと思っていない勇者は、少し楽しそうについていった。


 門兵に男爵からもらった滞在証を見せて、外へ出る許可をもらうと、この間魔法使いと戦士が殴り合った平野までやって来た。


「さて。この辺でいいかな」


 魔王は勇者に「こっちこっち」と自分のいるほうへ立たせて、それからリーパーを「あっち」と反対方向へ立たせる。リーパーもわけがわかっていないようで、


「あの、え?何……」


 と不安そうにおずおずと魔王を見ている。


「リーパー、もうちょっと離れて……。お、その辺」


 言われた通りに距離を取ったリーパーに、魔王は「よし」とにやりと笑ってみせた。


「歯、食いしばって耐えてくれよ?」

「歯……?」


 首を傾げるリーパー。

 魔王は右手を向けると、


業炎(ごうか)!」

「え!?ま、まっ……」


 リーパーが止める声は、魔王の手から発生したものすごい炎の渦に呑まれてしまった。


「リーパー!?」

「りーぱ!りーぱ!」


 勇者が駆け寄るけれど、リーパーがいた場所には、燃えカスのような真っ黒な炭と、風に舞う灰しかない。これがリーパーだったのだとすれば、流石に死んだんじゃない、かな……。


「魔法剣士さん!なんで……!」

「まぁ、落ち着いて。ほら」


 そう示した先、炭にバチッと赤い線が走って、その炭は意思でも持っているように集まりだした。灰もそれにくっついて、それは人型を成していく。

 “それ”に頭、手足、そして白髪が生えると、いつもの見慣れたリーパーの姿へと変わっていったのだ。


「お、流石だ。すごいすごい」


 そう言って、魔王は乾いた拍手を送った。


「あの、ねぇ。死ぬかと思った、よ……!」

「可笑しなことを言うなぁ。常々、自分は“生きていない”と言っているのに“死ぬかと思った”なんてさ。それだけ今を実感してるってことかなぁ」

「はぁ……」


 へなへなと座り込むリーパーをほっといて、魔王は「さて」と勇者を振り返る。


「少年。君の剣で、リーパーの腕を斬り落としてくれ」

「え」

「大丈夫!見てただろう?あいつなら再生出来るし、くっつくから安心だ」


 いや、再生出来る出来ないの問題じゃないよね。人の腕を斬り落とせって言われて了承するはずが……。


「わかりました!」


 やるの!?リーパーが心底驚いたように目を見開いた。あんなリーパーの顔見たことないよ!

 勇者が意気揚々と剣を構えて……、地面を蹴った!勢いで僕は頭から転がり落ちるけれど、魔王が受け止めてくれて助かった。


「やあああああ!」

「まっ……!」


 リーパーは反射で庇うように腕を突き出した。

 ガン!と鈍い音がして腕が……、斬れていなかった。


「あれ……、斬れない?」

「そ、その剣、ナマクラ、じゃない……?」


 二人とも剣をまじまじと見ている。魔王だけが「そっかそっか」と納得したように笑って、それから勇者に、


「“思い”だよ」

「“思い”?」

「その剣は、君の心によって力を変える。絶対に腕を斬るんだって思いながら斬ってごらん」


 と剣を示してみせた。

 いやいや、だから斬れと言われて頷く奴がどこに……。


「わかりました!」


 斬るの!?

 すると不思議なことに、剣を受け止めていた腕が、いとも簡単に斬れてしまったのだ。鈍い音がして、腕が落ちる。


「うんうん、流石炎火竜(フランヴルム)の鱗で作った剣だ。彼らには効果ばっちりだね」


 満足そうに頷く魔王。反対に慌てているのは勇者とリーパーだ。

 リーパーは腕がくっつかず、再生も出来ず、それが予想外なのか酷く顔色が悪い。勇者にも段々と焦りが見えてきた。


「ゆ、ゆうくん!腕、腕、が……!」

「わぁ。君の慌てる姿を見るのどれくらいぶりかなぁ。久しぶりに睡眠を取った時以来かな」

「ど、どうでも、いいよ、そんなこと!どうしよう、どう、しよう……」


 慌てながらも、リーパーは残った手を使って、エーデルフからもらったあの飴玉を食べる。でも少しもくっつきも再生もしない。


「す、すみませんすみませんすみません!僕がお手伝い出来ることは……」

「ははは。まぁ二人とも落ち着いて」


 魔王がそう言って、腰に下げた小さなナイフを、自分の指先へ押し当てた。そのまま手前へ引くと、指先にぷっくりと赤い点が浮き出てくる。


「はい、リーパー」

「……いい。いら、ない」

「涎出てるよ」

「!?」


 リーパーは慌てて口元を拭ったけれど、本能なのか、次々に出てくる涎を止められそうもない。渋りながらも、リーパーは魔王の指先をぺろりと舐めた。

 途端に腕はくっついて、顔色も幾分かよくなったようだ。ちなみに目も赤くなった。


「リーパー、本当にごめん!僕が斬ったりしたから……」

「大丈夫、勇者くんは悪くないよ。それにしてもその剣、ボクらには厄介だね」


 なるべく近寄りたくないのか、少し遠目に勇者の剣を眺めている。


「ゆうくん以外にも、眠らせてくれる存在が現れたってことかな」

「おっと。俺はまたまだ働いてもらうつもりだし?なんなら少年の足にもなってもらうつもりだし?」

「初めて聞いたよ、それ」

「今初めて言ったから」


 冷たい目をするリーパーをほっといて、魔王は勇者に笑いかける。よくもまぁ、笑っていられるものだ。


「とまぁ、こんな感じでその剣は吸血鬼(ヴァンパイア)に対して非常に有効だと思う。けれど過信は禁物だ。彼らは直すために食事を必要とする。つまり」

「やれなければ、僕らを食って直そうとするかもしれない、と」

「そうだね、その通りだ。じゃ、帰ろっか」


 一人だけ上機嫌な魔王の手から、僕は勇者の肩に跳び乗って、今日の夜ご飯に胸を踊らせた。だって明日からはまた貧相なご飯になるんだ、今日くらいはいいだろう。





 朝。

 広間に集まった僕たちは、既に起きていた魔王軍の面々を見渡した。勇者が最初に頭を下げる。


「皆さん、ありがとうございました。そして男爵、この街の復興と、さらなる発展を心から望んでいます」

「勇者殿、此度の件、誠に感謝致します。どうか娘を……いや、お仲間との旅路に幸多きことを」


 男爵も頭を下げた。魔法使いは相変わらずふてぶてしいし、エルなんかは朝早いから僧侶の背中で寝てるし。武闘家は……、


「お父様……、いえ男爵。私もまた、この街が昔のように、いえ更に活気づくことを願っています」

「誠に勿体無きお言葉。さ、早く向かって下され」


 武闘家は強く頷いてみせ、それから勇者に微笑んだ。

 話が終わるのを待っていたように、魔王が「では」と隣のリーパーをちらりと見る。


「“緑の国”まで、送って、いくよ。深き孤空(そら)、引き裂く時間(とき)。我が声に応え、(かいな)に宿れ。空間領域(ワームホール)


 あの球体が現れて、リーパーは「行こうか」と僕たちに手を差し出してきた。

 その手を勇者がしっかりと握りしめて、真っ暗な中へ入ると――。





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