死神も予想外。
会談当日。
街は一段と賑わっていた。観光客でもたくさん来ているのかと思ったけれど、どうやらそうではなく、この街の人のほとんどが、今日は復興の手を止めて、魔王軍の到着を待っているらしい。
指定された時間は正午。
街の出入口である、平野の門から来てほしいとあった。場所までは、書かれていなかった。
門の前の人だかりの中、僕たちは男爵が用意してくれた最前列の少し高い台座に乗って、その到着を今か今かと待っていた。
「来たぞー!」
「開門だー!」
門兵が門を開く。
ゆっくりと開かれたその先に、四人の配下を従えた紫髪の、禍々しい角を生やした魔王が、威厳たっぷりに立っていた(ちなみにあの髪も角も被り物だ)。
「魔王様!」
「きゃぁぁぁあああ!戦舞姫様ぁぁぁあああ!」
「女王ちゃんかわいいいい!」
「天変地異!天変地異!」
「深淵様こっち向いてぇぇえええ!」
なんだこれは。どっかのイベント会場か何かかな?
一番声援が少そうな魔王が可哀相に見えてきた。
「……こほん」
「きゃあぁぁぁあああ!」
「本日はお招き頂き……」
「かわいいいいいいい!」
「誠に」
「うおおおおお!」
「……あの」
「こっち見たぁぁぁあああ!」
結構近い場所にいる僕たちは、魔王が何か言おうとしているのがわかる。ただ、それ以上に周囲の声のほうが大きくて、話を進められずにいる。
すると魔王は、隣で控えていた深淵に目をやった。深淵は仕方ないと言うようにひとつ頷くと、
「我が主が話をしている。皆の者、少し静粛に願いたい」
鶴の一声とは正にこれだ。
一瞬で出入口は静まり返り、聞こえるのはウミネコの鳴き声だけ。
「……」
魔王は一体何を話すのかと、ただただ固唾を呑んで待っていると。
「……ちょっとリーパー、なんで言葉使ったんだよ」
「え?」
何やらコソコソと話し声が聞こえてきた。
「俺そういうつもりじゃなくてね、あの、こんな大勢の人の前で話すとか……、やだ恥ずかしい……!」
「え?え?」
なんとまぁ情けない会話だ。
あれが魔王領を統べる今代の魔王だというのだから驚きである。
「いや、自分で声高々に“条件はそちらが決めていい”とかなんとか言ってたじゃないか。その条件がこれなら仕方ないだろう?」
「でもぉ、でもぉ……」
なんだあのブリっ子は。
「まお、よわそ……」
「まー。あんなんでも魔王なんだもんなー」
あの会話が民衆に聞こえていないのが幸いだ。皆のイメージは、きっと格好いい魔王様だろうから。
尚も渋る魔王に嫌気が差したのか、戦舞姫が呆れたように一歩進みだした。民衆の視線が戦舞姫に集まる。
「ほらよ。行くぜ、魔王サマ」
堂々と先頭を優雅に歩く姿に、全員の視線はそれを追っていく。今日の主役を忘れるほどの優雅さは、後に続く魔王の姿などかき消すようだ。
「だ、そうですよ、我が主」
「やだ……、戦舞姫イケメン……」
少し情けない入領にはなったけれども、こうして魔王軍と男爵の、そして僕たちも同席の、会談が始まったのだ。
男爵の家。そこの一階にある広間(吸血鬼がいたあそこだ)にて、今日の為に用意された海鮮料理がテーブルにずらりと並んでいた。
明らかに魔王が戸惑っていて、頭を悩ませているのがわかる。
「男爵、これは?本日は会談を……」
「魔王様は約束をお忘れなのですかな?交易が戻った際は、是非と仰っておりましたな」
「それは……」
それでも渋る魔王に、男爵が「あぁ」と顎に手をやった。
「仮面が邪魔でお口に入りませんかな?」
「……っく、はは。全く恐れ入るよ、男爵。確かにこの姿では、折角のおもてなしを無下にしてしまうな」
魔王は頭に手をやると、僕たちと初めて会った時のように、かぽりとその被り物を外した。続いて四人もフードや仮面を外していくと、むしろ男爵のほうが驚きの表情になっていった。
「あ、貴方は……!」
「おっと男爵、ストップ。俺は魔王として貴公と話をしに来たのだ。その旨、お忘れなきよう」
「……承知致しました」
男爵は礼儀正しく頭を下げると、僕たちにも「さ、召し上がるといい」と微笑んでくれた。
早速料理に飛びつく魔法使いとエルはほっといて、僕たちは大切な話を聞き逃すまいと静かに見守っている。
「男爵。改めてこの場を設けて頂けたこと、そして我らの支援を快く受け入れてくれたこと、深く感謝する。早速で悪いのだが、先日の獣妖精を率いていたという男について伺っても?」
「もちろんですとも。お恥ずかしい話ですが、儂は協会から来たという男の話を鵜呑みにし、この街を獣妖精で固めて守ろうとした次第です。その結果が、皆様も見たあの惨事でございます」
記憶にまだ新しい出来事を思い出して、武闘家の顔が少し暗くなる。もちろん、僕も怖い思いをしたし、出来ればあんなことはもう嫌だ。
「その獣妖精の件で少し報告があってね。うちの深淵が、先日、獣妖精の住処である湿地帯まで行ってきたんだけど……」
そこまで言って、魔王は一口紅茶を飲んだ。
「消滅、していたようだ」
「ど、どういうことですか!?」
大声を出して立ち上がったのは武闘家だ。
全員の視線を受けて恥ずかしくなったのか、小さく「すみません」と呟いて、背中を小さくしてまた椅子に座った。
「いやいや、構わないよ。でも、どういうことかと言われても、そのままの意味なんだ。深淵に似て非なる奴が暴れたようでね、君たちならわかるだろ?」
「……吸血鬼」
誰かが言ったそれに、魔王は「そう」と手を組んで顎を乗せた。
「彼はね、昔俺たちで封印したんだけど、どうやら協会が解いちゃったらしくてね。なかなか鼻の効く奴だから、俺たちから逃げるのも大得意ときた。けれど、流石にアレばかりは野放しには出来ないからね」
あいつの気味の悪い笑みが浮かんで、僕は自然と全身の毛が逆立った。魔王の隣に座る深淵が、お行儀よく魚を切り分けながら、
「彼は、お行儀がよくない、から……。出来たよ、そうちゃん」
と一口サイズに切った魚のお皿を、女王のお皿と交換した。さも当たり前のように受け取って、女王は嬉しそうに食べ始めた。
忘れそうになるけれど、女王は勇者と変わらない年なんだっけ?そりゃ、難しい話はパスしたいだろう。
もちろん僕も。
「まぁ、それはそれとしてね。最近協会が、とある孤児院に寄付をしてると聞いたんだけど、男爵、何か知ってることは?」
「孤児院、ですか?“白の国”には、そういった施設は……」
「“緑の国”だ」
それまで一心不乱に食べていた魔法使いが、持っていたタコの唐揚げを食べるのをやめて呟いた。
「魔法使い、知ってるのかい?」
「……わりー、勇者。オレ国に帰るわ」
「え?」
理由を聞く間もなく、魔法使いは立ち上がると、そのまま広間を出ていった。勇者も慌てて立ち上がる。僕が頭に跳び乗ったのを確認すると、
「すみません!魔法使い連れてくるんで、ご飯そのままでお願いします!」
いや、そこじゃないだろうと思ったけれど、訂正する間もなく、勇者も走り出した。
「魔法使い!」
屋敷を出て通りを歩く背中を見つけて、勇者はなんとか呼び止めようと声を張り上げた。魔法使いは頭を掻いて、それからゆっくりと振り返った。
「……どーした」
「君がご飯残していくなんて、余程急ぎなんだろうけど。でもさ、とりあえずは食べてからにしない?」
「おめーが飯のこと言うとか、なんだ、矢でも降るのか?」
魔法使いは呆れたように大きなため息をついた。
勇者は「違うよ」と苦笑いを浮かべると、
「君は食べてただろうけど、僕は食べてないからさ。一緒に行くにも、腹ごなしは必要だろ?」
「なんでおめーが……」
勇者はさも当たり前だと言うように笑って、男爵の家の方角を指差す。
「預ける背中も、そこにいないと預けられないだろ?さ、出発は明日にして、今日はゆっくりしよう」
「ゆっくり!」
「……ったく。オレに説教すんのは武闘家だけで勘弁だ」
諦めたように魔法使いは笑う。けれど、もう一人で帰るつもりはないのか、大人しく勇者の後をついてくる。
後ろからふいに掴まれて、魔法使いにふにふにされることに反感を覚えなくもない。だから僕は声の限りに、
「なりきんー!」
と叫んでやったのだ。