嬉しくもないラッキーパンツ。
さて。
あったかいミルクをフーフーしながら、僕は目の前で殴り合う汗臭い光景を見ていた。
「おっさん!あんな美人な奥さん、どこで会ったんだよ!」
ドガッ。
「羨ましかろう!嫁は稀代の美人だからな!」
ボゴッ。
「はんっ。羨ましくねーよ!」
ドスッ。
「負け惜しみにしか聞こえんぞ、魔法使い!」
ボガッ。
さっきからこれを繰り返している。
最初こそ、ちゃんと実況しようと思ったんだけど、ずっとこの調子だから諦めて効果音だけにした。
少し熱いくらいのミルクは、冷えてきた体には丁度いい。でもあの二人は汗だくだし、きっとあの辺だけ気温も高いに違いない。
「おっさん、これが本気か!?」
ドガガガガ。
「まさか!魔法使い、もっと力を見せてみろ!」
バババババ。
ビリッ。
戦士が掴んだ反動で、魔法使いの服が思いきり裂ける。モロに見える肌とパンツに、武闘家から「きゃあ!」と叫び声が上がった。
「おっさん、やるじゃねーか!」
いやお前も気を使えよ!
男の肌見せシーンなんて誰も望んでないよ!?
恥ずかしさで直視出来ない武闘家とは逆に、エルと娘ちゃんは興味津々というようにパンツを凝視している。
「わ~、あれはブリ~フなのです~?」
「バッカおめー、これはブーメランて言うんだよ!」
「パパのパンツより格好いい!」
待って!さり気なく戦士ディスるのやめてあげて!
戦士は娘ちゃんに言われたのがショックだったのか、ただ呆然と立ち尽くしている。武闘家は顔を手で隠したまま、
「早く服着てください!」
と無いものねだりしている。破けた服を肌に張りつけたら、それこそ魔法使いが変な蛮族みたいな格好になるじゃないか!
「よく見ろ!セクシーだろ!」
「セクハラですよ!」
「見てから言え!」
セクシーでもセクハラでもなんでもいいけどさ、そこで呆然としてる戦士を誰か気にしてあげてよ!
と、見ていた僧侶が静かに立ち上がり、戦士のところまで行くと、ポンと肩に手を置いた。
「……」
「そ、僧侶殿……!貴公は優しい御方なのだな……、では今からお付き合い願おう」
戦士は少し肩を落としたままだったけれど、ママさんに「明日には帰る」とだけ告げて、僧侶と一緒に街へと戻っていった。
「あらあら。娘に格好いいって言われないから、淋しいのね。全くあの人は……、どれだけ経っても子どもなんだから」
ふふふと嬉しそうに微笑んで、ママさんが「お片付け、しましょう」と手を叩いた。
武闘家が魔法使いを直視出来ないから、先に勇者をおぶって街まで帰ってもらって、残された武闘家とママさん、娘ちゃんとエルで片付けていた。
「ママさんは、戦士さんとはどういった経緯で?」
「あら?気になるのかしら?」
「それは、ちょっと、まぁ……」
「あらあら。恋する女の子はいいわねぇ」
武闘家がバスケットをどさりと落とした。
「す、すみません」
慌てて拾う武闘家に、ママさんが優しく笑う。
「私、恋ってわからなくて。いつの間にか、私は金狼のお嫁になることが決まってたので、漠然としていたというか……」
バスケットから零れていった食器を拾いながら、武闘家は大きくため息をついた。
ママさんもそれをひとつ拾い上げて、それから「そうねぇ」と口元に指をやりながら少し考える。
「助けてくれた、から、かしら」
「助けて……?」
「そう。それは私を救ってくれたの。太陽みたいな人。だから私、この人と一緒になろうって決めたのよ」
そう立ち上がるママさんは、きっと聖女様はこういう人なんだろうなって感じの優しさを纏っていた。
「さて、お片付け終わったし、帰りましょう?」
「は、はい!」
片手にバスケットをぶら下げて、もう片手で娘ちゃんの手を引いて。それを、後ろを歩く武闘家の頭に乗って眺めながら、僕は、僧侶と戦士はどこに行ったんだろうと考えていた。
次の日。
勇者は何事もなく普通に起きてきて、それどころか調子がいいとか言って、朝から街の手伝いに行ってしまった。話を聞こうと思ったけれど、その日一日中、僕はエルに連れられて、街のガキンチョ共と遊んでいた。
自慢の毛並みが崩されて、僕は怒り心頭だったけれど、まぁ僕は大人だし?もちろん耐えたさ。
夜、帰ってきた勇者に毛並みを整えてもらったし、別に、気になんかしてない。本当だからな!
「うんめー!男爵、いつもいつもわりーな!」
男爵の豪邸、まぁ武闘家の家なんだけれど、そこで連日美味しいご飯を頂くのが楽しみのひとつ。最初こそ貧相だったけれど、交易が戻るにつれ、段々と料理が豪華になってきた。
「はっはっはっ、君たちには感謝してもしきれんからな。それに……」
「それに?」
「以前、働いていた者たちは皆いなくなってしまったからな……。新体制で新たな者に働いてもらっているのだが、何、料理を奮う相手をどうしたものかと考えていたところなのだ。気にしなくてよい」
一瞬だけ、表情を曇らせたけれど、男爵はすぐに歯を見せ笑ってみせる。
獣妖精がこの街から去って、そしてここまで復興するのに一ヶ月近くかかった。それでも早いほうだと言うから驚きだ。
どれもこれも、魔王軍の支援あってのことなんだって。
「で、勇者。どんな夢見てたんだ?オレが運んだんだ、教えてくれなきゃ運び損だぜ?」
「夢……、なのかな。僕は“僕”と会って話してきたんだ。一番越えなきゃいけないのは、越えたかったのは、昨日の自分だから」
「その様子だと越えられたんだろ?」
魔法使いは、フォークに巻きつけたパスタを口に放り入れて、水で押し込んでからにやりと笑った。
勇者はしっかりと頷いてみせ、それから骨つき肉にしゃぶりついた。
「お?おめー、威勢がいーじゃねーか!よし、どっちが食えるか勝負だ!」
「よし、負けないよ!」
「もう二人とも、少しは落ち着いて……」
「エルちゃんのデザートはどこなのです~?」
「……」
あーもう。本当に賑やかだ。
けれど、この賑やかさが嫌いじゃなくなっていたことに気づいて、僕は少し、ほんの少しだけ。
もうちょっと、皆で旅がしたいなって思ったんだ。