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屍食鬼。

 初めて見る“死霊”というものに、僕は全身の毛が逆立つのを感じながら、その、真夜中の異様な光景を見つめていた。



 ※



 出発は明日にしようということで、久しぶりに宿に泊まることになった。

 男女別に二部屋取るけれど、寝る時間までは四人で一緒にいるのが通例だ。


「昼飯うまかったなー」


 ソファに寝そべりながら、魔法使いが満足そうにお腹を撫でる。あいつはいつもご飯のことしか考えてないから能天気で羨ましい。


「夜も美味しかったですね」


 武闘家が、さっき宿から出してくれた夕ご飯を思い出して、うっとりしている。こいつもご飯野郎だったらしい。


「久しぶりにゆっくり出来そうでよかった。フロイも今日は、あったかいお布団でふわふわ出来るよ」


 僕を優しく撫でてくれる勇者が笑う。別に僕は、お布団が好きとか、言った覚えはないんだけど。

 それでもこのふわふわ具合が堪らなくて、体を使ってもふもふしていると、なんだか外の通りが騒がしくなってきた。

 どうしたのかと、勇者が窓を開けて通りを見下ろす。


「大変だ、墓地に……!」

「グールだ!早く聖職者を呼べ!」

「いや、魔法使いだ!」


 慌ただしく飛び交う会話を拾うと、とりあえず近くの墓地にグールが出たらしい。ちなみにグールは、人の死体を食べたり、生きてる人も稀に襲ったりとかなんとか。

 見たことないから、どんなのかは僕も知らない。


「僕、助けに行くよ!」

「え!?ゆ、ゆうちゃ?」


 この脳内万年お花畑勇者は何言ってるんだ。

 グールだよ?まぁ、よくわかってないけど、響きからしてきっと強い奴に違いない。行ったら勇者やられちゃうよ!


「ゆうちゃ、ゆうちゃ!」


 お布団の上でぽんぽん跳ねてみるけど、このお花畑勇者はどうやっても行くつもりらしく、立て掛けてあった剣を腰に差すと飛び出していった。


「もう、人の話も聞かないで!魔法使いさん、僧侶さん、行きますよ!」

「は!?オレも!?」

「……」


 僧侶は寝そべったままの魔法使いを軽々と片手で担いで、もう片手で杖を持った。僕はお留守番しようかと思ったけど、武闘家にむんずと掴まれてしまい、結局行くことになってしまった。





 墓地は、教会の裏手にある森の先らしく、その教会の入口辺りで勇者に追いつくことが出来た。

 説教を始めようとした武闘家をとりあえず宥めて、僕らは真っ暗な森を進んでいく。ちなみに僕は怖かったから、最後の僧侶の肩に乗り換えた。


 道は一応あって、灯りが点々と立っているだけ。

 グールどころかお化け(いるかはわからない)が出てきそうで、そっちのが正直怖い。


 先頭の勇者がピタリと立ち止まって、後ろの僕らに静かにとジェスチャーしてきた。習って静かにしていると、一番奥と思わしき明るい場所から、何かを引きずるような音が聞こえてきた。


「覗いてみよう」


 木の影から、僕らはそっと見てみた。

 そこには十匹ほどのグールがもぞもぞと動いていたのだ!

 初めて見るグールにビビった僕は、頼りない僧侶の肩なんかじゃなくて、勇者の頭に移動する。こ、怖くないけど、あれだよ、あれ、勇者を守るために頭に乗ったんだからな!


「退治しないと!」


 勇者が飛び出そうとするけど、武闘家が腕を掴んで引き止めた。駄目だと言わんばかりに首を振っている。


「奇跡の魔法じゃないと、グールは倒せません!もしくは火の魔法で焼き切ってしまわないと……」


 奇跡の魔法。

 それは聖なる加護を受けた人だけが扱える魔法で、そしてそれは大抵僧侶が使えるんだけど。


 うん。無理なんだな。

 このおっさんが魔法を使っているところなんて見たことないし(いや、もしかしたら使えるのかもしれないけど)、じゃ火の魔法はと言えば、勇者がちょびっと使えるくらいだ。


 僕らには、グールを倒すすべはない。


 けれどもないからといって、グールが僕たちを見逃してくれるわけはなく、グールの群れは僕たちに気づいたのか、こちらにゆっくりと近づいてきた。


「おいやべーって。逃げたほうがいーぜ……!」

「駄目だ!逃げたら町にグールが行ってしまう!」

「じゃ、朝までオレらだけで耐えるってのか!?あの数だぞ、わかってんのか!?」


 ヤバいことくらい、この能天気勇者でもわかってるんだ。

 それでも逃げるという選択肢が出ない辺り、やっぱりこいつは勇者なんだな……。


「……僕だけでも、戦うよ」

「はぁ!?何言って」


 魔法使いと勇者が揉めてる間に、一匹のグールが二人に襲いかかった。勇者の頭にいた僕にもわかるほどに、グール特有の嫌な臭いが鼻にくる。

 最後がグールの餌とか嫌なんですけど!僕はギュッと目を閉じた。


「喧嘩なら他でしてよね」


 鈴の鳴るような声がして、それからグールの短い悲鳴が聞こえた。


 恐る恐る目を開ける。

 昼間見た黒服が、グールをワンパンで吹っ飛ばしていた。


「よォ、坊主。また会ったな」


 黒服はにやりと笑うと、森に向かって「お嬢」と頭を下げた。

 暗い森から出てきたのは、同じく昼間に見た、目だけ女だ。面倒くさそうにため息をついて、黒服にカツカツと歩いていく。


「ねぇ、それやめてって言ってるでしょ」

「しかしお嬢。お嬢はジブンたちにとって、恩人なんでさァ。お嬢はお嬢なんですわ」

「めんどくさ……」


 目だけ女は勇者と魔法使いをちらりとだけ見て、


「邪魔。どいてて」


 口悪っ。

 女の子には優しい魔法使いも、この時ばかりは少し怒ってた。けれども目だけ女の圧に負けて、二人は渋々ながらも少し後ろへ下がった。


「可哀想に。今ラクにしてあげるね」


 目だけ女が、つけていた指輪に何かする。

 その指輪は光りながら形を変えていって、それは目だけ女の身長と同じくらいの大きな鎌になった。鎌についた薔薇はオシャレのつもりなのかな。


 目だけ女はそれを器用に扱いながら、グールのお腹を切っていく。そして全部のグールを切り終わると、鎌を元に戻して、何やら呟き始めた。


「奇跡の光よ、戒めに囚われし現し世から解き放て。自由な心(ハートシード)


 それは、初めて見る奇跡の魔法だった。

 切られて倒れていたグールの一体一体から、綺麗な光の玉が浮いてきて、それはふわふわと少し漂った後、夜空へと吸い込まれていった。


「さすがお嬢!リッ……いや、若旦那仕込みの鎌捌きも見事なもんです!」


 目だけ女、ううん、お嬢は、黒服に向かって地団駄を踏むと、


「やめてよ!あたし、それ大っキライなんだから!可愛くないし、センスないし!それからリッくんを若旦那って言うのもやめて!ままま、まだリッくんとは、その、そうじゃないんだから!」


 早口でまくし立てると、お嬢は真っ赤になった顔を隠すように僕たちに背を向けた。なんだろう、この人。大層な呼ばれ方の割りに、至って普通の反応だな……。


「あ、あの……」


 勇者がお嬢に近づいていく。いや、せめて剣くらい抜こうよ!あいつ鎌振り回してたよ!?


「助けてくれてありがとう。ええと、お嬢さん?」


 そう言って、いつもみたいに柔らかく笑った。

 でも後ろにいた武闘家は焦ったように、慌てて勇者に駆け寄ってきて、離れさせるように手を引っ張った。


「勇者さん、駄目です!鎌振り回す危険な人ですよ!?」

「え?でも助けてくれたよ?」

「助けてくれたからっていい人とは限らないんですよ?」


 全くその通りだよ。何か裏があるのかもしれない。

 この際僕のことはスルーしてほしい。


 お嬢は勇者と武闘家をちらりと横目で見た後、持っていた鎌をくるりと回して指輪に戻した。それから呆れたように手をひらひらと振ると、


「帰る。やることやったし、そんな子たちに構ってられない」

「へい。帰って若旦那お手製のオムライスでも食べましょう」

「だから違うってば!」


 お嬢はさっきとは別の指輪に何かを呟いた。するとお嬢の前に黒い円みたいなものが出来て、お嬢はその中へと入っていった。

 その円はお嬢が通るとすぐに消えて、後には何も残っていなかった。


「では、ジブンもこれにて失礼致しやす」


 黒服のほうを見ると、黒服の姿も透けだしていた。

 魔法使いが杖をぶん投げたけれど、それは黒服に刺さらずに、その向こう側の木に刺さった。


「貴方、死霊だったんですね……」

「お嬢が近くにいなければ、ジブンは実体を保てなくてな。ちょっと今日は怒らせちまったようだし、置いてかれてもしょうがねェ。まァ、今から追いかければ追いつくだろうよ」


 そう言い残して、黒服は皮肉めいた笑顔を見せて消えていった。

 なんであの黒服は、あんなに酷いことを言われてるのに笑っていられるんだろう。嫌いにならないのかな。


 勇者だってそうだ。

 何言われても笑ってるし、いつでも能天気。

 いつかきっと、僕以外に倒されるんじゃないかな。


 僕はそれが急に怖くなって、勇者の頭にしっかりとくっついた。




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