美食家とシミ抜きと、魔法の言葉。
魔王と別れた僕たちは、改めて今日の手伝いへ向かうことに。
建物に釘を打つ音、木を切る音、人の声。復興ってとっても賑やかなものなんだな。
と、そんな中。
少し奥ばった裏道から、なんとも物騒な声が聞こえてきた。
「俺たちはさ、ただ弁償してほしいって“お願い”してるだけだろぉ?」
「煩いわね!アンタたちが勝手にぶつかってきて、勝手に服を汚しただけじゃない!」
「ちょ、ちょっと、そうちゃん。謝ったら、許して、くれるんだ、し、謝ろう、よ……」
「アタシ悪くないもの!」
なんだろう。また嫌な予感がする。
僕は無視をしたかったんだけど、この能天気お人好し勇者が知り合いを素通りすることなんて絶対ない。案の定、勇者は裏道に顔を覗かせた。
ガタイのいいムキムキマッチョが三人、親分らしいオバさんが一人、それに囲まれるリーパーとお嬢。ちなみにお嬢は仁王立ちして、リーパーはそれの後ろに隠れるようになっている。
情けない図に見えなくも、ない。
「そうちゃん、ね?謝ろ?」
「リッくん煩い!」
「こういうの、は、穏便に済ませ、ない、と……」
もう既に穏便とは程遠い気がするけど。
マッチョAが「ガッハッハ」と笑って、それからお嬢の頭に手を置いた。もちろんお嬢は「やめなさいよ!」と払いのける。
「なぁに、有り金全部あればシミ抜き代になるぜ?」
「そうそう。なんたって、俺たちは天下の四天王なんだぜ」
「むしろ金を渡せてラッキーだと思うんだぜ」
「オーホッホ!アタクシの美貌に見惚れてるんだねぇ」
聞いていた僕からも、そして黙って聞いていたお嬢からも、途端に感情がスン、と消えた。
いや四天王って。いや無理があるでしょ。
「……へぇ。アンタたち四天王なんだ」
「そうなんだぜ。わかったら金渡すんだぜ」
「……へぇ。ちなみに深淵はどいつよ」
マッチョBがムキッと筋肉を象徴させる。
「オ、レ」
「却下」
本物とは似ても似つかないBに、お嬢は舌を出してみせ、それから「話になんないわ」とリーパーの手を取った。
「そうちゃん、そうちゃん」
「なぁに?リッくん」
「魔王軍以外、にも、四天王っていた、んだね……へぶしっ」
流石に鎌で頭をちょん切ってはいないけど、お嬢の綺麗な右ストレートが、リーパーの頬にクリティカルヒットした。どうして女の子って暴力的なんだろう。
痛みからか頬を押さえたまま、リーパーはまた首を傾げている。
マッチョはその筋肉を誇示するように、お嬢に向かってパンチを繰り出す。難なくお嬢はよけるけれど、よけた先にいたリーパーに更にクリーンヒットして、その骨皮筋ェ門みたいな身体が吹っ飛んだ。
勇者が止めに入ろうとして、お嬢の頬に一筋傷が出来ているのが目に止まる。
「あ」
「ぁ……」
お嬢が自分の頬をそっとなぞって、指先についた血を確認する。それから勇者とお嬢はリーパーを恐る恐る見る、と。
「ボクの大事なそうちゃんに傷つけるなんて……、キミたちは自分が何をしたかよく考えるといい」
ほらやっぱり!
「リッくん!」
お嬢がリーパーにしがみついた。もしかしたら止めてくれるのかな?
「今、今アタシのこと、大事って言った!?“ボクの大事な”って言った!?」
「当たり前だよ。そうちゃんはボクがちゃんと育てるって約束したからね」
「それってつまり、つまりつまりつまり!リッくん好みの女にされちゃったってこと!?」
「うん、なんか解釈違うけど、まぁ後でいいかな?」
リーパーは苦笑いをして、それから冷たい赤目をマッチョたちへ向けた。マッチョたちが「ヒッ」と息を呑んだ。
「あ、赤、赤い……まさか本物……?」
腰を抜かしたマッチョに、リーパーは膝をついて目線を合わせる。そしてお嬢にやったように、その頭に手を置いた。
「深淵の名に未練も執着もない。が、この子に手を出すのに悪用するつもりなら、ボクはそれをくれてやるつもりはない」
もう殆ど聞こえてないマッチョから手を離して、リーパーは「行こうか」とお嬢の頭を撫でた。マッチョたちとすれ違う瞬間に聞こえた、
「キミたちは運がいい、何せボクは美食家だからね」
は嘘か真か。ま、ハッタリだとは思うけど。
顔を覗かせていた僕たちを見ると、リーパーは優しく笑ってくれた。その腕には、上機嫌のお嬢が絡みついている。勇者が港のほうを指差して、同じように朗らかに笑う。
「さっき魔法剣士さんと会ったよ」
「やっぱりそうなんだね、探しに来て正解だったよ」
「ねぇ、リッくん。さっきのもっかい言ってー」
お嬢の甘えた声が聞こえる。リーパーは「はいはい」と軽く制しながら、勇者に手を振った。
「あれかなぁ、魔法剣士さん、お仕事疲れちゃったのかなぁ」
いや、あれはサボりだろ。
どう見てもあの二人が連れ戻しに来たんじゃないか。馬鹿勇者め。
「ゆうちゃ、さぼり!」
「えぇ?確かに、最近訓練やってない、かも」
違う、魔王がサボってんだよ!お前は何もしなくていいんだよ!
「フロイ。ありがとう、お陰で大事なことを思い出せたよ!早速夕方から訓練を開始しよう!」
「ちが、ちがう……!」
「そうと決まれば、やっぱり組手は魔法使いかなぁ。あ!今ならまだリーパーに追いつくかな!?久しぶりに魔法教えてもらおう!」
勝手に話を進めるなよ!
でもやる気に満ちた勇者を止められず、雑踏の中から白髪を見つけたのは結構すぐだった。
※
「それで?このメンツなわけか?」
夕方。
流石に街中は迷惑がかかるからと、外の平野まで来ていた。少し遠くには街明かりも見えるし、まだ夕日も出ている。
そんな中、僕たちいつもの面子に加え、舞手と戦士の姿がある。少し離れた場所で、ママさんと娘ちゃんが、僧侶が広げたであろうピクニックシートの上でのんびりお弁当を広げていた。
舞手のことが死ぬほど嫌いな(舞手もそうだろうけど)魔法使いが、明らかに苛立ちのこもった目を向けている。舞手のほうはさほど気にしていないようで、それよりも、シートで笑顔を向けているママさんのほうが気になるようだ。
「おい女男。おめーまさか人妻にまで」
「ちげぇ。おいおっさん、なんで連れて来てんだ」
戦士も少し困った様子で、エルとおままごとをしている娘ちゃんをちらりと見た。
「仕方ないだろう。親子で街の散歩と洒落込んでいたところに、エル殿を連れた僧侶殿と出会ってな。子供らが仲良くなって、そのまま一緒というわけだ」
「エルちゃんは~、娘ちゃんと仲良しなのです~!」
「ねぇぇ、仲良しだよね!フロイも一緒にご飯食べよ!」
お子様二人で僕を手招きしている。
もちろん僕は行く気はない……、のに勇者が「危ないからこっちにいようか」と、同じくシートへ座る武闘家へ僕を渡した。
「でも勇者、魔法を教えてもらいたかったんだろ?リーパー、いねーじゃねーか」
そう言って、魔法使いは不思議そうに首を傾げた。確かにリーパーはどこにもいないし、この顔ぶれだとそもそも魔法って使える奴いるんだろうか。
「あら、それなら問題ないわよ?ね、“まいちゃん”」
「……」
ママさんに“まいちゃん”と呼ばれたのは舞手だ。けれども思いきり顔をしかめているし、嫌というのがこちらにも伝わってくる。
魔法使いが玩具を見つけた子供みたいににやりと笑うのを見て、なんだか嫌な予感が止まらない。
「ほー。まいちゃん、よろしくー」
「……チッ」
いつもなら言い返すはずの舞手も、特に何か言い返してこない。武闘家が手元のパンを千切りながら、ママさんに首を傾げてみせた。
「ママさんは舞手さんとお知り合いなんですか?」
「自慢の弟なのよ。小さい時はよく“姉ちゃん”って後ろをついてきたものよ」
「姉弟、なんですか。道理でお二人とも、あの、美人さんというか……」
言いにくそうな武闘家。けれども確かに、そう言われれば美人姉妹と言われてもなんの違和感もない。
そしてどうやら、舞手はママさんには逆らえないことがひしひしと伝わってくる。何を言われても、その綺麗な顔を悔しそうに歪めるだけだ。
「えぇと、舞手さんは魔法が使えるんですか?」
空気を変えようとした勇者の質問に、舞手はため息と共に、その手に扇を出現させた。
「学校であらかた習ったはずだが?」
「その、あんまり、真面目じゃなかったというか……」
勇者は困ったように頬を掻いた。真面目なように見えて、どうやらこいつは、不真面目な不良人間だったんだな。流石勇者、汚い。
魔法使いが頭を掻いて、少し呆れたように、僕にパンを千切っていた武闘家を見た。
「おい武闘家」
いつもの流れに、武闘家ももう慣れたようにため息をついてから、ひとつ咳払いをして話し始めた。
「全く、貴方は……。いいですか勇者さん。魔法は本来、詞というものを必要とします。エルちゃんが魔法を使う際に言っているようなあれです」
「でも僕、特に言ってないような……」
「それが生まれ持った才能の差ですね。詞は周囲の力に“今からこの魔法を使いますよ”という合図で、その力の強さを決めるのが、その後の単語になるわけです」
「へぇ」
自分の手を何度も握ったり開いたりしながら、勇者は武闘家の話に耳を傾けていた。
「恐らくですが、舞手さんの扇の扱いと舞いが合図で、その後の単語で魔法を使ってる、ということかと……」
「ほう?嬢ちゃん、なかなか良い目持ってんな」
そう言うと、舞手がひらりと扇を振るった。
「今から術をかける。なぁに、明日の朝になれば、何かが変わってるさ。華嵐」
舞手が単語を口にする。あの時みたいに、風や花が出てくるかと思って身構えたけれど、しばらく経っても何も現れない。
でも勇者がいきなり倒れたのを見て、僕はかじっていたパンをとりあえず飲み込んでから跳ねていく。
「ゆうちゃ!」
倒れた勇者の頭で跳ねてみる。でも動かない。
僕は舞手に「ばか!ばか!」と抗議するけれど、肝心の舞手は気にもしていないようで、その手から扇を無くしてから、暖かい紅茶を用意しているママさんに手を上げた。
「姉貴。後は任せる」
「あらあら、随分乱暴なお勉強の仕方なのね。昔、魔王様にも同じことやったわねぇ」
「……覚えてんなよ」
小さく舌打ちしてから、舞手は街へと帰っていく。僕はそれを止めようと足に体当たりをかましたけれど、なんの意味もない。
すると、紅茶を武闘家に渡したママさんが優しく笑って、
「フロイさん。勇者さんは大丈夫だから、皆でお外ディナーしましょ?」
と暖かいミルクの入った容器を示したのだった。